第3話:密談
月明かりが、室内を青く染めている。
扉の前に立つリリアナを、私は数秒観察した。
呼吸は整っている。怒りは引いている。
あれは衝動ではない。
計算の上での暴発。
「どうぞ、お入りください」
私が促すと、彼女は遠慮なく部屋へ入った。
扉が閉まる。
静寂。
外では遠く、舞踏会の混乱がまだ尾を引いているだろう。
だがここは別世界だ。
私と彼女だけ。
「単刀直入に聞く」
リリアナが先に口を開いた。
「あんた、何周目?」
私は瞬きを一つ。
やはり。
「四周目です」
彼女の口角が上がる。
「やっぱりな」
「あなたは?」
「一周目。でも中身は社会人経験済み。いわゆる転生者」
はっきり言う。
隠す気はないらしい。
私は椅子に腰掛け、紅茶を注ぐ。
「砂糖は?」
「いらない」
受け取ったカップを、彼女は持ったまま飲まない。
互いに視線を外さない。
「確認ですが」
私は静かに言う。
「この国は三年以内に内乱が起きますね?」
「起きる」
即答。
「王の病状悪化、財政破綻、王弟派の武装蜂起。ゲームの隠しバッドエンド」
そこまで知っている。
私は息を吐いた。
「一周目では、私は断罪され国外追放。その後、王城が炎上しました」
「ヒロイン王妃ルート?」
「ええ。ですが王妃即位二年目で内乱発生。王子は暗殺未遂、最終的に失踪」
リリアナが小さく舌打ちする。
「やっぱりか」
彼女は窓辺へ歩く。
月を見上げる横顔は、舞踏会で暴れた人物とは別人のように冷静だ。
「王子カイルは悪人じゃない」
「ええ」
「でも王になったら国が崩れる」
「ええ」
原因は単純。
決断できない。
責任を取れない。
誰かが決めてくれるのを待つ。
平時ならまだしも、崖っぷちの国家では致命的。
私は口にする。
「王子が“トリガー”です」
「うん」
「彼が即位することで派閥争いが顕在化する」
「うん」
「彼が決断できないことで、武力が選ばれる」
「うん」
会話が短い。
だが通じている。
彼女は振り返る。
「なあ、レディアナ」
「はい」
「恋愛やってる場合じゃねえ」
思わず、笑みがこぼれた。
「全面的に同意いたします」
ヒロインと悪役令嬢が、恋愛を切り捨てる瞬間。
なんとも皮肉だ。
「で、どうする?」とリリアナ。
「選択肢は三つです」
私は指を折る。
「一、王子を覚醒させる。
二、王位継承を変更させる。
三、王子を立てたまま、権限を握る」
「一は却下」
即断。
「三年で人格改造は無理」
「同意します」
「二は?」
「王弟派が血を見るでしょう」
内乱前倒し。
最悪の手。
残るは――
「三」
同時に口にする。
沈黙。
これは反逆だ。
王子を操る。
形式上の王と、実務を握る者。
前例はない。
「リリアナ」
「ん?」
「あなたは王妃になれます」
「いらん」
即答。
「私、政治の実務やるほうが性に合ってる」
なるほど。
ヒロインの皮を被った改革者。
「では、役割分担を」
私は立ち上がる。
「私は貴族派閥と財務を押さえます」
「私は庶民層と騎士団下層。あと世論」
迷いがない。
恐れもない。
私はふと問う。
「なぜ、私に協力を?」
彼女は肩をすくめた。
「あんた、王妃向きだから」
一瞬、言葉を失う。
「王子より?」
「圧倒的に」
その目は、からかいではない。
評価だ。
四周目にして初めて、
私は“悪役”としてではなく、“能力”で見られた。
「共犯になりますよ」
「望むところ」
差し出された手を見る。
握手はしない。
代わりに、私は紅茶を飲み干した。
彼女も同じく。
契約成立。
ヒロインと悪役令嬢は、恋敵ではなくなる。
私たちは立ち上がる。
壊れかけた王国を前に。
物語を修正するために。
そして私は、静かに告げた。
「まずは――王子の無力化から始めましょう」




