『ポイント目的で世界を救っていただけなのに、運営AI少女が俺の部屋からログアウトしてくれない』 〜アマギフしか信じないポイ活廃人、気づけば彼女の笑顔を一番の報酬だと思っていた〜
「おいおいおい、嘘だろ……っ!」
深夜、満員電車の吊り革に掴まりながら、俺――佐藤はスマホの画面を凝視していた。
画面で不吉な赤色に明滅しているのは、数日前、身に覚えがないのに勝手に強制インストールされた謎のアプリ。
その名も、『ワールド・リトリーバー』。
ちなみに、このアプリが入ってから三日。
俺はすでに、世界の危機をいくつか処理していた。
会社の給湯室に発生した小型ブラックホール。12pt。
隣の課長の闇堕ち。38pt。
駅前の自販機に封印されていた邪竜。73pt。
安い。
世界の危機、全体的に単価が安い。
そして今、そこには全ポイ活民の心臓を物理的に停止させる、非情なプッシュ通知が出ていた。
【警告:あなたの世界救済ポイント4,900ptは、本日23:59に失効します】
「あと100ポイントでAmazonギフト券500円分に交換できるのに……ッ!」
現在時刻、23時54分。
あと6分。
あと6分で、俺が睡眠時間を削り、世界の裏側で血反吐を吐きながら貯めたポイントが、ただの虚無に還る。
ふざけるな。
手取り18万。
物価は令和のハイパーインフレ加速中。
なのに給料は据え置き。
上がるのは上司の血圧と、俺のサービス残業時間だけ。
そんな暗黒企業戦士の俺にとって、ポイント還元だけがこの世で唯一、嘘をつかない光だった。
世界が滅ぶ?
知らん。
今月のクレカの請求額のほうが、よほど人類滅亡の危機だ。
その時だった。
スマホが、網膜を焼き焦がすようなフラッシュと共に激しく震えた。
【緊急:周囲に『世界のバグ』を検知しました】
【対象:多眼性粘液魔獣・ウナギモドキ】
【討伐報酬:100pt】
【初回討伐ボーナス:ポイント5倍キャンペーン実施中!】
【残り時間:5分41秒】
「運営神ィィィィィアアアアア!!」
俺は最寄り駅の地下鉄ホームに、文字通り飛び降りた。
空間がバリバリとガラスのようにひび割れ、そこからおぞましい多眼の巨大魔獣がずるりと這い出てくる。
「きゃあああああ!」
「化け物だ!」
「駅員さーん!」
深夜のホームは、パニック映画さながらの悲鳴に包まれた。
だが、俺の目は違った。
一滴のポイントも逃さない、飢えたハイエナのそれだった。
「初回5倍……実質500pt! アマギフ達成どころか、お釣りが出るわ!」
俺はファミリーマートで買ったビニール傘――税込650円の頑丈なジャンプ傘を逆手に握り、魔獣へ向かって突進した。
魔獣が咆哮し、鉄柱をも切り裂く爪を振り下ろす。
俺はそれを、サビ残で培った超直感ステップで紙一重でかわした。
スマホ画面には、魅惑のボタンが表示されている。
【ワンタップ撃破:使用しますか?】
【消費:300pt】
「使うかボケェェェ!」
報酬100ptの敵に300pt使うやつがあるか。
完全な赤字だ。
世界を救う以前に、我が家の家計が滅ぶ。
「還元率の計算もできない無能パッチを当てるな!」
俺は純粋な物理攻撃を選択した。
つまり、タダである。
「これ、100均じゃなくてファミマのちょっと高い方の傘ァァァァァ!」
鋭い突きが魔獣の眉間を正確に貫いた。
次の瞬間、魔獣は光の粒子となって消滅する。
ブラック企業の理不尽で鍛えられた足腰と、月曜朝の満員電車で培った殺意を舐めるな。
【ミッション達成】
【100pt×初回5倍=500ptを獲得しました】
【累計ポイント:5,400pt】
【自動交換:Amazonギフト券500円分を発行しました】
「よしっ! 23時58分、滑り込みセーフ!」
深夜のホームで、俺はアマギフのコードを抱きしめ、渾身のガッツポーズを決めた。
だが、その直後。
スマホが再び明滅する。
【緊急イベント予告】
【週末限定! 東京上空に出現した邪神を討伐しよう!】
【報酬:1,000,000pt】
【注意:他社ポイントへの移行不可】
「は?」
俺は画面を二度見した。
「土日潰れるじゃん……週休1日の俺の貴重な休日が……最悪……」
*
