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悪役令嬢は太って断罪を回避する  作者: 南蛇井


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16/30

夜の誓い

夜の裏厨房は、昼間とは別の生き物のように静かだった。


窓の外では王宮の灯りが細く揺れ、

火を落とした竈の余熱が、わずかに空気を温めている。


甘い匂いはない。


今夜は偶然ではないから。


三人は、それぞれの時間を調整し、

誰にも見られぬ経路を選び、

ここへ来た。


意図的に。


ユーフォミアが、調理台に指先を置く。


その指は、以前より骨ばっている。


「……このままでは、私たち、完璧に断罪されますわね」


声音は静かだが、冗談は混ざっていない。


ライルヒルトは腕を組み、短く頷く。


「役が完成してる」


その言葉は、事実の確認に近い。


王子は堂々。

悪役令嬢は鋭く。

ヒロインは儚く。


誰が見ても、美しい配置。


誰が見ても、物語通り。


リリエルが、竈の縁を見つめながら、小さく言う。


「完成って……終わりですよね」


完成された器は、あとは割られるだけ。


静寂が落ちる。


遠くで、夜番の足音が響く。


ユーフォミアが息を吸う。


そして、告げる。


「太りましょう」


空気が、わずかに揺れる。


ライルヒルトは真顔のまま言う。


「計画的に」


反射ではない。

本気だ。


リリエルも続ける。


「健康的に」


やけっぱちではない。


三人の視線が、ゆっくりと交わる。


これは堕落ではない。


暴食でも、自己否定でもない。


完成された役を、あえて崩す。


物語の歯車に、砂を落とす。


戦略。


ユーフォミアが淡く笑う。


「急に丸くなれば、怪しまれますわ。

 “あら、少しお疲れ?”くらいから始めましょう」


「魔力循環を止めるのは段階的にだな」


ライルヒルトが淡々と続ける。


「訓練量も三割減。

 代わりに食事量を一割増やす」


「お菓子は……共有、ですよね」


リリエルが、少しだけ口元を緩める。


あの頃のように。


場を緩ませる甘さ。


尖りすぎた輪郭を、ほんの少し曖昧にする余白。


ユーフォミアは頷く。


「ええ。分けましょう。

 甘さは、緩衝材ですもの」


ライルヒルトも、わずかに肩の力を抜く。


「……少し腹が出ても、王子は王子だろう」


「少し、ですわよ?」


「少し、です」


三人の声が、かすかに重なる。


笑いがこぼれる。


大きくはない。


湿った、小さな笑い。


それでも、さっきまでの張り詰めた静けさとは違う。


完成された三角形に、初めて亀裂が入る。


ほんの細い線。


だが、それは確実に。


ユーフォミアが最後に言う。


「三ヶ月後までに、“美しすぎない私たち”に戻る」


ライルヒルト。


「断罪しにくい形にする」


リリエル。


「人間に、戻る」


三人は頷く。


火は入っていない。


けれど、裏厨房の空気はわずかに温かい。


ここが転換点。


完璧から、意図的な不完全へ。


物語に従うのではなく、

物語を鈍らせるための一歩。


戦略的増量作戦が、静かに始まった。

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