第6話 静かな報復
城門の対峙から三日。
王都は表面上、平穏を取り戻していた。
市場は開き、鐘は鳴り、貴族たちは夜会を開く。
だが。
水面の下では、別の流れが動き始めていた。
「小麦の到着が遅れております」
商務官の報告に、レディアナは視線を上げた。
「理由は?」
「街道整備の遅延とのこと。しかし……同様の報告が他にも」
鉄材、塩、油。
生活と軍需に直結する物資が、微妙に、だが確実に滞る。
偶然にしては、重なりすぎている。
リリアナが腕を組む。
「王弟派の領地から来る分だけ、だよね」
「ええ」
表向きは問題なし。
だが供給が細るだけで、市場は敏感に反応する。
商人たちの顔色が変わる。
価格が上がる。
不満が生まれる。
同じ頃、下町の酒場。
「聞いたか? また値上がりだ」
「双頭政治になってからロクなことがねえ」
「王様は何してるんだ」
「操られてるんだろ、あの令嬢どもに」
笑い混じりの声。
だがその奥にあるのは、疑念。
王弟派は剣を抜かなかった。
代わりに、言葉を撒いた。
――若王は傀儡。
――政務は混乱。
――王都の物価高騰は双頭体制の失策。
流言は、風より早い。
証拠は不要。
繰り返されれば、それは“空気”になる。
商会の一室。
年配の商人が、苦い顔で言う。
「地方伯爵から“協力”を求められましてな」
「協力?」
「王都向けの出荷を、少し控えよと」
控えれば、関税が軽減される。
従わなければ、次の取引はない。
露骨ではない。
だが分かる者には分かる圧力。
「断ればどうなるかは、言われずとも承知しております」
商人は汗を拭った。
政治は、商売より怖い。
執務室。
報告書が机に積まれる。
「流言の出所は分散。明確な指示系統は掴めません」
レディアナは淡々と読み上げる。
「意図的に痕跡を残していませんね」
「当然だね」
リリアナは椅子を傾けた。
「正面から殴って勝てないなら、足元を削る」
城門では退いた。
だがそれは敗北ではない。
戦場を変えただけ。
「民意を揺らし、商会を締め、王都を不安定にする」
レディアナの声は冷静だ。
「双頭体制は無能、という印象を作る」
無能。
それは王にとって致命傷。
王子カイルは報告を聞き、唇を噛む。
「僕のせいだ」
小さく漏れる言葉。
リリアナは即座に否定する。
「違う」
「でも……」
「これは報復。城門で引かせた代償」
視線を合わせる。
「勝ったら終わりじゃない。勝ったから始まるの」
レディアナが一枚の紙を差し出す。
「対抗策はございます。備蓄放出、緊急関税緩和、王都商会への直接保護」
「時間は?」
「短期的な混乱は避けられません」
つまり。
我慢比べ。
王弟派は静かに締め上げている。
剣ではなく、生活で。
窓の外では、いつも通りの王都。
だが空気は、わずかに濁っている。
目に見えない圧力。
目に見えない敵意。
リリアナは窓辺に立ち、遠くの煙を見つめた。
「静かだね」
「はい」
「でも一番嫌な戦い方」
血は流れない。
代わりに信頼が削られる。
王権の土台が、音もなく侵食されていく。
静かな報復は、確実に始まっていた。