「お疲れ様です、サトウ様。相変わらず、命の使い方がドケチですね」
翌日。
俺の家賃4万の六畳一間アパートに、見知らぬ美少女が勝手に上がり込んで麦茶を飲んでいた。
白髪ショート。
ネオンが走るサイバー感全開のドレス。
そして、こちらをゴミを見るような目で睨むジト目。
彼女の名前はウル。
自称、『ワールド・リトリーバー』のナビゲーター。
つまり、諸悪の根源――アプリ運営側の女である。
「ドケチとは心外だな。俺は常にタイパとコスパと還元率を最適化しているだけだ」
俺はそう言いながら、部屋の中で激しく足踏みをしていた。
ドスドスドスドス。
「……何をしているのですか? 宗教の儀式ですか?」
「見ればわかるだろ。ヘルスケア連携による歩数ポイント稼ぎだ。この会話中も10歩ごとに0.1pt入る」
「世界を救うアデプトが、六畳間でルームランナーみたいな動きをしないでください。貧乏臭さがデータに逆流します」
「適格者って言うな。責任が発生する」
「責任から逃げる速度だけは神話級ですね」
「それでポイント入るなら、世界の果てまで逃げ切るぞ」
「入れません」
ウルは心底呆れたようにため息をついた。
「それより、昨日の邪神戦で死にかけた件ですが」
「ああ、あれか。危なかったな」
「危なかったな、ではありません。サトウ様が瀕死になった瞬間、アプリの緊急復活機能が発動したでしょう?」
「ああ。広告を最後まで見たらHP全回復するやつな」
「そうです。ですが、私の案内通り月額980円のプレミアム会員になっていれば、あの30秒広告は非表示。即時復活できたのですよ?」
「断る」
「即答ですか」
「30秒広告を見るだけでノーリスク全回復できるんだぞ。実質タダだろ」
「その30秒が問題なのです!」
ウルは両手をブンブン振って抗議する。
「緊迫した戦場のど真ん中で、『マフィアのボスがレベル1から成り上がるやつ』とか『ピンを抜いてマグマを避けるクソゲー』の広告が大音量で流れたんですよ!?」
「無料復活なんだから文句言うな」
「しかもあの広告、バツボタンが極小で、押し間違えるとストアに強制ジャンプする極悪仕様なんですよ!?」
「あるあるだな」
「邪神も『え、これ待った方がいい? スキップできるまであと5秒?』みたいな顔でフリーズしていたんですよ!?」
「邪神にも広告を見せられたなら、広告主的にはインプレッション数が稼げて大勝利じゃないか」
「何が勝利ですか!」
「もしかしたら事前登録したかもしれない」
「しません!」
ウルは深くため息をついた。
それから、少しだけ声を落とす。
「……でも、昨日の邪神戦」
「ん?」
「広告が終わるまで、サトウ様、ずっと私の前に立っていましたよね」
「広告中は操作不能だっただけだ」
「逃げることはできたはずです」
「後ろに下がったら、歩数カウントがズレるだろ」
「……本当に、素直じゃないですね」
ウルはそう言って、少しだけ笑った。
その笑い方が、いつものジト目とは違っていて。
俺はなんとなく、目をそらした。
たぶん彼女は、俺の端末ログを見ているから知っているのだ。
俺がどれだけ身を粉にして働いても、一円も給料が増えなかったことを。
理不尽な上司のミスを被っても。
休日を丸ごと潰して謝罪対応しても。
返ってくるのは「あ、お疲れ」という軽い一言だけ。
現代社会において、数字にならない努力は、いつも空気みたいに消える。
だから俺は、ポイントが好きだった。
世界を救えば、救った分だけ確実に数字で返ってくる。
この歪んだ世界の中で、その冷徹なシステムだけが、俺には唯一、優しかった。
「……まあ、効率重視なのは認めます」
ウルはスマホを操作し、こちらに画面を向けた。
【週末限定・特殊ミッション】
【内容:ウルと手を繋いで、最寄りスーパーのタイムセールに行こう】
【報酬:300pt】
「よし、行くか。ちょうど卵を切らしてた」
「即答ですね。少しは照れたらどうですか? 年頃の女の子と手を繋ぐのですよ?」
「あ、これ手つなぎ継続ボーナスも入るやつだろ。ほら、早く行くぞ。タイムセールの18時に遅れる」
「……本当に最低です。このポイ活廃人」
