ループ4回目、引き籠もる事にしました!
「また、この日に戻ってきたの…」
鏡を見ると、さっき死んだ時より少し幼いのに、15歳とは思えない顔色の悪さだった。
これで、『4回目』だ。
この顔、死相というものじゃないかしら…。
そう思うと、過去に3回繰り返した人生は、疲れるものだった。
どうせ死んでも、王太子候補に選ばれた日に戻ってきてしまう。
「…だったら、もう好きにしてもいいわよね」
鏡に映る自分が「いいよ」と言ってくれている気がする。
その時、なんとなく昔馴染みのイルの顔が浮かんだ。
イルのことだ、「クソつまんないことしてないで旅行でも行けば?」と言いそう。
フフッと、気の抜けた笑いが漏れて、鏡の私が少し安心したように見えた。
よし、決めたわ。
今回の人生は、徹底的に引き籠もってやりましょう!
1回目の人生は、王太子候補に選ばれて嬉しかった。
本気で目指して、お父様にもお願いして教師を改めてつけてもらい、徹底的に自分の実力を見直した。
積極的に慰問に行ったり、王妃様と仲を深めたり、寝る間も惜しんで努力をした。
見事未来の王太子妃に選ばれたのだけれど、他の候補者だったハーパー公爵令嬢に毒を盛られてあっけなく死んだ。
2回目の人生は、夢かと思ったけれど、殺される恐怖に怯え、王太子候補は辞退を申し出た。
一介の令嬢のそんな意見は通らず、候補者のままだったので何もしなかった。
ハーパー公爵家とは近づかないようにだけ、努力した。
その態度が他の候補者の反感を買い、差し向けられた殿方に辱めを受けそうになり、3階から飛び降りて死んだ。
3回目の人生は、他殺でも自殺でも死ねないとわかり、戻ってきたその日に家を出た。
15歳の高位貴族の娘にしては、ふた月も身を隠せたのは頑張った方だと思う。
昔の知り合いを訪ね、匿ってもらっていたのだが、街に買い物に行ったときに捕まった。
何も言わずに王太子候補を蹴ったものだから、王家反逆の疑いをかけられ、護送中の馬車の事故で死んだ。
そして、また同じ日に戻ってきたらしい。
しかも回数を重ねるごとに、死ぬまでの時間が短くなっている。
これだけバラエティ豊かに死んだのだ。
次もどうせ、あと1年もしないうちに死ぬんだろう。
だったらもう好きに過ごしましょう…!
王太子殿下?
ハーパー公爵令嬢?
貴族としての義務?
知らないわ、そんなものっ!
私の心の方がよっぽど大事よっ!
4回目にもなれば、度胸もつくというものだ。
1回目の私の方がもっと可愛げがあった気もするけど、この4回目の私らしく生きよう!
「おめでとう、ジェシカ!王太子候補に選ばれたぞ!」
「お断りしておいてください」
「…は」
「ああ、断れないのなら首を括って死にますので、縄の用意をしておいてください」
「……え、いや」
「では、あとはよろしくお願いしますね、お父様」
ニコッと笑って、お父様の執務室をあとにした。
さ〜て、何をしようかしらね。
ふあぁ、とあくびが漏れそうになったら、急に眠くなった。
ひとまず、ゆっくり眠りたいかも。
さっきまで護送車の中にいたし、拘束されていたから、あまり眠れていなかった。
「そうしましょう!どれだけでも眠るって、一度やってみたかったのよ!」
自室に戻り、誰を呼ぶことなく寝巻きに着替えて、さっさとベッドに潜った。
昼間から眠るというのは、小さい頃のお昼寝以来だ。
今日も一日よくがんばりました、おやすみなさい私。
そう心の中で自分に声をかけて、眠りに落ちた。
「ジェシカお嬢様、まだ夕方にございます。具合でも悪いのですか?」
気持ちよく眠っていたところを、侍女に起こされた。
ああ、扉の前に立ち入り禁止とでも書いておけばよかったわ。
起き上がる気も、ましてや部屋も出る気がないので、放置しましょう。
「…まだ寝るから」
「いけません。これから夕食のお時間ですよ」
「いらないわ」
「やはり具合がよろしくないのですか?」
「ううん、生きるのを辞めたの」
それだけ言って、布団を被り直した。
翌朝も起こされたけれど、生返事だけして、再び眠った。
声をかけられるたびに「死んでいるから気にしないで」と言って、眠る。
そうして、ゆるゆると3日ほど経って、ようやく眠気が取れた。
「…人ってこんなに眠れたのね。道理で死にそうな顔をしていたわけよ」
ベッドに横になったまま、水差しを手に取って、喉を潤した。
こんな行儀の悪いことをしたのも、はじめてだ。
