フリーター不倫
私の人生こんなはずじゃなかった!メンヘラ三十路の生きる世界線。
敵は己の中にあり、知らず模索し苦しむ女。
中谷すみれと松井元基の温度差ロマンス!
「すみれ」
花言葉は謙虚、誠実、小さな幸せ。
控えめで奥ゆかしさのあるすみれの様子に由来するという。
①社会復帰
残暑が厳しい9月中旬、勤務先の整骨院に向かっていた。
暑い… 汗だくになるのが嫌でバスで通っている。せっかく化粧をしても汗をダラダラかいたら無駄になる、しかし湿気がまとわりつくようなこの暑さはたまらん。
家から通うのではない、私は家無し女だ、ゲストハウスを根城にしながらやっと仕事を始めた。
仕事といっても整骨院で受付のアルバイト、33歳でフリーターとして社会へのカムバックである。家は格安のゲストハウス、まさに低スペック…。
あークソイライラする、何で私がこんな生活なんだ…、考え出すとイライラして肩がこわばってくる。
イライラが爆発する前にバスは着いた、降りて社会復帰の場所である整骨院に歩いて向かう。
「おはようございまーす。」挨拶して入ると「おはようございます。」いつものメンバーが私を迎えてくれる。院には2人の先生がいる、大柄のおじさんと爽やかな彼。
この整骨院で受付のアルバイトをしながら立ち直ろうとしている、いつからか人生が上手くいかなくなり仕事もせずゲストハウスに身を落としていた、真っ当に生きたいと強く思いながら仕事に打ち込んでいる。
まずは仕事を覚えなきゃ、この職場の人達はみんな優しい。
ようやく慣れてきた職場だった、特に院長の彼は優しくしてくれる。
私も社会の一員として必要とされたい、そう頑張っていて精神状態は落ち着いていた。
けれどもやっぱりアルバイト…、もうちょっと給料欲しいんだよなぁ…。
早くお金を貯めてゲストハウスを脱出したい。あそこは環境が悪いらしい、彼に言われたの。彼の名前はもとき、職場の上司で私を理解してくれる。いつも私のプライベートな事も心配してくれるの!
そんな彼がゲストハウスからは出た方が良いって言うからアルバイトの少ない給料を切り詰めて生活し、引越し資金を貯めているの。
順調だから近いうちに引越しできるかも!この職場で働き始めて4ヶ月近く経つ頃、光が差してきていた。
ゲストハウスって私のような訳あり住民が多く、治安はイマイチ。物はよく無くなる、夜な夜な酒盛りが始まったりしてやかましい。
しかし夜眠れない、1人は淋しい、1人では不安に押し潰されそうになる…。
そんな私はどっぷり浸かっていた、馴れ合う中で人間関係もグダグダしてきた…。
私から見たら羨ましいくらい真っ当に生きてるもときはそんなのは不健全だって言うの。
もときのアドバイスに従う、あそこを出て新しく部屋を借りよう。通勤が楽になるよう職場から歩いてすぐのところで可愛い部屋を借りたいな。
それを目標に日々仕事に打ち込んでいた。
②充足感
暑さもおさまり大分過ごしやすくなった10月私は充実していた、仕事も大体出来るようになり、患者と世間話をする余裕もできていた。
こうなると仕事をするのも楽しい、職場に来るのも楽しい、そして院長であるもときの為にも貢献したい気持ちでいっぱいだった。
彼は優しい、訳ありの私はプライベートな相談もよくしていた、いつも彼は心配してくれて親身にアドバイスしてくれる。
あっ、そうそう。私は最近引っ越した、賃貸マンションに引っ越したのだ、もときのアドバイス通りゲストハウスからやっと抜け出した。
ようやく自分の城ができた、けれども引っ越し費用や家具諸々揃えたりでアルバイトの給料はすぐに消えて金欠になってしまった。
ツーウィークのコンタクトレンズすら買えない、メガネが似合わない私にとっては不本意だった、可愛くいたいのに。
ある日出勤するともときに言われる。
「あれっ?中谷さん今日はメガネなの?」
私は金欠でコンタクトレンズが買えずメガネで過ごしていると伝えた。
もときは笑いながら「どうしてそんなにお金ないの?(笑)」
