第7話 揺らぐ民意
王都の朝市は、いつもより声が荒かった。
「昨日よりまた上がってるじゃないか!」
「仕入れが遅れてるんだよ、こっちだって好きで上げてるわけじゃない!」
小麦粉、油、干し肉。
棚は空きが目立ち、値札は書き換えられている。
庶民にとって政治は遠い。
だが物価は、直接殴ってくる。
「王様は何してるんだ」
「最近はあの令嬢たちが仕切ってるんだろ?」
「双頭政治だか何だか知らねえが、腹は膨れねえ」
笑い混じりの愚痴が、やがて棘を持つ。
不満は、形を求める。
そして一番見えやすい場所に向かう。
――王。
城内。
「若王陛下の支持率、顕著に低下」
報告を読み上げる官吏の声は硬い。
「特に下町および港湾地区で顕著」
王子カイルは目を伏せた。
「……当然だ」
自嘲。
「城門で兵を動かし、次は物価高騰。民は不安になります」
レディアナは事実だけを述べる。
責めない。
だが甘やかさない。
リリアナは椅子から立ち上がった。
「行ってくる」
「どちらへ?」
「現場」
短い一言。
変装したリリアナは、下町を歩いていた。
簡素な外套。髪も結い直している。
市場のざわめきが肌を打つ。
「王都はもう終わりだ」
「王弟殿下のほうがマシだったかもな」
耳に入る言葉は容赦がない。
怒りよりも、諦めに近い声。
それが一番厄介だ。
「お嬢さん、何買うんだい?」
老女の声。
リリアナは干しパンを手に取り、値段を聞く。
「……高いね」
「仕方ないよ。入ってこないんだから」
老女は小声で続けた。
「でもね、戦よりはマシだ」
リリアナは目を上げる。
「戦になったら、こんなもんじゃ済まない」
城門での対峙は、噂になっている。
皆、分かっている。
紙一重だったと。
「王様には踏ん張ってほしいよ」
老女は笑う。
「若いんだからさ」
その言葉が、胸に刺さる。
不満はある。
だが期待も、まだ消えていない。
同時刻、王城。
レディアナは財務官と向き合っていた。
「備蓄穀物を市場へ放出。関税一時免除。王都商会に対し、王室名義での信用保証を付与」
官吏が目を見開く。
「財政が逼迫します」
「短期的な痛みです。民意を失う方が高くつきます」
迷いはない。
「さらに、王都内の物資輸送を軍が補助」
「軍を……物流に?」
「剣だけが役目ではありません」
王権は守るだけでなく、支えるもの。
それを示す必要がある。
「即時発動」
印章が押される。
財政緊急策。
静かな反撃。
夕刻。
リリアナは城へ戻る。
「どうだった」
レディアナの問い。
「怒ってる。でも、完全に見放してはいない」
王子が顔を上げる。
「本当に?」
「うん。まだ“若いから頑張れ”って言われた」
王子はわずかに笑う。
その笑みは、少しだけ強い。
「なら応えないとね」
初めて、自分から出た言葉。
レディアナは頷く。
「緊急策は今夜から動きます。数日で価格は安定するはず」
リリアナは窓の外を見る。
夕焼けが王都を染める。
揺らいだ民意は、まだ戻せる。
だが油断すれば、また崩れる。
戦場は城門から市場へ移った。
剣ではなく、生活。
王は今、支持という見えない戦線に立っている。
揺らぐ民意の中で、双頭体制は次の一手を打った。




