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悪役令嬢は太って断罪を回避する  作者: 南蛇井


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24/30

空気の決壊

大広間は、本来なら最高潮に達しているはずだった。


断罪の直前。


感情は尖り、視線は一点に集まり、

物語は最も美しい形で燃え上がる。


本来なら。


リリエルは涙を滲ませ、

震える声で王子を見上げる。


ユーフォミアは唇を吊り上げ、

高らかに笑い、悪意を撒き散らす。


ライルヒルトは冷酷に、

一片の迷いもなく罪を宣言する。


それが、完成された三角形。


それが、物語の頂点。


――しかし。


現実は違った。


リリエルは、涙ではなく心配を浮かべている。


「本当に大丈夫?」


声は柔らかく、

断罪の緊張を溶かす温度を持っている。


ユーフォミアは高笑いどころか、

水差しを両手で支え、淡々と務めを果たしている。


「無理なさらずに」


声音は穏やかだ。


棘がない。


王子は冷酷ではない。


咳き込みながら、水を受け取り、

小さく息を整え、そして言う。


「……ありがとう」


礼。


断罪の壇上で、礼。


その瞬間。


観客の中で、何かが外れる。


憎めない。


怒れない。


悪役に向けるべき敵意が、立ち上がらない。


ヒロインに向けるべき同情が、尖らない。


王子に向けるべき畏怖が、固まらない。


緊張が、生まれない。


“物語的憎悪”が、発生しない。


視線は集束せず、散る。


ざわめきはある。


だが、それは高揚ではない。


困惑。


戸惑い。


「あれ……?」


誰もが、どこに感情を置けばいいのか分からない。


壇上の三人は、互いを見ている。


責めるためではなく、


支えるために。


三角形は、もう機能していない。


頂点も、対立軸もない。


横並び。


肩が並び、距離が近い。


役割ではなく、関係で立っている。


物語は、緊張によって動く。


だが今、そこにあるのは体温だ。


温度は、憎悪を溶かす。


空気が、決壊する。


音もなく。


誰も叫ばないまま。


断罪の舞台は、


静かに、物語としての力を失っていった。

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