第4話 王子の価値
王城東棟、第一会議室。
重厚な楕円卓の中央に、王国の地図が広げられている。赤い印は財政赤字の領地、青は交易港、そして黒は――不穏分子の報告が上がっている地域。
その地図の前に、第一王子カイルは立っていた。
「この鉱山都市だが、税率を下げれば活性化するはずだ」
声は落ち着いている。論理も間違ってはいない。
私は一歩引いた位置で資料をめくる。
隣にはリリアナ。今日は珍しく静かだ。
「確かに短期的には交易量が増えるでしょう」
私が言う。
「だが?」
カイルが視線を向ける。
「下げた分の補填は?」
沈黙は、わずか二秒。
「……王都予算を削減する」
「どこを?」
さらに二秒。
「ええと……儀礼費、あたりを」
数字を見ていない回答。
私は指先で該当欄を示す。
「儀礼費は昨年すでに三割削減済みです」
「あ……」
声が小さくなる。
無能ではない。
知識もある。
だが、詰めが甘い。
覚悟がない。
責任を背負う姿勢が見えない。
リリアナが椅子の背に体を預けたまま、口を開いた。
「殿下」
「な、なんだ、リリアナ」
「仮に税率を下げて失敗した場合、責任は誰が取ります?」
「それは……状況次第で――」
「誰が」
声が低い。
逃げ道を塞ぐ声音。
「……王として、僕が」
言葉は出た。
だが、震えている。
リリアナは立ち上がる。
ゆっくりと王子の正面へ回る。
「じゃあ聞く」
真正面から見上げる。
「殿下、覚悟は?」
室内の空気が凍る。
護衛騎士がわずかに身じろぎする。
私は何も言わない。
見極める。
カイルはリリアナを見つめ返す。
その瞳には、優しさがある。善意もある。
だが。
「僕は……」
言葉が止まる。
視線が揺れる。
地図へ。
窓へ。
私へ。
助けを求める目。
私は視線を外した。
助けない。
これは彼自身の問いだ。
「僕は……国を良くしたい」
違う。
それは願望。
覚悟ではない。
「でも、急ぎすぎるのは良くないと……」
言い訳。
「皆と相談して――」
責任の分散。
リリアナが、静かに息を吐く。
「答えになってない」
はっきりと。
残酷なくらい、真っ直ぐに。
カイルは黙り込む。
机に置いた手が、わずかに震えている。
彼は愚かではない。
だが、選べない。
失敗を恐れている。
嫌われることを恐れている。
王とは、最終的に一人で決める立場だ。
その瞬間、私は確信した。
四度目の人生で初めて、明確に。
「……本日の会議はここまでに」
私は資料を閉じる。
リリアナは王子を見つめたまま、最後に言った。
「殿下。逃げるなとは言わない」
王子が顔を上げる。
「でも、立つ気がないなら王座に近づくな」
それだけ言って、彼女は踵を返した。
扉が閉まる。
室内に残るのは、沈黙と王子の呼吸音。
カイルは椅子に崩れ落ちる。
「……僕は、そんなに頼りないか」
問いかけは、誰にも届かない。
私は静かに一礼する。
「殿下は聡明です」
それは事実。
「ですが」
一拍。
「王とは、聡明であるだけでは足りません」
答えを待たず、私は部屋を出る。
廊下の先で、リリアナが腕を組んで立っていた。
「どうだった?」
「確認が取れました」
「だよな」
私は歩き出す。
彼女が並ぶ。
窓の外には、曇天。
嵐の前触れ。
心の中で、静かに結論を下す。
――この方は、王になれない。




