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悪役令嬢は太って断罪を回避する  作者: 南蛇井


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18/30

変化(逆方向)

数週間後。


劇的な変化はない。


誰かが振り向くほどの違いもない。


だが。


確実に、何かが逆流していた。


王子


ライルヒルトは、朝の鏡の前で自分の顔をじっと見つめる。


頬。


ほんの少しだけ、線が柔らいでいる。


鋭利だった輪郭に、わずかな丸み。


誤差。


だが、誤差は嘘をつかない。


階段を上がる。


二段飛ばしはやめている。


頂上で、ほんのわずかに息が上がる。


その瞬間。


近くにいた侍女が、はっと顔を上げる。


「殿下、お水を――」


「ありがとう。助かる」


自然に出る。


以前の彼なら、「問題ない」と笑っていた。


強く、完璧に。


今は違う。


助けを受け取る。


その延長で、言葉が広がる。


「最近、仕事はきつくないか」


侍女は目を丸くする。


庭で庭師とすれ違えば、足を止める。


「剪定、進んでいるか」


「いやぁ、今年は虫が多くて」


愚痴が出る。


王子は聞く。


相槌を打つ。


笑う。


以前は、時間の無駄だった。


余白がなかった。


今はある。


ほんの少し体力が落ちたことで、


ほんの少し完璧でなくなったことで、


人の声が入り込む隙間ができた。


優しさが、再び広がる。


リリエルだけに向いていた視線が、


ゆるやかに、周囲へ戻る。


特別は、薄まる。


三角形が、揺らぐ。


ユーフォミア


午後のサロン。


銀の皿に、焼き菓子が並ぶ。


以前より、少しだけ多めのバターの香り。


ユーフォミアはそれを摘まみ、隣の令嬢に差し出す。


「あなたもどう?」


その一言。


空気が変わる。


令嬢は戸惑いながら受け取る。


「ありがとうございます……」


ぽろりと、本音が落ちる。


「最近、社交界の噂が少し怖くて」


以前のユーフォミアなら、


それを材料に、鋭い一言を返していた。


今は違う。


「怖い時は、甘いものですわ」


柔らかい声。


皮肉が減る。


視線の鋭さが、わずかに和らぐ。


悪役としての濃度が、薄まる。


周囲は戸惑う。


「……あれ?」


「最近、少し優しい?」


断罪適性が、ほんの少し下がる。


数値にすれば誤差。


だが、確実な誤差。


ユーフォミア自身も気づいている。


甘さは脂肪だけでなく、


棘も溶かす。


彼女は小さく笑う。


湿った、穏やかな笑い。


「悪役も、糖分が必要ですわね」


リリエル


リリエルは廊下の窓に映る自分を見る。


頬が、ほんのり戻っている。


透けるような儚さは、少しだけ減った。


代わりに。


血色。


温度。


令嬢たちが集まる中に、自然と混ざる。


「その刺繍、素敵ね」


「ありがとう。あなたの色使いも好きよ」


笑いが弾む。


以前は、どこか距離があった。


守られそう。


壊れそう。


だから嫉妬された。


今は違う。


「一緒にいたい」


そういう空気に変わる。


嫉妬が弱まる。


敵意が薄まる。


ライルヒルトが遠くからそれを見る。


胸が、ざわつかない。


焦らない。


安心に近い感覚。


三角形は、はっきりと揺れている。


頂点が曖昧になる。


辺が柔らかくなる。


完璧な構図が、崩れ始めている。


誰も劇的には太っていない。


誰もだらしなくはなっていない。


だが。


優しさは広がり、


棘は溶け、


儚さは親しみに変わる。


断罪に必要な緊張が、


じわじわと減っていく。


物語はまだ動いている。


だが、その輪郭は、


少しだけ滲んでいる。


逆方向へ。


確実に。

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