第9話:摂政構想
王の病状悪化は、もはや隠しきれなかった。
公式発表は「静養」。だが王城の医官が夜通し出入りしている時点で、事態は明白だ。
玉座は、近い。
そして空白は、争いを呼ぶ。
レディアナの私室。分厚い法令集と王国憲章の写本が机に広げられている。蝋燭の火が静かに揺れた。
「確認いたしました」
彼女は一枚の文書を差し出す。
「王位継承直後、統治能力に重大な支障があると判断された場合、摂政を設置可能。評議会の過半承認で発効します」
リリアナは書面を受け取り、目を走らせる。
「“重大な支障”の定義は?」
「曖昧です。だからこそ、解釈の余地がある」
レディアナは静かに言った。
曖昧な条文は、刃にも盾にもなる。
「つまり」
リリアナは唇を歪める。
「王子が即位しても、実権は握れる」
「法的には、可能です」
王が崩れれば、王子カイルが即位する。
だが彼は決断できない。
ならば。
沈黙の中で、二人の視線が交差する。
先に口を開いたのはリリアナだった。
「だったら王子を立てて、権限はこっちが握る」
あまりにもあっさりと。
王権の中枢を乗っ取る構想が、軽口のように落ちた。
レディアナのまつ毛がわずかに揺れる。
「……正面から王位を奪えば内乱は確実。しかし名目があれば、反発は抑えられます」
「王子は“正統”。私たちは“補佐”」
「表向きは」
二人の間に、冷たい理解が流れる。
王子は無能ではない。
だが決断不能。
その弱さは、国家の命取りになる。
ならば操縦席を別に設ければいい。
「問題は、殿下が承諾するかどうか」
レディアナが指摘する。
リリアナは鼻で笑った。
「しないでしょうね」
「では?」
「させる」
即答だった。
窓の外で鐘が鳴る。夜半を告げる低い音。
「王子は王になりたくないと言った」
リリアナの声は静かだ。
「ならば責任を分割する形を示す。決断は私たちが担う。彼は象徴でいればいい」
「それは……」
レディアナは一瞬だけ言葉を選ぶ。
「事実上の共同統治」
「もっと率直に言えば」
リリアナは机に手をついた。
「共犯よ」
王権を支えるふりをして、握る。
守るために、奪う。
正義かどうかは関係ない。
内乱を防ぐ。それだけだ。
レディアナは静かに頷いた。
「三年以内に起きるはずの破綻を、先回りして封じる」
「トリガーは王子。でも引き金を引かせない」
視線が絡む。
そこに躊躇はなかった。
「覚悟は?」
リリアナが問う。
それは王子に向けた問いと同じ言葉。
レディアナは微笑む。
「全面的に同意いたします」
机上の法令に、影が重なる。
摂政設置。
評議会工作。
派閥調整。
やることは山ほどある。
だがもう、道は定まった。
王を戴き、王を制する。
夜の静寂の中で、二人は同時に理解した。
これは改革ではない。
政変だ。
そして。
──共犯は、確定した。




