静かな指摘
デルガは、机の引き出しから一冊の書類を取り出した。
革表紙。
無駄に重厚。
表紙には金文字で記されている。
――物語適性評価報告書。
三人は、同時に嫌な予感を覚えた。
ぱらり、とページが開かれる。
「国家広報局・儀礼演出部による分析だ」
さらりと言う。
「近年、断罪儀式の観覧満足度が微減している」
そんな部署があったのか、とライルヒルトは思う。
思うが、口には出せない。
デルガは読み上げる。
「第一王子ライルヒルト殿下」
一枚、めくる。
「威厳指数 68」
微妙な数字だ。
「決断時の視線の鋭さに課題あり。階段昇降後の呼吸乱れが象徴性を損なう可能性」
ライルヒルトの背筋が固まる。
「……階段は、王族の敵か」
小さく呟く。
デルガは続ける。
「悪役令嬢ユーフォミア嬢」
もう一枚。
「緊張誘発値 54」
低い。
「威圧感が持続しない。近接時に安心感を与える傾向あり」
ユーフォミアの眉がぴくりと動く。
安心感。
それは、悪役にとって致命的だ。
「ヒロイン、リリエル」
最後の一枚。
「儚さ係数 61」
「健康的印象が強く、保護欲喚起が限定的」
リリエルは無意識に自分の頬に触れる。
健康的。
それは悪いことではないはずなのに。
デルガは、最後のページをゆっくりと机に置いた。
そこには、太字で一行。
体型補正値:-23%
沈黙。
三人の視線が、その数字に吸い寄せられる。
-23%。
なにが、23%なのか。
なにが、引かれているのか。
ライルヒルトが、恐る恐る口を開いた。
「……それは、筋肉量の問題か?」
王族としての、最後の抵抗だった。
デルガは目を上げる。
「脂肪だ」
即答。
短い。
容赦がない。
間。
空気が止まる。
リリエルが、小さく声を出す。
「わ、私……ですか……?」
自分だけであってほしいような、
自分だけでは困るような、
曖昧な祈り。
デルガは視線を巡らせる。
「三人ともだ」
はっきりと。
逃げ道はない。
一瞬、誰も何も言えない。
やがてユーフォミアが、かすれた声で言う。
「……わたくし、悪役令嬢ですのに」
ライルヒルトが小さく続ける。
「王子なのに」
リリエルが、さらに小さく。
「ヒロイン、なのに……」
三人の語尾が、妙に丸い。
どこか締まりがない。
それ自体が、証明のようだった。
デルガは一切笑わない。
責める表情もない。
ただ、事実を述べる者の顔。
「脂肪は悪ではない」
静かに言う。
「だが、象徴の輪郭を曖昧にする」
三人は、言い返せない。
なぜなら。
先ほどの断罪台詞の実演を、思い出しているからだ。
息が乱れ、
水を差し出し、
背をさする。
あれは確かに――
緊張ではなかった。
沈黙。
重たい天井の下で。
ユーフォミアは、ゆっくりと視線を落とす。
ライルヒルトは、無意識に腹部に力を入れる。
リリエルは、両手をぎゅっと握る。
笑えるはずの状況だった。
「脂肪だ」と言われて、
三人まとめて減点されているのだ。
だが、誰も笑わない。
デルガは書類を閉じる。
ぱたん。
「諸君」
低く。
「これは侮辱ではない。調整だ」
その言葉が、なぜか一番冷たかった。