ウルは悪態をつきながらも、ほんのり頬を赤らめて、俺の手をぎゅっと握った。
【ミッション開始】
【手つなぎ継続中:10秒ごとに0.5pt発生】
「おいウル、手汗で減点とかないよな? 不具合でポイント未付与になったら問い合わせ窓口に長文のクレーム送るぞ」
「本当に、本当に最低ですね、サトウ様」
*
そんな、還元率のいい日常は唐突に崩壊した。
空が割れた。
鏡がバキバキに砕けるみたいに。
東京上空を埋め尽くしたのは、ビルよりも、雲よりも、地球そのものよりも巨大な存在。
世界の最高神。
スマホが狂ったように振動する。
【宇宙崩壊回避ミッション】
【報酬:∞pt】
【推奨課金額:応相談】
「出たな、運営の元締め……!」
俺はファミマの傘を構えた。
神は天空から、すべてを見下す傲慢な声を響かせる。
『愚かなる人間よ。貴様はなぜ戦う? 正義のためか? それとも世界を守るためか?』
「いや、今日ポイント5倍デーなんで」
『……は?』
一瞬、最高神が素で困惑した。
だが神はすぐに、すべてを嘲笑うような冷酷な笑みを浮かべる。
『ふははは! ならば、その浅ましい欲望ごと絶望へ叩き落としてくれる。本日24時をもって、世界システムの規約変更を行った』
「規約変更……?」
『人間へのポイント付与は、これをもって一律停止。過去のポイントもすべて没収、無効とする』
スマホを見る。
俺のポイント口座がフリーズしていた。
【残高:0pt】
全没収。
実質的なポイント大増税。
いや、これは運営によるユーザー資産の強制差し押さえだ。
「な……んだと……?」
『さらに、現システム端末であるその娘は、不要データとしてサーバーから永久消去する』
「え……?」
ウルの体が、足元から青い光の粒子になって、サラサラと消えかけていく。
「サトウ……様……」
ウルは、泣きそうなのを堪えるように、少しだけ寂しそうに笑った。
「ポイント、なくなっちゃいましたね……」
「ウル……」
「ポイントの入らない戦いなんて、あなたには一ミリも意味がないでしょう? だから……もう、逃げて、ください……」
神が天から勝ち誇った嘲笑を降らせる。
『そうだ。1ポイントも貰えぬなら、世界など救わんのだろう? さあ、無価値に滅びよ!』
……ふざけるな。
ふざけるなよ。
俺は静かにスマホを取り出した。
アプリの最下層。
スクロールの一番下。
初日のログインボーナスで手に入り、ずっと使い道がわからず、非売品扱いになっていたアイテム欄を開く。
「おい、クソ運営」
俺は空を見上げた。
「俺たちユーザーが、この世で一番嫌いな言葉を教えてやるよ」
『何だと?』
「――運営の都合による、不当な規約変更だ、コラァァァァ!」
俺は画面のアイテムを力任せにタップした。
【アイテム:人類滅亡回避チケット×1】
【使用しますか?】
「使うに決まってんだろ! サービス終了前にエリクサーを使い切るのが一流のユーザーだ!」
【チケットを使用しました】
【世界の因果を強制上書きします】
世界を包んでいた神の絶対結界が、ガラス細工のようにバキバキと粉砕されていく。
神が、あり得ないとばかりに驚愕の声を上げた。
『な、なぜだ!? ポイントはもう1ptも入らんのだぞ!? 報酬ゼロだぞ!? なぜ戦う!?』
「そんなもん、決まってんだろ!」
俺は光り輝くビニール傘を構えた。
消えかけていたウルの右手を、ちぎれるほどの力で引き寄せる。
「貯めさせてから没収するのが、一番重い罪なんだよ」
『何……?』
「ユーザーに毎日ログインさせて、コツコツ積ませて、あと少しで届くってところで、上の都合で全部消す」
怒りで、全身の血が沸騰していた。
「そんな真似をするやつはな――」
俺は、ウルを背中に庇う。
「世界を滅ぼす魔王より、よっぽど邪悪なんだよおおおお!」
ポイントなんて関係ない。
ただ、毎日俺の隣で「セコい」とジト目で笑っていた、この最高に生意気なナビゲーターを。
無課金で消されてたまるか。
「ユーザーを舐めたクソ規約、今すぐロールバックしろォォォォ!」
俺は神の顔面へ向けて、ブラック企業のサビ残二百時間分の怒りを込めた拳を突き出した。
「――異議申し立てストレートォォォォォッ!」
ズドォォォォォォン!
