第7話 動き出す派閥
議会での一件から三日。
王城の空気は、明らかに変わっていた。
廊下で交わされる視線。
囁き声。
扉の向こうで止まる会話。
第一王子の失点は、小さな亀裂だった。
だが政治において、亀裂は拡大する。
最初に動いたのは――王弟派だった。
◇
王城北棟、客間。
重厚な装飾に囲まれた部屋で、リリアナは紅茶を前に座っていた。
対面には、王の弟であるクラウス公爵の側近。
「率直に申し上げます」
男は穏やかな声で言う。
「殿下の資質に不安があることは、もはや明らか」
「へえ」
リリアナはカップを持ったまま視線だけ上げる。
「王弟殿下は、国家の安定を第一に考えておられます」
つまり。
王位継承の再検討。
「あなた様のような“民意を持つ方”が協力してくだされば」
利用したい、ということだ。
ヒロインの人気と、議会での発言力。
リリアナは内心で笑う。
甘い。
「検討しとく」
曖昧に答える。
約束はしない。
男は一礼し、去った。
◇
同刻。
西棟、執務室。
レディアナの前には、宰相派の重鎮が座っている。
「見事な資料でしたな」
低い声。
「王子殿下も、少々早計であった」
「私は事実を提示したのみです」
微笑みを崩さない。
「あなたほどの才覚を、あの若さで持つ者は稀。王家の補佐に留めておくのは惜しい」
つまり。
宰相派として取り込みたい。
王弟派とは別方向からの誘い。
「もし次期政権が再編されるならば――」
レディアナは静かに茶を置く。
「その際は、国家の安定が最優先です」
明言はしない。
だが拒絶もしない。
男は満足げに去る。
◇
夜。
東棟の小会議室。
リリアナとレディアナは向かい合っていた。
「王弟派、来た」
「宰相派もです」
やはり、と視線が交差する。
「どっちも私たちを旗にしたい」
「ええ。王子を削る刃として」
沈黙。
これは危険だ。
派閥争いに巻き込まれれば、内乱は前倒しになる。
リリアナが椅子の背にもたれる。
「利用される気はないけど」
レディアナは指先を組む。
「利用されるのではなく、利用するのです」
静かな声。
だが断固としている。
「王弟派は武力を持つ。宰相派は行政を握る」
「どっちも単独じゃ弱い」
「ええ」
ならば。
両方を牽制し、均衡させる。
「二つを競わせる」
リリアナが言う。
「こちらが鍵を握る形で」
「その通りです」
世論はリリアナ。
財務と議会はレディアナ。
派閥は、彼女たちを必要としている。
ならば立場は対等だ。
いや。
主導権はこちらにある。
リリアナがにやりと笑う。
「最高」
その一言に、迷いはない。
レディアナもわずかに口角を上げる。
「王子殿下は、まだ気づいておられません」
「自分が盤上の駒になりかけてること?」
「ええ」
窓の外、王都の灯りが揺れる。
派閥は動き出した。
だが、盤面を俯瞰しているのは二人だ。
ヒロインと悪役令嬢。
本来なら争うはずの存在。
今は同じ方向を見ている。
内乱を防ぐため。
王国を守るため。
そして何より――
物語を、書き換えるために。




