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断罪されるはずの悪役令嬢と、断罪したくないヒロインの政変記  作者: 南蛇井
第一章

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第1話 ヒロイン、キレる

王城大広間は、光でできていた。


 天井から降り注ぐ無数のシャンデリア。磨き上げられた白大理石の床。金糸銀糸のドレスと軍装。王国の未来を担う若者たちが、今まさに“物語の一場面”を演じようとしている。


 ――本来なら。


「リリアナ・フェルン。貴様との婚約を、ここに破棄する」


 第一王子カイルの声は、よく通った。


 顔はいい。文句なしに整っている。金の髪に、蒼い瞳。絵画から抜け出してきたような王子様。


 その隣で、ゆったりと微笑む悪役令嬢レディアナ・グレイフォード。深紅のドレスがよく似合う、完璧な貴族令嬢。


 周囲の視線が一斉にこちらへ突き刺さる。


 ざわめき。

 期待。

 愉悦。


 ああ、はいはい。


 この流れ、知ってる。


 これから私は泣くのだ。濡れた瞳で王子を見上げ、理不尽に震え、耐え忍ぶ健気なヒロインを演じる。やがて真実が明かされ、悪役令嬢は断罪され、私は王子と結ばれる。


 ――乙女ゲーム『薔薇と蒼玉のレガリア』。


 その、王道ルート。


 そして私は、前世でそれをコンプリートした元社畜だ。


「リリアナはレディアナに対し、度重なる嫌がらせを――」


「うるせぇな」


 口から出た声は、思ったより低かった。


 空気が止まる。


 カイルが瞬きをする。


「……なんだと?」


 なんだと、じゃねぇよ。


 私は深く息を吸った。肺いっぱいに、甘ったるい香水と嘘くさい空気を吸い込む。


 そして。


「うるっさいんだよ!!」


 乾いた音が響いた。


 次の瞬間、レディアナの体がぐらりと揺れる。私の拳が、彼女の頬を正確にとらえていた。


 扇が宙を舞う。


 高貴な悲鳴。


 そして、どさり。


 悪役令嬢、床に沈没。


「な、何を――!」


 カイルが私の腕を掴もうとする。


 遅い。


 反射で体が動いた。


 前世でストレス発散に通っていた合気道教室に、今だけ本気で感謝する。


 掴まれた腕を引き、腰を落とし、重心を崩し――


 背負い投げ。


 王族が空を飛んだ。


 重い音が響く。


 静寂。


 誰も、呼吸すらしていない。


 床に転がったまま、カイルが呻く。


「り、リリアナ……?」


「もうやめだ!」


 自分でも驚くほど声が通る。


 視線が、全部こっちを向いている。


 でもいい。


 全部まとめて言ってやる。


「なんで私が、ちょっと顔が良いだけの薄っぺらい王子と一緒にならなきゃならないんだよ!」


 貴族令嬢たちが息を呑む。


「私に近づくんじゃないわよ、くそ王子!」


「く、くそ……?」


「それからレディアナ!」


 床に手をついて起き上がろうとする彼女を指さす。


「ちまちま嫌がらせしてんじゃねえよ! やんなら正面から堂々と来い!」


 レディアナの瞳が、初めて揺れた。


 怒りでも、屈辱でもない。


 ――観察する目。


 なんだその顔。


「そもそもなんで、あんたみたいな年上貴族に気を遣ってビクビクしなきゃなんねえんだよ。やってらんねえ!」


 息が荒い。


 でも、頭は妙に冷えている。


 この瞬間、物語は壊れた。


 悪役令嬢は床にいる。

 王子も床にいる。

 ヒロインが一番立っている。


 滑稽だ。


 最高だ。


 大臣ハデムが青ざめながら前に出る。


「ひ、姫君……これは国家的問題に――」


「知るか!」


 私は踵を返した。


 ざわめきが割れる。


 重厚な扉の前で立ち止まる。


 一瞬だけ振り返る。


 カイルは呆然としている。

 レディアナは、こちらをじっと見ている。


 その目は――なぜか、笑っているように見えた。


 いいよ。


 だったら、もう全部壊してやる。


 私は扉を押し開けた。


 冷たい夜風が頬を打つ。


 背後で、誰かが私の名を呼んだ。


 でももう、振り向かない。


 私はもう、攻略対象じゃない。

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