アルバイトだからに決まっているじゃないと言うともときは笑ってくれた。
も「無駄遣いが多いんじゃない?何に使ってるの?」
す「もぉー、無駄遣いなんかしてませんよ!」
ムキになって言い返したけど嬉しかった、優しい彼が私の事を気にしてくれたのが堪らなく嬉しかった。
今の私の日常はここでの時間が大半を占める、そしてこんな風に彼にいじられるのが日々の潤いであり楽しくて嬉しかった。
私はお金の管理が苦手で彼には色々な点を指摘された。
「スタバとかは高いよね?」「携帯代2万円は高過ぎない?通話代高いけど誰と何話してんの?」「よくバーに行くみたいだけど、家飲みじゃダメなの?」
色々指摘されてる内に問題点に気付いた、そうかここを節約すれば良いのか。
なるほどという気付きともときが私に関心を示してくれたという事で大きな充足感を感じていた。
いつも寂しさを感じている、なぜ私は独りぼっちなのか?なぜ私から人が去っていくのか?そんな心の隙間をもときが埋めてくれた気がしていた。
段々と彼に好意を抱いていた、そう思った頃にはアルバイトの時給も発生しないのに早出出勤をして仕事を覚えようとしていた。
とにかくもときに認められたい、そして同じ時間を過ごしたかった。
この一生懸命だった時間を私は幸せに感じていた、もときも仕事に打ち込んでいた私を見て褒めてくれた。
けれどももっと褒めて欲しい、私を知って欲しい。
彼への想いは募っていった…。
ある日の退勤後、私は最寄りの駅前をブラブラしていた。今日は気分が良い、仕事も恋愛もしてると毎日が充実してくる、最近は体調も良い。そうなると、もーお腹空いた、けれど金欠で豪勢な外食は出来ない、あっ!そうだ、あそこに行こう。
私は駅前にあるとんかつチェーン店に立ち寄った、ここはご飯と味噌汁がお代わり無料なんだから♬得しなきゃね。
630円のロースかつ定食を券売機で選び店員にチケットを渡した。
すぐに提供されるとソースを多めにかけてとんかつを頬張った、濃い味にして食べる配分は白米多め、元を取らなきゃと運動部の食トレのようにかきこんだ。
とんかつはすぐなくなってしまったが、味噌汁をおかずに結局3杯もお代わりしてしまった。
金欠の私にとっては真剣勝負、店員の視線に耐えながらも630円の元は十分に取った、私の勝ちだ、勝利の余韻に浸りつつ腹一杯にした私は店を出て帰宅した。
けどもときにはこんな姿見せれないわ、恥ずかしいもの。
③成就1020
もときへの想いが募り、溢れてきだすと彼の休みの日は味気がない、仕事に行くのがダルくなる。
彼がいるなら仕事も楽しいけど、大柄なおじさん先生と2人だけの出勤日は本当につまらない。もときが居ればパァァァーと心が晴れるが、居ないとズゥーン…と気分が落ち込むのだ。
そうして私はもときが休みの日は遅刻やズル休みをするようになっていた。けれどもアルバイトの私がそんな事をすれば翌月のお給料に響く、休んだ分だけお給料が減っちゃう。
また金欠になる、あーどうしよう、気分が落ち込んでくる。
でも仕方ないじゃない、気分が乗らないんだから。
そうよ、もときの休みが無くなれば良いのよ。そうすれば私は楽しく仕事できるんだから♬
私の出勤日はずっと居て私を見ててよ、かまってよ。
ある日勤務先でそんな事を考えているとチャンスが到来した。彼がチャリティーイベントのボランティアに参加するといって休みを取るようだ、その穴埋めとしていつもは休業日の日曜日に彼1人で店を開けるという。
チャンス!と思った私は日曜日はいつも休みなんだけど、その日に限っては出勤しますと志願した。
「金欠なんでシフト入りたいんです、どうせ休みでも1人で寂しいんで。」
私なりに精一杯のアピールした。頑張ってるもときの側に一緒にいたい、力になりたい、何よりも2人きりになりたかった。
そして当日、出勤前いつもより入念に準備をした。
シャワーを浴びて、ウキウキしながらいつもよりお洒落をした。
キラキラ光るピアスを付け、メイクも可愛くした。キラキラ光るピアスで目線を集めて、可愛く仕上げた顔に注目させる戦法だ♬
