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悪役令嬢は太って断罪を回避する  作者: 南蛇井


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27/30

デルガの崩落

王宮大広間から離れた、石造りの観測室。


窓はない。


代わりに、中央に据えられた巨大な観測水晶が、青白く脈打っている。


否――脈打っていた。


今は、明滅。


規則を失った点滅。


断続的な警告音。


水晶表面に、数値が浮かび上がる。


物語完成率:強制低下

緊張曲線:断裂

悪役消滅フラグ:未成立

恋愛収束率:拡散


赤い文字が、ゆらぐ。


まるで、世界そのものが動揺しているかのように。


デルガは、ゆっくりと額を押さえた。


指先が、かすかに震えている。


「……国家の演出が……」


呟きは、誰に向けたものでもない。


観測室には彼ひとり。


それでも、責任は重い。


これは、若き王子の気まぐれではない。


令嬢の情でもない。


ヒロインの優しさでもない。


国家規模の物語設計。


王国は、物語によって秩序を保ってきた。


悪役を定め。


断罪によって緊張を解放し。


新たな恋愛と王権を祝福する。


それは娯楽ではない。


統治機構だ。


“断罪による秩序再構築”。


その瞬間に、貴族社会の鬱積は浄化され、


王家の威信は再確認される。


誰もが納得する形で、物語は閉じる。


閉じる――はずだった。


だが今。


水晶が、ひび割れた音を立てる。


緊張曲線のグラフが、途中で断ち切られている。


本来なら、頂点に達し、滑らかに降下するはずの線。


それが、空中で途絶えている。


終わっていない。


だから、完了しない。


悪役消滅フラグ:未成立。


消えない。


残る。


だが、憎悪は発生していない。


恋愛収束率:拡散。


三角関係は崩れ、


均衡のまま横に広がっている。


収束しない。


決着しない。


デルガは、水晶に手を置く。


冷たい。


「まだ、補正は……」


言いかけて、止まる。


補正する材料がない。


敵意がない。


悲劇がない。


断罪がない。


あるのは――


体温と、躊躇いと、選択。


物語エンジンが唸りを上げる。


そして。


止まる。


低い振動が、すっと消える。


静寂。


観測室は、異様なほど静かになる。


回転していた歯車が止まったときの、


あの、耳鳴りのような無音。


デルガは、ゆっくりと息を吐いた。


これは個人の失敗ではない。


一幕の事故でもない。


物語そのものが、


予定された形を拒絶した。


国家が前提としてきた“筋書き”が、


機能しなかった。


秩序再構築、未遂。


クライマックス、消失。


エンジン停止。


青白い光が、完全に消える。


闇の中で、デルガはただ立ち尽くす。


物語は、完成しなかった。


だが。


あの壇上で、


三人は確かに、何かを選んだ。


それが何を意味するのか。


国家にとって救いなのか、破綻なのか。


まだ、誰にも分からない。

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