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断罪されるはずの悪役令嬢と、断罪したくないヒロインの政変記  作者: 南蛇井
第三章

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第2話:戦を知らぬ王

評議会の大広間は、かつてない緊張に包まれていた。


 半円状に並ぶ貴族席。

 中央には王座。

 その一段下に、王弟の席がある。


 西方連盟との接触を示す密書が公になった以上、議論は避けられない。


 王子が立ち上がる。


「西方との正式交渉について、本日ここで意見を聞く」


 ざわめきが広がる。


 そのとき。


 ゆっくりと、王弟が立ち上がった。


 広間が静まる。


「まず、誤解を解いておこう」


 低く、通る声。


「私は国を売るつもりはない。むしろ逆だ。

 この国が“売られる側”にならぬために動いた」


 何人かの貴族が頷く。


 王子は黙って見つめている。


「東方は軍を拡張している。西方は技術を独占しようとしている。

 我らだけが“静観”していれば、いずれ選択肢を失う」


 王弟は一歩前へ出る。


「王は、愛されるだけでは足りぬ」


 広間の空気が変わる。


「恐れられねばならぬ」


 ざわめき。


 言葉は鋭く、しかし激情はない。


 事実を告げる口調。


「敵がこの国を侵そうと考えたとき、

 “勝てぬ”と思わせる力が必要だ」


 王子がゆっくりと立ち上がる。


「叔父上」


 その声は穏やかだ。


「恐れで縛る国は、いずれ内から崩れる」


 王弟の視線が真っ直ぐに向く。


「理想だな」


「理想を失った王は、ただの支配者です」


 広間が息を呑む。


 真正面からの応酬。


 王弟は一瞬だけ目を細めた。


「戦を知らぬ王が、戦を語るか」


 その一言は重い。


 評議会の古参たちがわずかに頷く。


 王子は揺らがない。


「私は戦を知っています」


「勝利を、だ」


 王弟の声は低く落ちる。


「敗北を知っているか?」


 空気が凍る。


「凍死した兵の名を、全て覚えているか?

 撤退命令が一刻遅れたことで、何百が倒れるかを想像したことはあるか?」


 王子の拳がわずかに握られる。


 広間の誰もが、王弟の過去を知っている。


 北方戦争。


 三千の死。


 王弟は続ける。


「愛される王は美しい。

 だが恐れられぬ王は、敵にとって都合が良い」


 王子は一歩前へ出る。


「では叔父上は、民にも恐れられる王を望むのですか」


「違う」


 即答だった。


「民に恐れられる必要はない。

 だが敵には、必ず恐れられねばならぬ」


 静かな対峙。


 言葉は刃のように交差する。


 王子は深く息を吸った。


「私は、守りたい」


「私もだ」


 王弟の返答は即座。


「だからこそ備える」


「備えは必要です。しかし、力を誇示するだけでは疑心を招く」


「疑心は力の不足から生まれる」


 二人の視線がぶつかる。


 そこに憎悪はない。


 あるのは――譲れない信念。


 評議会は沈黙している。


 どちらも間違っていない。


 どちらも正しいように見える。


 だからこそ、迷う。


 王子は最後に言った。


「私は、恐れではなく信頼で国を立たせたい」


 王弟は静かに応じる。


「信頼は、力の裏付けがあって初めて成立する」


 議論は結論を出さないまま、いったん打ち切られた。



 評議会が散会した後。


 廊下で、若い貴族が囁く。


「王弟殿下の言葉には重みがある」


「だが殿下の理想も捨てがたい」


 迷いが広がっていく。



 王弟は回廊を歩きながら、独り呟く。


「……成長したな」


 王子はもう、感情で反論する少年ではない。


 一方、王子は窓辺に立ち、西の空を見る。


「戦を知らぬ王、か」


 胸に刺さる言葉。


 否定はできない。


 だが――。


 リリアナが静かに隣へ立つ。


「恐れは一瞬で広がります。

 でも信頼は、時間をかけて積み上がる」


 王子は小さく頷く。


「時間が、あるだろうか」


 答えはない。


 西と東。


 二つの視線。


 二つの王道。


 思想の衝突は、まだ始まったばかりだった。

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