そして赤い勝負下着を身に付けた、何かあるかもしれないし…、そう思うと緊張して両肩が上がった。
可愛くなった私はランウェイを歩くかのように自信満々に勤務先に向かった、すぐ着くといつものように鍵が開いていて中には愛しのもときが居た。
す「おはようございまーす。」
も「おっ中谷さんおはよう、今日はありがとうね。」
少しもときは疲れているようだった。
す「良いですよ、私暇ですから。昨日はボランティア活動どうだったんですか?」
も「いや〜、けっこう遅くまでやってたからクタクタだよ。けど学生ボランティアの子達も一生懸命で俺も刺激貰っちゃったよ。」
もときは目をキラキラさせながら昨日の事を嬉しそうに話した、意識が高く、前向きで明るくて、家族や周囲の人間関係も上手くいっている。
私には無いものを持っている、そんなもときが眩しくて私はその強大な光に惹かれていた。
す「今日は無理しないでください、いつもより患者さんも来ないだろうし、ゆっくりやりましょうよ。」
私はもときを労った、暇で私だけがもときを独り占めしたい気持ちを隠すように。
も「そうだね、今日はゆっくりやろう。」
案の定いつもより暇だった、今日はいつも営業していない日曜日なのだ、知っている患者も少ない。2人きりの時間が過ぎてゆく。この時間に幸せを感じていた、しかし仲を深めたい焦りもあった。
そうこうしていると午前の部が終わり長めの昼休憩になった。
2人だけの院内でお昼ご飯を食べた後、話をしていた、同情を誘おうと身の上話をして涙ぐんでみせた。
するともときは「そんな事ないよ、きっと良い事がある、腐っちゃダメだ。」と慰めの言葉を掛けながら肩をポンポンしてくれた。
もときに触れられた事で感情が昂った私は泣きながら抱きついた。
「私いつも1人で寂しいんです!そんな風に優しくされて凄く嬉しい、好きになっちゃいます。」
泣きながら抱きついた事で、もときの中にある男としての庇護欲をくすぐったに違いない。
「中谷さん、俺、君を支えるから!」
そう言ったもときが強く抱き返してくると唇を奪われた、それから私達は愛し合った、普段仕事をしている場所というあり得ないシチュエーションに私ともときは興奮していた。
普段もときは優男のイケメンだけど今は荒々しい雄そのもので私を求めた。けど優しい愛の言葉も掛けてくれる。
「可愛いよ、好きだよ、すみれ…」
ギャップ萌えしながら私も懸命に答える、もときは冷え性なのか手先が冷たかった、そんな彼を私の人肌で温めてあげる。
もときが果てた後、私の幸福感は絶頂になり愛しさと優しさで彼を包んであげたくなった、もときもその気持ちに答えてくれて私を強く抱きしめてくる。
この時もときの体は隅々まで温かくなっていて、彼の体温を感じていた。
も「俺、こんな風になると思わなかったけど良かったよ、すみれ…」
す「私も…、嬉しいです…。」
私は嬉しくて涙を流していた、大好きなもときと結ばれた事、昨日のボランティア活動で疲れているもときを癒してあげた事。
強烈に自分の存在意義を感じた、もときから必要とされている、私の心は満たされていた。
ずっと抱き合っていたかったけど、無情にも午後の部の営業時間が近づいてくる。
私達は衣服を身に付け髪を直した、嬉しいのと恥ずかしい気持ちの狭間で揺れていた。
その後の営業時間はもときの事ばかり見つめてしまい、頭の中がポォーっとしてあまり集中できなかった。
営業時間が終わり、締めの作業に入ると退勤までのカウントダウン、名残惜しい私はもっと一緒に居たいけどもときも疲れてるだろうから早く帰してあげなきゃと思いもときにキスをして退勤した。
ルンルン気分で帰宅して、その夜もときにメッセージを送った。
【お疲れ様です。今日とても嬉しかったです^_^早く明日にならないかな…】
スマフォを握り締め、もときからの返信を待つがいっこうに来ない、既読にはなっている…。
私の心に不安感が押し寄せた…、何で…??
