第10話:未遂の代償
王城・大広間。
赤絨毯の上で、王弟アルトリウスは静かに頭を下げていた。
「先日の混乱については遺憾に思う。王都の安定こそ、我ら王家の務めだ」
言葉は整い、声音も穏やかだ。
王子は玉座に座り、その姿をまっすぐに見つめている。
「叔父上が王都を思ってくださること、疑いません」
形式上の和解。
評議会も立ち会い、文書が交わされる。兵の再集結は行わないこと、経済圧力の停止、相互の協議継続。
拍手が起きる。
民衆へ向けた“平穏の演出”。
だが。
レディアナはその文書の文言を細かく追いながら、心の中で冷たく計算する。
曖昧な表現が三か所。
「再集結しない」ではなく、「王都周辺においては自制する」。
王都“周辺”――地方は含まれない。
その夜。
密かに届けられた報告書。
北方と東部の数領地で、騎士団の再編成。装備更新。訓練頻度の増加。
公式には、治安維持強化。
だが時期が良すぎる。
リリアナは書簡を机に置き、息を吐いた。
「……延期、だね」
レディアナが頷く。
「未遂の代償は小さくありません。互いに、次の手を学びました」
そこへ王子が入ってくる。
彼の顔に、かつてのような狼狽はない。
「報告は読んだ」
短い言葉。
「地方での動き、止められないの?」
「今は法的根拠が弱いです」レディアナが即答する。「強引に押さえれば、こちらが専横と取られます」
王子はしばらく黙る。
窓の外、王都の灯りが揺れている。
「……僕は」
小さな声。
だが次第に芯を帯びる。
「私は逃げない」
はっきりと言い直した。
「血を流さずに済むなら、それが一番いい。でも、脅されて王冠を守るつもりはない」
リリアナとレディアナが、視線を交わす。
言葉はない。
だが確認はできた。
この若王は、もう傀儡ではない。
レディアナが静かに告げる。
「ならば、備えましょう。法も、軍も、民意も」
「うん」
リリアナは微笑む。
「火種は消えてない。でも、火の扱い方は覚えた」
王子は頷く。
「内乱は避けたい。でも……」
「延期されたに過ぎません」レディアナが言葉を継ぐ。
静かな肯定。
争いは終わっていない。
ただ、時をずらしただけ。
王城の塔の上、夜警の兵が空を見上げる。
遠方の地平線。
闇の中に、細い煙が立ち上る。
やがて小さな火が瞬き、狼煙となる。
それはまだ、遠い。
だが確かに見える。
王子はその報告を受け、窓辺に立つ。
夜風がカーテンを揺らす。
拳を握りしめるでもなく、ただ静かに前を見据える。
火種は、まだ消えていない。
そして王は――
もう、目を逸らさなかった。




