第2話 正統の論理
王都から半日の距離。
王弟アルトリウスの別邸は、質実そのものだった。
贅を競う貴族の館とは違う。壁に飾られているのは戦場の地図と、古びた剣。王家の血を引きながら、彼は常に“実務”の側に立ってきた男だった。
「……王都の動きは」
低く、よく通る声。
側近が答える。
「若王陛下は政務補佐官二名と共に政務を継続。首都軍の掌握も維持しております」
アルトリウスは目を閉じる。
甥である現王カイルを、嫌っているわけではない。
だが。
「王とは、決断する者だ」
それが彼の信条だった。
王家とは責任の象徴。
重みを引き受ける者。
「……あの子は優しい」
ぽつりと漏れる。
「しかし優しさは、統治の軸にはならぬ」
彼の周囲に集う者たちは、武断派貴族が多い。地方を治め、騎士団を率い、外敵と対峙してきた家系。
彼らにとって国家とは理念ではなく、秩序だ。
その秩序が今、歪められていると映っていた。
会議室。
長卓を囲む諸侯。
「若王は傀儡にございます」
一人が断言する。
「実権はあの二人の令嬢」
「政務補佐官とは名ばかり。実質、摂政」
「王家の威信が損なわれております」
怒りというより、焦燥。
双頭体制は“異例”だ。
前例なき統治形態は、不安を呼ぶ。
「このままでは王権は私物化される」
その言葉に、重い沈黙が落ちる。
私物化。
それは最大の禁句だ。
王家は国家の象徴。
それを操作する存在がいるならば――
「是正が必要です」
静かに、誰かが言った。
クーデターとは言わない。
反逆とも言わない。
是正。
歪みを正すだけ。
「まずは兵を王都に集める」
「諫言の場を設けるのです」
「王家をお守りするために」
大義は整えられていく。
やがて武断派の若い伯爵が立ち上がった。
「言葉だけでは足りませぬ」
視線が集まる。
「兵を背にしてこそ、諫言は重みを持つ」
「威圧と受け取られればどうする」
「ならば誤解と言えばよい」
彼は迷いなく言い切った。
「我らは王家を守るために動く。若王を操る者から王権を取り戻す。それが忠義」
室内に、静かな熱が広がる。
アルトリウスは黙して聞いていた。
彼は血を望まない。
だが。
もし王権が歪められているならば、正す責任がある。
「……武を示すだけだ」
彼はゆっくり口を開く。
「剣は抜かぬ。抜かせぬ」
だが集められた兵は、確実に圧力となる。
「これは反逆ではない」
誰かが言う。
「是正だ」
その言葉が、静かに定着する。
クーデターではない。
王家を取り戻すための“調整”。
彼らはそう信じていた。
王都に向かう旗は、誇らしげに風を受ける。
その下にあるのは野心か、忠誠か。
あるいはその両方か。
正統の名のもとに、歯車は回り始めていた。