④馬鹿みたい
その夜私は不安であまり眠れなかった。どうしたんだろう?きっと疲れ過ぎて帰宅後バタンキューだったのかしら?そう思おうとするも手首が疼いた。
翌日になっても結局返信は来なかった…。
出勤するともときとおじさん先生がいた、昨日の事を思い出して照れてしまう。
す「おはようございます。」と赤らめた顔でもときに目を向ける。
も「ああ、中谷さんおはよう。それやっておいて。」
彼はパソコンの前に座りながら私に少し目を向けた後、指差しながら言った。
それとはポケットティッシュに挟むチラシだった、暇な時におじさん先生が路上に立って配る用のやつだ。
なんか素っ気無いな、もうちょっと特別な感じが欲しかったなぁと思った。けど今日は2人きりじゃないのよね、バレないようにわざと素っ気なくしてるんだと思うようにした。
「はぁい、分かりました。」もときの感情を伺うように返事をした。
その日の勤務中はずっともときの事が気になっていた。ティッシュ配りのチラシづめを早く終わらせたのにちょこちょこ患者が来るからもときと話せないじゃない。もときの気持ちを確かめたいのに!イライラしてきた。
結局その日はもときとはろくに話せず退勤を迎えてしまう、モヤモヤしながらも帰宅した。
結ばれたあの時からずっともときの事を考えていた、明日はおじさん先生が休みでもときと2人きりの営業日だ、気持ちが知りたい。
はぁ、話したい、会いたい。明日が待ち遠しく感じる。
今夜はしっかり寝て落ち着いた状態でもときと話し合いたい、そう思った私は心療内科で処方された睡眠導入剤を飲んで眠りについた。
もとき…、おやすみ…。
午前11時頃目が覚めるとよく寝れたなと感じた、すっきりした。今日は2人きりだと思うと嬉しい、早く会いたい、この日午後からのアルバイトが待ち遠しい。
もときが居るだけで私の日常がキラキラしてくる、会えるだけで嬉しいし、かったるいアルバイトだって喜びの場になるんだから。
午後からの仕事に備えて食事の支度を始めた、そうだ今日は塩焼きそばにしようっと、もーお腹空いた。
食事を終えてまったりした私は身支度を始めた、可愛くして行こう。メイクも可愛くしてピアスも付けちゃう、髪型だっていつもより入念にセットしちゃうんだから。
その後出勤するともときとやっと2人きりになれた。
す「まだお疲れなんですか?」
も「えっ?そうかな?別に普通だけど。何で?」
す「だってあの日メッセージ送っても返ってこなかったから…、昨日も口数少ないから疲れてるのかと思って…。」
も「あー、あの日は疲れてたから。」
もときが面倒くさそうに言った気がした、なんかモヤモヤする。
す「あの日の事はなんだったの?もときの気持ちが知りたいの…。」
ムキになり思わず口にしてしまった…。
も「俺が結婚してるのは知ってたはずだよね?だから俺は大人の関係のつもりだよ。」
確かにそうだった、もときは結婚指輪を身に付けてはいないが結婚している。1年くらい前には娘も産まれ、新築一戸建てに妻子と共に住んでいるのだ。
分かってはいたけどもときの冷たい言い方に傷付いた…。心の中のガラスのハートが割れて砕けた。
す「そんなの知っています!でも何で思わせぶりな真似するんですか?ずるいです!ひどいです!」
涙が溢れた、肩がこわばり呼吸も乱れて過呼吸気味になった、立っているのもやっとだ。
も「おい、大声出すなよ。仕事中なんだから誰かに見られたら困るよ。」
動揺したもときはそう言うと私をカーテンで覆える施術ベッドに連れて行く、そこに座らされカーテンで隠された。
も「頼むから院内で泣き叫んだり、大声出したりしないでくれ。閉店したら話そう、とりあえず落ち着くまでここで休んでていいから。」
そう言ってもときはその場を離れた、私はカーテンの中でシクシク泣いた。そんな事言われたって好きなんだから仕方ないじゃない!私はもときからの愛が欲しかったのに!
