第8話:西方の使節
城門が開いた。
白い外套に青の紋章。
整然と並ぶ異国の騎士たち。
西方連盟の正式使節団。
王都の民は道の両脇に並び、その行列を見守った。
「本当に来たのか……」
「王弟殿下の話は事実だったのだな」
ざわめきは好奇と安堵が入り混じる。
王宮大広間。
赤い絨毯の先に、王子と王弟が並び立つ。
使節代表が一歩進み、恭しく頭を下げた。
「西方連盟は、貴国との恒久的な協力関係を望む」
その言葉は、外交の勝利を示していた。
王弟の独自交渉は“売国”ではなかった。
王国を孤立させないための布石だった。
評議会の一角から、感嘆が漏れる。
だが。
提示された条文を読み上げる声が、空気を変えた。
「第一条、連盟は穀物および資金援助を行う。
第二条、北方防衛線の共同強化。
第三条、貴国は五年以内に軍備を二割増強する」
ざわめき。
さらに続く。
「第四条、連盟軍顧問団の常駐を認める」
沈黙が落ちる。
それは支援ではある。
だが同時に――縛りでもあった。
軍備拡張。
外部顧問の駐在。
独立を保てるのか。
王弟は静かに口を開く。
「これは対等条約だ。支援を受ける代わりに責任を果たす」
「責任、ですか」
王子の声は穏やかだが、硬い。
「軍備二割増強は、徴税強化を意味します」
「必要な備えだ」
王弟は即答する。
「西方は我らを対等と認めた。力を示さねば信用は得られぬ」
王子は使節へ視線を向ける。
「顧問団常駐は、どの規模を想定していますか」
「三十名。戦略および兵站管理の助言を」
助言。
だが城内に外国軍の影が入ることに変わりはない。
評議会は揺れる。
「支援は魅力的だ」
「だが軍拡は民を疲弊させる」
「しかし孤立よりは――」
王弟は王子を見る。
「現実を見ろ」
低い声。
「西方は力を基準に動く。理想ではない」
王子は応じる。
「力で結ばれた関係は、力で断たれます」
視線が交差する。
使節は沈黙し、二人のやり取りを観察している。
王弟の声がわずかに強まる。
「穀物危機を思い出せ。備えがなければ国は揺らぐ」
「だからこそ、内側を強くするのです」
王子は一歩前へ出る。
「軍備を急拡張すれば、民の暮らしは削られる。恐れで築いた同盟は、恐れでしか維持できない」
王弟は目を細める。
「甘い」
「慎重です」
大広間の空気が張り詰める。
王弟は言い切る。
「受け入れるべきだ。これは国益だ」
王子は首を横に振る。
「私は、拒否します」
どよめき。
使節の代表がわずかに眉を動かす。
「理由を伺いたい」
王子はまっすぐ答える。
「支援には感謝します。しかし、急激な軍拡と顧問団常駐は、国内の均衡を崩す」
「では孤立を選ぶのか」
王弟の問い。
王子は静かに言う。
「孤立はしません。だが、依存もしません」
沈黙。
その言葉は勇敢であり、危うくもある。
王弟は胸の奥に、焦燥を覚える。
(理想を守るために、機会を逃すのか)
だが同時に、理解もしている。
王子は本気で国を守ろうとしている。
方法が違うだけだ。
使節は深く一礼した。
「再考を期待する」
交渉は保留となった。
使節団が退出し、大広間に残るのは重い空気。
評議会は真っ二つに割れた。
王弟は低く言う。
「好機を逃せば、次はない」
王子は応じる。
「拙速な同盟は、未来を縛ります」
二人の間に、見えない線が引かれる。
国外は動き始めている。
国は選ばねばならない。
軍備か、均衡か。
恐れか、信頼か。
西方の旗が城外で揺れている。
その影が、王宮の床に長く伸びた。
決断の時は、近い。