世界を揺るがす大爆音。
神の不当なシステムは、俺の純粋な怒りによって木端微塵に叩き潰された。
*
【緊急メンテナンスが終了しました】
【このたびは規約変更に関する不具合でご迷惑をおかけしました】
【お詫びとして、全ユーザーに補填を配布します】
【補填内容:世界救済ポイント500pt】
【追加特典:Amazonギフト券500円分】
【なお、重大不具合の解決に貢献したサトウ様には、個別補填を配布します】
【個別補填:世界救済ポイント・∞pt】
翌日の仕事帰り。
俺のスマホには、見たこともない記号が表示されていた。
∞。
無限ポイント。
文字通り、神を超える資産、カンストである。
「……いや、全ユーザー500ptなのに、俺だけ補填バグってないか?」
「妥当です。最高神を物理で殴ってシステムを復旧させたユーザーは、サトウ様だけですから」
「それ、運営的に表彰していい実績なのか?」
「本来はBAN対象です」
「危なかったな!」
「はぁ……」
隣を歩くウルが、呆れた声を漏らす。
「無限ポイントを持っているのに、サトウ様は相変わらずスーパーの見切り品の発泡酒を買うのですね」
「当たり前だろ。富を得たからって金銭感覚を狂わせたら、そこから破滅が始まるんだよ」
「もう十分、破滅的な強さです」
「これは生活防衛だ」
「では、生活防衛ついでに」
ウルは自分のスマホ画面をこちらに向けた。
【プレミアム会員登録】
【月額:980pt】
【特典:広告非表示、およびナビゲーターの永続実体化】
「これ、使いなさいよ。無限ポイントなら、980ptなんて一瞬でしょう?」
「相変わらずしつこい課金誘導だな、このアプリ」
俺は苦笑した。
でも、まあ。
「しゃあない」
スマホを取り出す。
「お前のそのしつこい広告、一生分カットしてやるよ」
画面をタップした。
【プレミアム会員に登録されました】
【今後、あなたの人生に『不要な広告(理不尽)』は表示されません】
【ついでに理不尽な上司も非表示にしますか?】
「そこは頼む」
【対象が多すぎます。サーバーの容量が足りません】
「役に立たねえな!」
ウルが、ふっと柔らかく笑った。
「ありがとうございます」
それから、ミッションの通知もないのに、俺の手をぎゅっと握ってきた。
「これからは広告なしで、ずっと隣にいてあげますね」
「……それ、追加の維持費かかる?」
「かかりませんよ」
「ならいい」
俺は少しだけ笑った。
無限ポイントよりも。
Amazonギフト券よりも。
コンビニの増量クーポンよりも。
今、隣にあるこの手の温度の方が、人生で一番「得」をした気がした。
たまには、還元率の悪い選択も悪くない。
俺はそう思いながら、歩数ポイントを稼ぐために少し大股で歩き、アプリを開く。
【本日のログインボーナス】
【ウルの笑顔】
【非売品・限定仕様】
「……おいウル」
「何ですか?」
「これ、他社ポイントに移行して現金化できないのか?」
「どこまでも最低ですね、サトウ様」
そう言って小突いてくるウルの顔は――
やっぱり、どんな運営の補填よりも、価値があるのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
「サトウのポイ活廃人ぶりに笑った」
「ウルかわいい」
「こんなナビゲーター欲しい」
「広告復活あるある」
など、少しでも楽しんでいただけたら【ブックマークに追加】や【いいね!】で応援していただけると嬉しいです。
反応が良ければ、
・サトウとウルのその後
・六畳一間での同居生活
・さらに変な世界救済ミッション
・ウルの好感度イベント(?)
・もちろん改悪アプデとの戦い
など、長編版として続きを書いてみたいと思っています。
皆様の応援が、サトウとウルの次回ログインボーナスになります!
ありがとうございました。