このままでは落ち着けないと思い心療内科で処方された安定剤を飲んだ、少しすると落ち着いたので自分の持ち場に戻った。
数時間後、閉店してからもときとさっきの続きを話した。
も「中谷さんの事も特別に感じてるけど、とにかく俺は妻子がいるから家庭を壊すつもりはない、それは分かって欲しい。」
す「私の事はただの遊びだったんですか?」
も「そうじゃないけど…、この前は放って置けないと思ってああしてしまった。心配なのは本当だよ、けどこの場所だけの関係にして欲しいんだ。頼むよ、すみれ…。」
もときに見つめられながらお願いされると弱い。
す「分かった…、私も結婚してたのは知ってたし、けどここではもときの彼女として大事にして欲しいの…。」
も「とにかくこの事は2人だけの秘密だ、誰にもバレてはいけない。そうなったら俺達の関係も終わる事になる。この前みたいなメッセージは家にいる時に送らないで欲しい。妻にバレたら大変な事になるぞ!俺達の関係を守る為にも俺の言う通りにしてくれ、すみれ。」
す「はい…。」
返事をするともときにキスされた、そして優しく抱きしめてくれた、とても嬉しかった…。
も「俺が今言った事も全てはすみれとの関係を守る為だよ。」
そう耳元で囁かれた、やっぱり私はこの人が好きなんだと実感する。その後帰宅したけど言いつけ通りメッセージは送らなかった。
やっぱりもときには嫌われたくない…、とにかく今の私には彼が必要なのだ。もときに今日言われた事を守ろうと納得しようとした。
⑤もとき
【休日出勤後】
はぁー今日は疲れたな、けどすっきりはしたけどな、俺は家族との夕飯を終えた後ソファーでくつろいでいた。
浮気してきた形跡を消す為に帰宅後すぐに風呂に入った、もう赤ん坊も寝た、これから寝るまでは俺の晩酌タイムだ。
買ったばかりの新築マイホームのリビングに置いたソファーの上でハイボールを楽しながらボーッとクールダウンするのが俺にとって至福の時間なのだ。
たまに妻には小言を言われる事もあるが、誰にも邪魔されたくない大事な時間。
「ピコンっ♬」
ハイボールも3杯目に差し掛かった頃スマフォが鳴いた。ほろ酔い気分で見てみると、
【お疲れ様です。今日とても嬉しかったです^_^早く明日にならないかな…】
すみれからのメッセージだった…、せっかくくつろいでいたのに現実に引き戻された気分だ。
ムラムラしてしまったので軽い遊びのつもりで手を出してしまったが、すみれはその気になっていた。
だるっ、だるっ、だるっ。もわんと効果音が鳴った気がした。
くそっ、本気になられたらマズい。俺には守るべき幸せな家庭があるのだ、あいつはただの遊びだ、俺はイケメンである事を後悔した(嘘)
最近は妻の俺に対する愛情や尊敬が弱いからだ!俺は妻子とマイホームを守る為に頑張っている、長時間労働しながら頑張っているんだ!だから何が悪いんだ?もっと俺を大事にしてくれ。
院長としてのストレスだって凄いんだ、職場の女に手を付けるのだって少しくらい良いだろ?その女だって泣いて喜んでたんだ。
俺が今飲んでるハイボールだって安いプラスチック容器のビッグサイズのウィスキーもどきなんだ!妻に安いからこれにしたら?と半ば強制的に変更されたけど、本当は前みたいにちゃんとしたウィスキーでハイボールを飲みたいんだ!家族の為に我慢してるんだぞ、沸々と怒りが込み上げてきた。
おっとそんな事よりすみれをどうするべきか?次会う時は少し冷たくしてみるか?イマイチな味のハイボールを飲みながらすみれとの関係をどう落ち着かせるかを考えていた。
【翌日の午後】
すみれが出勤してきた、んっ?ヤバい…、明らかに俺を見る目付きが違う。まずいなと思った俺はおはようと挨拶してすぐ、すみれに業務指示を出した。配布用のポケットティッシュにチラシを差し込む作業だ、ふんっ、いい年した単純労働型のフリーター女には相応しい仕事だ。
