第3話 圧力の朝
夜明けは、やけに静かだった。
だがその静寂は、平穏とは違う。
王都東門。
整然と並ぶ鎧の列。
王弟アルトリウスの旗が、朝の風を受けてはためく。
数は多すぎる。
演習と呼ぶには、明らかに。
門兵は槍を握る手に力を込めた。
「本日の目的は」
王弟側近が淡々と告げる。
「王陛下への諫言。謁見を願う」
背後には数百の騎士。
剣は抜いていない。
だが抜ける距離にある。
同時刻、王城。
玉座の間に重臣が集まっていた。
「王弟殿下より、正式な謁見の要請です」
「理由は“王権の健全化に関する進言”」
婉曲な言い回し。
だが意味は明白。
若王の統治体制に異議あり。
王子カイルは報告を聞き、顔色を失った。
「兵は……どれほどだ」
「三隊。およそ六百」
護衛にしては過剰。
諫言にしては物々しい。
王子の喉が鳴る。
「叔父上が……」
裏切りとは言わない。
だが圧力であることは理解している。
「拒否すれば、どうなる」
誰にともなく漏れる問い。
「王権の閉鎖性を批判されましょう」
レディアナが静かに答える。
「受ければ?」
「軍を背にした諫言。実質的な威圧です」
どちらも正解ではない。
王子の視線が揺れる。
まただ。
決断の岐路。
空気が重い。
そのとき、扉が閉まる音。
リリアナが前に出る。
「殿下。落ち着いて」
短く、強く。
「これは戦争じゃない。確認よ」
「確認……?」
「王権がどこにあるかの」
王子は息を呑む。
レディアナが一枚の文書を差し出した。
封蝋付きの正式な勅令案。
「王権緊急防衛令」
静かな声。
「内乱兆候、または武力による威圧が認められた場合、首都軍の指揮権を国王が直接掌握可能とする」
王子の瞳が見開かれる。
「そんな……」
「合法です。先王時代に制定。未使用条項」
つまり――
今この瞬間のために存在する。
窓の外で、遠く甲冑の音が響く。
城門前に兵が展開し始めている。
時間はない。
「僕は……」
王子の声が震える。
「争いたくない」
「争いはもう来てる」
リリアナは視線を逸らさない。
「剣を抜くかどうかは相手次第。でも、抜ける位置に置いておくのは王の仕事」
レディアナが続ける。
「これは攻撃ではありません。防衛です」
紙の上の空白が、重くのしかかる。
署名欄。
ペンが置かれる。
王子の手が、震える。
門外では、王弟派の旗が風に鳴る。
城内では、重臣たちが息を殺す。
圧力の朝。
王権が試される朝。
王子はゆっくりとペンを握った。
まだ署名はない。
だがその先端は、確かに紙へ向かっている。
嵐は、すぐそこまで来ていた。




