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悪役令嬢は太って断罪を回避する  作者: 南蛇井


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8/30

最初の変化

一ヶ月後。


訓練場の石床に刻まれた魔法陣は、もう見慣れたものになっていた。

笑い声は減り、代わりに規則正しい呼吸音が響く。


変化は、数字よりも先に輪郭に現れた。


ユーフォミア


鏡の前に立つ。


顎の線が、はっきりと浮かび上がっている。

頬の丸みは消え、目元は静かに鋭さを帯びた。


以前は柔らかさで隠れていたものが、今は隠れない。


侍女が、控えめに言う。


「最近、お嬢様の視線が……少し怖いです」


ユーフォミアは鏡越しにその言葉を受け止める。


否定しない。


否定できない。


視線が深くなるたびに、感情の輪郭がはっきりする。

曖昧な笑みが減り、言葉が短くなる。


「そう」


返答も、それだけ。


余計な柔らかさが削れている。


まるで、物語が彼女を“悪役令嬢”という線画に戻そうとしているかのように。


鏡の中の自分は、美しい。


そして少し、冷たい。


ライルヒルト


王子の立ち姿が変わったと、騎士たちが囁き合う。


姿勢が安定し、肩が落ち着き、声が低く通る。

指示は迷わず、視線はまっすぐ。


ある日、庭園でリリエルと話していた。


「最近、無理をしていないか?」


自然に、距離が縮まる。


意図はない。


ただ、守りやすい距離に入っただけ。


リリエルが、ほんの少しだけ頬を染める。


「だ、大丈夫です」


声が小さく揺れる。


その様子を、離れた場所からユーフォミアが見ている。


胸の奥が、ざわ、と鳴る。


痛みではない。


怒りでもない。


もっと細い、鋭いもの。


——嫉妬。


その瞬間、名前がつく。


名づけられた感情は、形を持つ。


形を持った感情は、物語を押し進める。


リリエル


頬の丸みが減る。


首が細くなり、鎖骨の影がくっきりする。

光の当たり方ひとつで、壊れそうに見える。


侍女が微笑む。


「最近、少し儚くなりましたね」


それは賞賛の声音だった。


守られるべき存在。


触れれば消えそうな透明感。


王子が言う。


「無理はするな」


ただそれだけ。


だが、その声音はやわらかい。


自然に出た言葉。


無意識の優しさ。


ユーフォミアの中で、何かが静かに沈む。


沈みながら、冷えていく。


(ああ)


理解してしまう。


これは努力の結果ではない。


物語が、正しい位置へと彼らを並べ直している。


悪役は鋭く。


王子は堂々と。


ヒロインは儚く。


痩せるたび、役割が濃くなる。


一ヶ月前、三人は横並びで笑っていた。


今は、少しだけ配置がずれている。


目に見えない三角形が、ゆっくりと形を取り始める。


物語が、動き出していた。

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