少し素っ気なくしよう、仕方ないこれも俺の幸せを守る為だ。しかしその日はすみれからの熱視線がずーっと突き刺さっていた。
めんどくせぇなぁ…。
【さらに翌日、すみれと2人きりの営業日】
あー今日は午後からあいつと2人っきりか…、これ以上深みにハマる前に距離取っとかねえとな。
すみれは出勤してきた後、俺を気遣いながらもメッセージを返さなかった事を気にするそぶりを見せた。
あーめんどくせえ、そして適当に返事してたら急に激昂しやがった、何だコイツは…。
しかも泣き出して呼吸が荒くなってきた、ヤバい!こんなのを患者に見せる訳にはいかない。
俺はすみれをカーテンで隠して見えないようにした、何なんだコイツ…、マズいな…、とにかく刺激しないようにしなくては。
俺は落ち着かせて、閉店後すみれのケアをした。とにかくコイツを洗脳しなくては、俺の言う通りになるように躾けなくては、そう思いすみれに言葉を掛け続けた。
女のご機嫌取りはかったるい、ったくこれだから女は…。
コイツも分かってくれたのか落ち着いてきた、俺がキスして抱きしめてやったら顔を赤らめて嬉しそうな女の顔をしてた。
俺がちょろっとかませばこんなもんだぜ、イケメンだからな。泣かせた女は数知れず、風俗に行くやつなんて非モテの冴えないやつらだろ?(笑)
俺は自分のルックスに自信を持っていた。
⑥我慢と過去
それから私はもときの言い付けを守るようにした、世界中にもときが好きだと叫びたい程好きになってしまったからだ。
馴染みの患者と話してる時に私をイジって、会話に入れてくれた事も嬉しかったし。
「中谷さん、これできる?」と仕事を振られて、「できますっ!」と言って取り組んだ後にもときから笑いながらダメ出しされて、もーってなるのが心から笑える瞬間だった。
けどもときは私を恋愛対象として見てくれない、単なるセフレとしての評価なのだ、でもそれでも良い。もときのそばにいさせて欲しい、寂しくて堪らないからかまって欲しい。
何でも良いからぬくもりが欲しかった、もときの望む役割りに徹しようとする。
この関係も初めこそ院内では一緒に居られる時間が幸せであると感じていたけど、もともと嫉妬深く束縛してしまう部分が自分にあった為か、いそいそと家庭に帰る彼の姿を毎日見ているうちに今の関係を辛く感じるようになっていく…。
休みの日は当然会えない、会える場所は院内のみ、このような状況では満たされない。
私の会いたい時に会えない事、辛い時や寂しい夜にそばに居てもらえない。
この苦悩は段々と私を苦しめ奈落の底に引き摺り込もうとする。どうして?私はただ1人の男性を好きになっただけなのに。
私にとって堪えるのが、もときは施術中に患者とよく会話をしているけど家族の話をする時だ。両親兄妹ではない、妻子だ。妻子と一家団欒したとか出掛けたとか娘が可愛いとか、身体を許したのに私には都合が悪くなると冷たくなるくせに、患者には善人面して家庭円満なのを話している。
それを聞いてイライラするっていうか…、あっ、仕事行きたくない。。なんかもう死にたい。
ある日の出勤前の午前、食料品の買い出しに行った帰り道公園のそばを通った、公園に植えてある木にメジロという綺麗な鳥が並んで止まっていた。
綺麗だなと見ていると2匹のメジロは毛づくろいを始めた、私にはそれがイチャイチャしてるように見えてイラっとした、そうかこいつらはつがいというカップルなのか。
私が辛い恋で苦しんでるというのに、鳥ごときのくせに私より恋愛を楽しみやがって、ゲリラ雷雨の前触れの黒い雲のような気持ちがわきあがってきた。
あークソイライラする、お昼ご飯に食べようと買ったスーパーのお弁当を食べる為に持ってきた割り箸を袋から取り出してメジロのつがいに向かって投げ付けた、メジロのつがいはびっくりして飛んで行ってしまった。
ふんっ、ざまあみろ。少しは気分が晴れた、近いうちに焼き鳥を食べてうさを晴らしてやる。