たくさん眠ったあとの水が美味しい。
ぷは〜っと、令嬢らしからぬ飲みっぷりをして、また布団に潜る。
いいわね、この生活。
ずっと続けたいわ。
時間に追われずにただ生きているだけで、満たされるものだったのねぇ。
今回は死ぬまで寝ているのもアリかもしれない。
そうしたら、どうやって死ぬのかしらね。
その時、窓がコンコンを鳴った。
見てみると、1人の男が手を振ってニコニコしている。
私は詠唱なしに人差し指をくるっと回して、窓の鍵を開けた。
「イル、あなたねぇ…。窓から入ってくるなといつも言っているでしょ?」
「ジェシカの家の玄関、仰々しいから嫌いなんだって」
そう言って、むさ苦しい格好で入ってきたイルは、物珍し気に私を見下ろした。
「ジェシカ、どうしたんだ?まだ寝巻きなんて、はじめて見たぞ」
「もう死んだからだね」
「意味わかんねえけど」
頭をポリポリ掻いているこの男は、唯一の平民の友人であるイルだ。
私が5歳の時に家の前で倒れていたのを連れ帰って、療養させたのがきっかけで、今でも交流が続いている。
今は町外れに住んでいて、そちらに顔を出す時には、イルの友人たちにも会うこともある。
3回目の人生で匿ってもらった伝手は、イルの友人だった。
「そういうイルはどうしたの?最近、こちらには来ていなかったじゃない」
「ああ、準備を整えていたんだ」
「準備?」
「ジェシカ、迎えにきたぞ」
イルはしゃがみ込んで、ベッドに横になる私と目を合わせてきた。
赤い瞳が水面のように見えて、不思議な気持ちがしてくる。
「迎えって、どこか行くの?」
「行き先はどこでも」
「意味がわからないわ」
今度は私が首を傾げると、イルはニカリと笑った
「俺、ジェシカの眷属なんだよね」
「…はい?」
自分の口から出たとは思えないほどの素っ頓狂な声が出た。
それで、さすがに起き上がった。
「イル、あなたもとうとうおかしくなっちゃったの?」
「ジェシカに拾ってもらった時、俺ボロボロだったじゃん?」
「ええ、そうね。いかにも行き倒れだったわ」
「そう。それで、魔力コントロールをミスったらしい」
「というと?」
「一族に伝わる生涯にたった1人の主人との契約魔法を発動していたみたいだ」
「…それで、えっと、何が言いたいのかしら」
「あの日以来、ジェシカが俺の主人だから、守るのが俺の務めってわけ」
相変わらず胡散臭そうな笑みをしながら、堂々と言ってのけた。
1回目の王太子殿下と比べたら、爽やかの欠片もないわね…。
あれ、そういえば過去3回の時って、イルはどうしていたんだっけ?
「守るって何もしてもらったことないけど…?」
「それはこれからな」
「ええ〜、何それ」
「先月故郷に帰ったら、親父に『いつ眷属契約したんだ!?』って問い詰められて、大騒ぎでさ。自覚なかったから、主人探しに時間かかってたんだよな」
「それで最近、姿が見えなかったのね」
「そゆこと」
イルは、そばにあった椅子にドカリと座ると首を傾げた。
「ジェシカの方こそどうしたんだ?もっと、こう、お嬢様らしいお淑やかさみたいなものがあった気がするんだけど?」
「ああ。死んでいるうちに、どこかに置いてきちゃった」
「さっきから言っているそれ、何?つーか、俺がいる限り死ぬのは難しいと思うよ」
「どういうこと?」
「主人に先に死なれるのは、眷属契約違反だからな。主人に何があっても命が守られるようになってる」
イルはなんでもないことのように言うと、勝手に水を飲み始めた。
命が守られる…?
その契約で、イルより先に死ねないってこと?
えっ…、じゃあ、今までの死に戻りって…。
「イルだったの!?」
「うおっ、なに、びっくりしたー」
「イル、その契約私が5歳の時からなのよね!?」
「そうだよ」
「それって、ずっと継続しているのよね!?」
「そう、俺が死ぬまで」
「もし私が先に死んだら、蘇るってことっ?」
「そんなこと滅多にないけど、そうなったら守れなかったことをやり直すために、主人の時間が巻き戻るよ」
「それだあああああああああああああ」
私は、イルの肩をガッシリ掴んで揺さぶった。
イルは体格がいいので、全く揺れなかったけど。
「それよっ、それそれ!私が死んでここに戻ってきた理由!!」
「え、もう死んだの?」
「毒殺、身投げ、馬車の事故!」
「死にすぎだろ…、何したんだよ」
「王太子の婚約者候補に選ばれたらよ」
「王子疫病神じゃねーか」
「それは不敬よ」
なるほどね…?
