異世界式体型矯正・開始
訓練場の空気は、朝霧のように薄く冷えていた。
王宮の奥、石壁に囲まれた半円形の空間。床には古い魔法陣が刻まれ、中央で淡く光っている。
その上を、三人は走らされていた。
「魔力循環走。止まれば循環が乱れる」
デルガの声は、風よりも静かに背後から落ちる。
ユーフォミアは歯を食いしばりながらも、姿勢を崩さない。裾を揺らし、汗をにじませながら走る悪役令嬢など、本来あってはならない。
「……悪役令嬢は汗をかかない設定でしたのに」
息を乱さず言い切るあたりが、彼女の矜持だった。
隣でライルヒルトが苦笑する。額から一筋、はっきりと汗が落ちた。
「設定は今、書き換え中らしいぞ」
走り終わると、次は重力調整スクワットだった。
床の魔法陣が脈打つ。体が急に重くなる。
「ひっ……!」
リリエルが小さく悲鳴を上げる。細い肩が震える。だが倒れない。必死に膝を曲げる。
ライルヒルトは数を数えながら言った。
「これ、断罪よりきつくないか?」
「断罪は一瞬ですわ」
ユーフォミアは沈んだ姿勢のまま返す。
「これは永遠ですの」
その言い方に、リリエルが吹き出した。
「ヒロインって、もっと自然に痩せるんじゃ……? こう、花びらが舞って、気づいたら少し細くなってる、みたいな……」
「それは演出ですわ」
「じゃあこれは何?」
「現実ですの」
三人、同時に沈み、同時に立ち上がる。
息が荒い。
髪が乱れる。
だが目は、どこか楽しそうだった。
休憩と称して差し出されたのは、低糖質エルフ料理。彩りだけは完璧で、量は控えめ。味はやたらと滋味深い。
「……味が森ですわ」
「森だな」
「森ですね……」
最後はドラゴン式呼吸法。
地面に座り、背筋を伸ばし、深く吸って、ゆっくり吐く。
「脂肪は蓄積された余剰魔力だ。燃やせ」
デルガの指示は簡潔。
三人は顔を見合わせる。
「脂肪って、そんな壮大な存在でしたの?」
「俺の腹のこれは、余剰か」
「私のも……?」
くすり、と笑いがこぼれる。
笑うと腹筋が痛い。
痛いのに、また笑う。
汗で前髪が額に張りつき、ドレスも訓練着も関係なく乱れている。王子も令嬢もヒロインもない。ただ、同じ強度で息を切らしている三人がいる。
まだ、役割は薄い。
まだ、距離は近い。
訓練場の石壁に、三人の笑い声が小さく跳ね返る。
そのときだけは。
断罪も、嫉妬も、物語の収束も、まだ遠い。
彼らはただの仲間だった。