そんなストレスフルな日々を送っていると、私の中のもときを好きな気持ちよりも辛い気持ちの方が上回ってきた、そうして辞めていたリストカットを再開するようになっていった…。
昔から私は両親との関係も悪く、辛い思春期を送っており早くから家を出たかった、リストカットはその辛い思春期の象徴だ。
私のはリストカットどころではなくアームカットレベルで、両腕には手首から胸の高さまで辛かった思いが刻んである、ひとたびカットすれば私の心の中にある鬱蒼とした気分が赤い涙となって流れてくるのだ。
どうして良いのか分からない、死にたい、でも私は生きてる、お願い誰か見つけて。
そうして私の両腕には新たな傷が増えていく…、けれども傷口から赤い涙が出るのを見ると何故かすっきりと冷めた気分になれる。
夜な夜な傷が増えながらも私は出勤を続けた、もときやおじさん先生の私を見る目が変わっていく、助けて…もとき…。
私は手首から腕にかけての傷跡を隠さない、私の苦しみを誰かに見付けて欲しいからだ。
その誰かとは白馬の王子様であって私を苦しめる世界から救い出して欲しい、私の寂しさを埋めて癒して欲しい。
それがもとき、あなただったのに…。
イケメンでもないおっさんの患者から手首の傷どうしたの?痛そうだね?と聞かれた事もあったが、「あー猫に引っ掻かれました。」と塩対応してやった。
おっさんはキョトンとしていた、軽々しく私の闇に触れようとするな!あークソイライラする。
私を苦しめる世界は30代に入ってから訪れた。20代は楽しかった、仕事をして自分の力でお金を稼ぎ、大嫌いな実家を出て一人暮らしを始めた。親?両方嫌いですっ!
色んな仕事を転々としたけど、どの職場でもチヤホヤされてきた。仕事も充実し、女の子同士で旅行したり女子会したりとこの世の春を謳歌してきた。
20代で結婚もして、私は幸せになれるんだと思っていたが離婚を機に人生が暗転した。私の何が悪いのか?段々と旦那の気持ちが冷めていくのを感じていた。
結婚生活は私の浮気で幕を閉じた…、旦那とはうまくいってなかったある日、お給料が出た私は外食を楽しんでバーに飲みに行った。久しぶりに羽目を外した私はそこで知り合った男性にお持ち帰りされたのだ。
朝帰りをするとブチ切れた旦那に徹底的に問い詰められて白状すると離婚を言い渡された、何よ!あんたが引きこもりでつまらないから私だって外で楽しみたかったのに!
当然2人で住んでる部屋は退去する事になり、子供もいない夫婦だった為、完全に他人となった。
共働きだったので世帯収入には余裕があったが、お金の管理が苦手な私は貯金などしていなかったので、一人暮らしの部屋を借りると一気に生活は苦しくなる。
経済的にも元旦那に甘えていた事を実感し、苦しい現状から逃れようと元旦那に頼ろうとするも完全に拒絶されてしまう。
それからは経済的な不安から精神的に参ってしまい仕事も長続きしなくなり、転職と離職を繰り返した。20代の頃はチヤホヤされて上手く回っていたけど、バツイチ三十路になった私からは若さという武器がどんどん失われていく。
人生が上手くいかなくなった、あー詰んだな。
女の子の友達と遊ぶ金も余裕もなくなり疎遠になる、頼れそうな男に依存するのを繰り返していた。人生を投げやりになる内に精神疾患にもなり心療内科に薬を貰う為に通い続けるようになった。
そうこうして流れ着いた先が少し前まで住んでいたゲストハウスだった、もう完全な底辺、メンヘラ貧困女子だった…。
⑦ままならず
秋が終わり冬に入ると私は完全にメンタルダウンしていた。自傷行為は辞められず、眠れなくなり薬も多量に飲んでしまう。
常に不安が押し寄せ心が晴れない、辛い恋は報われない、けどもときを嫌いになれない、嫌いになれたらどんなに楽だろう…。
もときへの想いとお薬エチゾラムで私の脳内は完全にトランスしていた。
もう日常生活やアルバイトもままならなかった、休めば生活は苦しくなる、不安に支配され自傷行為をしてしまう。
