決定的な瞬間
庭園は、夕暮れの色に沈んでいた。
噴水の水音が、どこか遠い。
花壇の白い花が、橙色の光を受けて淡く縁取られている。
ユーフォミアは回廊を抜け、石段を下りた。
その先に、リリエルが立っている。
ひとりで。
西日に向かって。
細い首筋に光が落ちる。
頬の丸みは消え、輪郭は繊細に整い、まつ毛の影が長く頬をなぞる。
風が、やわらかく彼女の髪を揺らす。
——完璧だ。
そう思った瞬間、胸の奥がひどく静まる。
これは努力の結果だ。
訓練の成果だ。
食事制限と重力調整と、汗と息切れの積み重ねだ。
けれど。
今、そこに立っているのは。
物語の中心に置かれるべき“ヒロイン”そのものだった。
ライルヒルトが少し離れた場所にいる。
自然な距離で。
守れる位置で。
配置が、美しい。
三角形が、ほとんど完成している。
そのとき。
ユーフォミアの口が、わずかに開く。
意図はなかった。
考えていない。
ただ、言葉が流れ出る。
「……あなたは、本当に眩しいわね」
音になった瞬間。
空気が変わる。
噴水の水音が遠のく。
風が止まる。
リリエルが目を見開く。
ライルヒルトが、はっと振り向く。
そして。
ユーフォミア自身が、凍る。
(違う)
今のは。
今のは、自分の言葉ではない。
胸の奥から湧いた感情ではない。
もっと外側から、型通りに差し込まれた台詞。
悪役令嬢が、ヒロインを羨むときの。
教科書通りの。
断罪前夜に置かれる、あの一文。
沈黙が、重く落ちる。
リリエルは困ったように微笑みかける。
「そんな……私なんて」
その返答さえ、正しい。
正しすぎる。
ライルヒルトが一歩、無意識にリリエル側へ寄る。
距離が、わずかに開く。
ユーフォミアと二人の間に、目に見えない線が引かれる。
三角形が、自然に完成する。
誰も指示していないのに。
誰も選んでいないのに。
立ち位置が決まる。
その瞬間、理解する。
痩せることは、自由になることではなかった。
削ぎ落とされたのは脂肪だけではない。
曖昧さ。
逃げ道。
役割からのズレ。
柔らかさが消えるたび、輪郭がはっきりする。
輪郭がはっきりするたび、物語が収束する。
痩せる。
それは。
役割に、近づくこと。
夕暮れの光が、三人をそれぞれ別の色に染める。
ユーフォミアは、自分の指先がわずかに震えているのを感じる。
笑えない。
冗談にもできない。
ここはもう、軽口の世界ではない。
断罪前夜の空気が、静かに満ちていた。




