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悪役令嬢は太って断罪を回避する  作者: 南蛇井


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26/30

会場の崩壊

沈黙。


それは一瞬ではなかった。


長く、重く、広間の天井に張りついたまま動かない。


ライルヒルトの「やめる」は、


まだ空中に漂っている。


だが。


誰も拍手しない。


誰も怒号を上げない。


歓声も、罵声も、起きない。


ただ。


困惑。


最前列の老侯爵が、口を半開きにしたまま止まっている。


隣の夫人が扇を落とす。


後方で、若い貴族が小声で言う。


「え?」


「……やめるって?」


「断罪は?」


その言葉が、さざ波のように広がる。


ざわめき。


だが、熱はない。


怒りの波にもならない。


支持の歓声にもならない。


行き場を失った期待が、


宙ぶらりんのまま揺れている。


本来なら。


断罪の宣言とともに、


感情は一方向に流れたはずだった。


悪役への敵意。


王子への喝采。


ヒロインへの同情。


だが今。


感情は、どこにも集まらない。


収束しない。


漂う。


壇上の三人は、並んで立っている。


争う構図ではない。


決裂する距離でもない。


横並び。


それが、観客を最も混乱させる。


誰を憎めばいいのか。


誰に喝采すればいいのか。


分からない。


断罪イベント――未成立。


儀式は始まったのに、終わらない。


山場に登ったはずなのに、頂が消えた。


物語のクライマックスが、


音もなく消失する。


ざわめきは広がる。


だが、それは崩壊の音ではない。


空転の音だ。


回るはずの歯車が、


空を噛んでいる。


王宮大広間は、


かつてない種類の混乱に包まれる。


怒りでもなく。


歓喜でもなく。


ただ、


“終わらなかった物語”の余白だけが、


そこに残った。

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