デルガの崩落
王宮大広間から離れた、石造りの観測室。
窓はない。
代わりに、中央に据えられた巨大な観測水晶が、青白く脈打っている。
否――脈打っていた。
今は、明滅。
規則を失った点滅。
断続的な警告音。
水晶表面に、数値が浮かび上がる。
物語完成率:強制低下
緊張曲線:断裂
悪役消滅フラグ:未成立
恋愛収束率:拡散
赤い文字が、ゆらぐ。
まるで、世界そのものが動揺しているかのように。
デルガは、ゆっくりと額を押さえた。
指先が、かすかに震えている。
「……国家の演出が……」
呟きは、誰に向けたものでもない。
観測室には彼ひとり。
それでも、責任は重い。
これは、若き王子の気まぐれではない。
令嬢の情でもない。
ヒロインの優しさでもない。
国家規模の物語設計。
王国は、物語によって秩序を保ってきた。
悪役を定め。
断罪によって緊張を解放し。
新たな恋愛と王権を祝福する。
それは娯楽ではない。
統治機構だ。
“断罪による秩序再構築”。
その瞬間に、貴族社会の鬱積は浄化され、
王家の威信は再確認される。
誰もが納得する形で、物語は閉じる。
閉じる――はずだった。
だが今。
水晶が、ひび割れた音を立てる。
緊張曲線のグラフが、途中で断ち切られている。
本来なら、頂点に達し、滑らかに降下するはずの線。
それが、空中で途絶えている。
終わっていない。
だから、完了しない。
悪役消滅フラグ:未成立。
消えない。
残る。
だが、憎悪は発生していない。
恋愛収束率:拡散。
三角関係は崩れ、
均衡のまま横に広がっている。
収束しない。
決着しない。
デルガは、水晶に手を置く。
冷たい。
「まだ、補正は……」
言いかけて、止まる。
補正する材料がない。
敵意がない。
悲劇がない。
断罪がない。
あるのは――
体温と、躊躇いと、選択。
物語エンジンが唸りを上げる。
そして。
止まる。
低い振動が、すっと消える。
静寂。
観測室は、異様なほど静かになる。
回転していた歯車が止まったときの、
あの、耳鳴りのような無音。
デルガは、ゆっくりと息を吐いた。
これは個人の失敗ではない。
一幕の事故でもない。
物語そのものが、
予定された形を拒絶した。
国家が前提としてきた“筋書き”が、
機能しなかった。
秩序再構築、未遂。
クライマックス、消失。
エンジン停止。
青白い光が、完全に消える。
闇の中で、デルガはただ立ち尽くす。
物語は、完成しなかった。
だが。
あの壇上で、
三人は確かに、何かを選んだ。
それが何を意味するのか。
国家にとって救いなのか、破綻なのか。
まだ、誰にも分からない。




