演出論の提示
「……国家は、劇である」
宰相デルガの声は低く、よく通った。
怒気はない。
断罪の気配もない。
ただ、確信だけがあった。
三人は顔を上げる。
高い天井の下、言葉は静かに落ちてくる。
「民は、現実よりも象徴を信じる」
デルガは立ち上がらない。
椅子に座ったまま、指先を組む。
「王が迷えば国は揺らぐ。だが、王が“揺らがぬ象徴”であれば、民は安心する」
ライルヒルトの喉が、わずかに鳴る。
「殿下。あなたは個人ではない。理想だ」
その言葉は責めていない。
しかし重い。
デルガの視線が移る。
「ユーフォミア嬢。悪役令嬢は憎悪の受け皿であり、緊張の核だ。あなたがいるから物語は締まる」
ユーフォミアは無意識に背筋を伸ばす。
コルセットが小さく軋む。
「そしてリリエル」
優しい声ではない。
ただ、均一な声。
「ヒロインは希望だ。救済だ。民はあなたに“明日”を重ねる」
リリエルは両手を握る。
指先が白くなる。
デルガは、机の上の一枚の紙を指で叩いた。
「断罪は娯楽ではない」
静寂。
「秩序の再確認だ」
言い切る。
部屋の空気が、少しだけ硬くなる。
断罪。
それは恋愛劇の終盤に置かれるイベントではない。
国家が“正しい形”を示すための儀式。
民は集まり、見る。
誰が正しく、誰が裁かれるのか。
それによって、世界の輪郭がはっきりする。
デルガは続ける。
「王子が理想を選び、悪が裁かれ、希望が残る」
淡々と。
「それは筋書きではない。国家運営だ」
三人は黙る。
反論がない。
なぜなら、正しいからだ。
ユーフォミアは視線を落とす。
(……悪役令嬢は、緊張の核)
確かに最近、周囲の視線は柔らかい。
侍女たちも、どこか遠慮がない。
怖がられていない。
ライルヒルトは、壁に掛けられた歴代王の肖像を見る。
どの顔も鋭い。
顎は引き締まり、目は強い。
(理想、か……)
リリエルは胸に手を当てる。
希望。
その言葉が、なぜか少し重い。
デルガは三人を順に見た。
責めない。
怒らない。
ただ、評価する目で。
そして静かに言う。
「諸君は今、その象徴としての自覚が足りぬ」
三人、真顔。
笑いどころはない。
まだ。
だが。
どこかで、全員が同じことを思い始めている。
――自分は、象徴として、足りているのか。
沈黙が落ちる。
高い天井の下で。
物語の話をしているはずなのに、
なぜか自分の身体の輪郭が、やけに意識される。
デルガは、まだ体型の話をしていない。
それなのに。
三人の背中には、じわりと汗が滲み始めていた。




