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先生たちも放課後は【2000文字】

作者: 有梨束
掲載日:2026/01/16

「あれ、人吉先生まだ残ってらっしゃったんですか?」

「そういう雨井先生だって」

「あはは、生徒指導していたらいい時間になってしまって」

校舎の中で職員室だけ明かりが点っていた。

「コーヒー飲みますけど、いります?」

「ああ、じゃあ頂きます」

「もう僕らしかいないし、敬語よくないですか」

「…疲れた」

「一言目、それ?」

人吉先生は椅子の背もたれにどっかり体を預けた。

顔が天井を超して後ろにいっている、声が掠れた。

よほどお疲れらしい。

「はいどうぞ、コーヒー砂糖入り」

「…採点が終わらん」

「どうせ明日必要な資料も終わってないでしょ」

「それを言うな、現実を見ないようにしてるんだから…」

「僕、手伝わないよ?」

「無慈悲…」

自分の席に着いて、パソコンのメモに先ほどの生徒のことを書いておく。

保護者に連絡は、…どうしようかな。

「そういう、そっちは?」

「ん?」

「なんの生徒指導だよ」

「ああ。部活で後輩にレギュラーを取られたって。くさくさしてるみたいでちょっとね」

「ままならないねえ」

気が抜けているのか、他の先生方がいる時にはしない音を立てながらコーヒーを飲んでいる。

「んで、なんて言ってきたんだ?」

「なんで訊くの」

「今後の参考に」

人吉先生のコーヒーを啜る音がする。

僕のコーヒーも湯気が立っている。

「とりあえず物に当たらない」

「それはそうしてくれ。こないだトイレのドア壊れて直したばっかだ」

「壁に落書きしない」

「落とす仕事、増えてねえか…?」

「あと、花壇を荒らさない」

「やんちゃかよ…。あああ、俺らの仕事が増えてる〜〜〜」

「花壇は明日本人にやらすよ」

人吉先生の断末魔の叫びに、苦笑する。

僕もコーヒーに手をつけた。

「まあ、後輩に当たらなかっただけ偉かったと思うよ」

「へえー、それはいいじゃん」

「うん。後輩のことは可愛がっているみたい。だからこそ、どこにぶつけていいのかわからなかったんじゃないかな」

人吉先生が、うんと頷いている。

「大人でもいじけたり、八つ当たりするんだ。対象が物でよかったな、よくねえけど」

「そう、だから難しかったよね。なんて声掛けがよかったんだろうね」

「お前はなんて言ったの」

人吉先生の目が、少しだけ鋭くなる。

「…『人のせいにしなかったのは、誰にもできることじゃないから頑張ったね』って」

「うん」

「『どうしようもない時には、僕が話を聞くから嫌じゃなかったら次からおいで』って」

「うん」

「…どう思う?よかったと思う?」

「わからん」

「ええ、なんだよそれ」

僕は脱力して、がっくり肩を落とした。

意見かアドバイスくらいくださいよ。

「あの年頃は何言われてもウザいだろうし、何言われてもすぐには響かんだろうし」

「それはそうだけどぉ」

それを言ったらおしまいだ。

それでも、手探りで指導していく。

本当は『指導』なんて、そんなことできるほど僕らだって大人でもないのに。

「いいんじゃねえの。『だからレギュラー落ちたのか』って言わなかっただけ」

「ぜっっったいやめてね、そんなこと言うの」

「んあー、『物に当たらないといけないほど、お前は落ちぶれてないだろ』とかかねえ」

「人吉先生っぽいね」

「俺レギュラー落ちしたことないから、わかんねえ〜」

「…絶対言わないでね」

ポリポリ頭を掻く人吉先生をじろりと睨んでおく。

冷め始めたコーヒーを飲む。

「んで、物はなんか壊れたわけ?」

「それは大丈夫」

「何に当たってたんだよ」

「壁を殴ってた」

「やんちゃだな」

壁に落書きして、花壇を荒らしても、悔しさは収まらなかったようで。

部活で使う大事な手なのに、自分で自分を痛めつけていた。

だから保健室に一緒に行って、手当てをして、それから話をした。

本当にあの対応でよかったのかと、きっと家に帰ってからも思うんだろう。

明日、あの子は学校に来れるかな…。

「じゃあ、行くか」

「どこへ?」

「落書き、消してないんだろ?」

立ち上がった人吉先生を見上げて、思わず笑ってしまう。

「それは付き合ってくれるんだ」

「俺は無慈悲じゃないからな」

「はいはい。僕も手伝いますよ、資料づくり」

引き出しの中を探っている人吉先生のところへ行く。

「消毒液か、除光液でいけるか?」

「どうだろ。ガッツリ油性ペンだったんだよねえ」

「それも本人に消させろ、ったく」

「この時間はもう帰すしかなかったんだよ」

「下校時間、憎いな」

人吉先生の言い方に、また笑ってしまう。

子どもと大人を分ける境界線は、下校時間で帰るかどうかかもしれない。

僕らはもう暗くなった廊下に連れ立って出ていく。

誰もいないはずなのに、僕ら以外の足音が響いた。

僕らは目を合わせて、その音の方に向かった。

「あっ!お前らこんな時間に何してんだ!」

「げっ、先生まだいるじゃん」

「うわ、人吉先生だ!終わった!」

「いや、雨井先生なら見逃してくれるかも!」

「んなわけねーだろ、大人しく捕まれ!」

「この時間に学校侵入とは、全く君たちねえ…」

僕らの仕事は、こうして増えるのだ。



短編毎日投稿16日目。お読みくださりありがとうございます!

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