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断罪されるはずの悪役令嬢と、断罪したくないヒロインの政変記  作者: 南蛇井
第一章

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第4話 王子の価値

王城東棟、第一会議室。


 重厚な楕円卓の中央に、王国の地図が広げられている。赤い印は財政赤字の領地、青は交易港、そして黒は――不穏分子の報告が上がっている地域。


 その地図の前に、第一王子カイルは立っていた。


「この鉱山都市だが、税率を下げれば活性化するはずだ」


 声は落ち着いている。論理も間違ってはいない。


 私は一歩引いた位置で資料をめくる。


 隣にはリリアナ。今日は珍しく静かだ。


「確かに短期的には交易量が増えるでしょう」


 私が言う。


「だが?」


 カイルが視線を向ける。


「下げた分の補填は?」


 沈黙は、わずか二秒。


「……王都予算を削減する」


「どこを?」


 さらに二秒。


「ええと……儀礼費、あたりを」


 数字を見ていない回答。


 私は指先で該当欄を示す。


「儀礼費は昨年すでに三割削減済みです」


「あ……」


 声が小さくなる。


 無能ではない。


 知識もある。


 だが、詰めが甘い。


 覚悟がない。


 責任を背負う姿勢が見えない。


 リリアナが椅子の背に体を預けたまま、口を開いた。


「殿下」


「な、なんだ、リリアナ」


「仮に税率を下げて失敗した場合、責任は誰が取ります?」


「それは……状況次第で――」


「誰が」


 声が低い。


 逃げ道を塞ぐ声音。


「……王として、僕が」


 言葉は出た。


 だが、震えている。


 リリアナは立ち上がる。


 ゆっくりと王子の正面へ回る。


「じゃあ聞く」


 真正面から見上げる。


「殿下、覚悟は?」


 室内の空気が凍る。


 護衛騎士がわずかに身じろぎする。


 私は何も言わない。


 見極める。


 カイルはリリアナを見つめ返す。


 その瞳には、優しさがある。善意もある。


 だが。


「僕は……」


 言葉が止まる。


 視線が揺れる。


 地図へ。

 窓へ。

 私へ。


 助けを求める目。


 私は視線を外した。


 助けない。


 これは彼自身の問いだ。


「僕は……国を良くしたい」


 違う。


 それは願望。


 覚悟ではない。


「でも、急ぎすぎるのは良くないと……」


 言い訳。


「皆と相談して――」


 責任の分散。


 リリアナが、静かに息を吐く。


「答えになってない」


 はっきりと。


 残酷なくらい、真っ直ぐに。


 カイルは黙り込む。


 机に置いた手が、わずかに震えている。


 彼は愚かではない。


 だが、選べない。


 失敗を恐れている。


 嫌われることを恐れている。


 王とは、最終的に一人で決める立場だ。


 その瞬間、私は確信した。


 四度目の人生で初めて、明確に。


「……本日の会議はここまでに」


 私は資料を閉じる。


 リリアナは王子を見つめたまま、最後に言った。


「殿下。逃げるなとは言わない」


 王子が顔を上げる。


「でも、立つ気がないなら王座に近づくな」


 それだけ言って、彼女は踵を返した。


 扉が閉まる。


 室内に残るのは、沈黙と王子の呼吸音。


 カイルは椅子に崩れ落ちる。


「……僕は、そんなに頼りないか」


 問いかけは、誰にも届かない。


 私は静かに一礼する。


「殿下は聡明です」


 それは事実。


「ですが」


 一拍。


「王とは、聡明であるだけでは足りません」


 答えを待たず、私は部屋を出る。


 廊下の先で、リリアナが腕を組んで立っていた。


「どうだった?」


「確認が取れました」


「だよな」


 私は歩き出す。


 彼女が並ぶ。


 窓の外には、曇天。


 嵐の前触れ。


 心の中で、静かに結論を下す。


 ――この方は、王になれない。

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