意味はわからないけれど、謎は解けたわ。
となると、私は死ぬということから、ある意味守られていたわけだ。
「眷属って何をするの?」
「基本的には主人のそばにいる」
「私の侍従にでもなるつもり?」
「そんな堅苦しいもん無理。だから、迎えにきた」
「どこに行くのよ」
「手始めに旅行でも行くか?俺、行きたいとこあるんだよね」
「自分の用事じゃない…」
呆れてため息を吐いてしまったけれど、いや待てよと考え直す。
このまま王太子候補として過ごしていても、死の危険性は変わらない気がする。
だったらいっそのこと、正式に家を出るのはどうだろう。
その道は、まだ残っているわよね…?
「ねえ、イル。旅行じゃなくて、住まいを変えるっていうのはできないかしら?」
「ん?王都に住んでいなくていいの?」
「王太子候補になってから3回も死んだのよ?もう王都にいたくないわ」
「そりゃあ、そうだなぁ…?」
「ついでに王太子候補もお断りしたいのよ。だから、除籍して家を出ちゃうのがいいんじゃないかしら?」
「貴族、やめるのか?」
「そう!どう?」
嬉々として提案したのだけれど、イルは珍しくシュンとなった。
「…俺の契約のせい?」
「イルの契約のおかげで逃げられるのよっ!」
私が笑ってそう答えると、いつもの不遜そうな顔に戻った。
「…ふふっ。逃げたいなら、いっそのこと俺の故郷に住むか?」
「イルの故郷?」
「そう。この魔術を継ぐものが生まれる場所」
「どこにあるの?」
「地図上にはない。人からはわからない離れ小島に住んでいる」
「そんなところがあるの…?」
「おかしな利用をされないために、閉ざして暮らしている」
へえ〜!ちょっと面白そうかも?
見えない離島なら、世間に追われることもないし、ここからも物理的に離れられる。
それに島ってことは、部屋とは比べ物にならないほど、世俗から引き篭もれる…!?
…ああ、どうしましょう、魅力しか感じないわ。
「そうしましょう!そういうことなら、お父様に言いに行きましょう!」
「さっきから気になっているんだけど、その豪胆さはいつ身についたの?」
「3回死んでいる間によ」
「成長したんだねぇ〜」
子どもをあやすみたいな物言いに腹が立つところだったけど、今はそれではない。
「早く、お父様のところに行くわよ!」
「勝手に行っちゃダメなの?」
「それ検証済み、死ぬわ。だから、正式に許可をもらいにいきましょう」
私は軽やかにベッドから降りた。
そして、悪役令嬢のごとく悪い笑みを浮かべて、イルを連れ立って廊下を出た。
「ですので、お父様。私を亡き者にしてほしいんですの」
「…いや、そこまで言うのなら療養というのはどうだい?体調を悪くしていることにして、領地で何年か過ごしたら…」
「そんなの、王家の命令に逆らったとかなんとか、どこからか苦情が来るかわかったものではありません」
「しかし…っ」
「1回死んだことにしないと、候補者の話は断れません。それはお父様もよくご存知ですよね?」
「…そんなに嫌なのかい?」
「はい!もう死にたくありません!」
「さっきから、その死の話はわからないが…、そうか…」
「…しょうがないですわね。じゃあ今から死ぬので、きちんと死亡届を出してくださいね。はい、イル。この縄持って」
「…本当にやるの?」
「当たり前でしょ?」
私は侍女に用意させた太めの縄をぐるっと首に回して、その両端をイルに持たせた。
「はいっ、グッと思いっきり引っ張って」
「…俺、死なせるんじゃなくて、守るのが仕事なんだけど」
「これも立派な守り方よ!ほら、ちゃんと締めてよ」
「…せーの」
「待った待った待った!やめるんだ!ジェシカ、死ぬなっ…!」
「では、私を除籍するために、死亡届を出していただけますね?」
「…可愛い娘に死なれるより、遥かにマシだからね」
こうして、正式に王太子候補辞退をもぎ取った。
貴族の娘、ジェシカはこの世からいなくなった。
「これでただのジェシカね」
「嬉しそうだな」
隣でイルが可笑しそうに、ニヤニヤしている。
その顔にムカついても、咎めようとは思わなかった。
きっと、私も同じ顔をしているから。
私は今まで住んだ屋敷を振り返ることなく、イルより先を歩いた。
「ええ!だって、島での引き籠もり生活が待っているからね!」
了
お読みくださりありがというございました!! 毎日投稿74日目。