完全な悪循環だった、何で私だけがこんな目に遭うの、苦しみをもときに打ち明ける度に引かれていく。
職場ではスタッフ、患者に大丈夫?と心配され完全な腫れ物扱いだった。
なんか職場いづらいんだよなぁ…、私は休みがちになった。
追い討ちをかけるように私の勤務時間が短くなった、社長の意向で人件費を減らせという事らしい。
苦しくなった私はもときにメッセージを送った。
【こんな風になって私どうしたら良いんですか…どうやって生活すれば良いんですか…もう死にたいです…】
しばらくするともときから返信があった。
【俺もなんとか社長に相談したんだけど難しいね。社長の決定だから院長の俺にはどうにもできない、すまん。今度出勤する時に話そう。】
頼りないメッセージだった…、社長のせいにしてるけど嘘じゃ…、まさかもときが私を遠ける為では…、もしそうだったら私は…。
呼吸が荒くなり過呼吸を起こした、くっ、苦しい!私は思わず部屋の窓を開けた。冷たい風に吹かれると少し落ち着いたが気分は晴れない、慌ててエチゾラムを喰った。
エチゾラムは良い、少しの間でも嫌な事が忘れられる、もう私はこれ無しではいられない。
たまに中途半端な心配してくるやつが、薬はあまり飲まない方が良いよと言ってくるが、ふざけるな!あんたに関係ねーだろ!医者でもないのに!迷惑なんだよ!あんたに私の何が分かる!殺意が湧いてくるのだった。
体調が落ち着いたある日早めに出勤してもときに相談する、ただでさえアルバイトで給料安いのにシフトを削られてどうすれば良いのか?私はどう生きていけば良いのか?もうもときに依存していた、私が頼れるのはあなただけなの…。
も「生活がやっていけないならバイト掛け持ちのダブルワークをやれば?それかいっその事正社員で転職するのも良いんじゃない?今は人手不足だからきっと見つかるよ。寂しい?そんなに寂しいならマッチングアプリで探してみたら?結婚してる俺よりもすみれにとって良い人見つかるはずだから…。」
相談した結果こんな事を言われた、こんなの聞きたくない。結局は家族が大事だからっていうスタンスで都合が悪くなると冷たくなる、もときは私から逃げようとしている。
あ、仕事したくない。。なんかもう死にたい。
す「私今の体調ではダブルワークなんて出来ません!マッチングアプリも興味有りません!好きな人いるんで!」
イライラして言い放ってしまった、酷い…私の気持ち知ってるくせに。不安感からイライラして体調が悪くなってきた、なんとかしなきゃ、エチゾラムを喰った、いや、喰い過ぎてしまった。
私はフラフラして座り込んでしまった、ボーっとして立てない、オーバードーズしてしまったようだ。
驚いたもときに抱えられカーテンのあるベッドに寝かされた、もときの指先は相変わらず冷たかったが、もときの匂いとぬくもりを意識朦朧の中感じていた。
少し横になると帰りたくなった、もときに必要とされてないと思うと胸が苦しい、辛い。
結局早退しちゃいました…、明日休みたいです…、私は現実逃避をした。
もう師走か、今月は忘年会、クリスマス、年末年始休みとイベント目白押しだ。私には職場の忘年会ぐらいしか予定は無い、アルバイトをサボりがちになったせいで金欠だ。
あークソつまんねー、世の中金がなきゃ何にも楽しめないじゃん、金も家族も無い私にとってこの時期は寂しさが絶頂になる嫌な時期だった。
くそっ何で私だけが…、こうなったらもときが来る職場の忘年会を楽しみに何とか1日1日を耐えよう、辛いこの世界ではもときだけが私の拠り所なのだ。
んっ?忘年会行けるかな?私金欠だったんだ、なんとか節約しなきゃ。
その日から今月下旬の忘年会までボクサーの減量のような過酷な調整が始まった。
⑧感情のジェットコースター
金欠の私は職場の忘年会に行く為にタイミーで隙間バイトをする事にした、だって会費制なんだもん、なんかケチ臭いんだよなぁこの会社…。
シフトを減らされた整骨院のアルバイト代だけじゃ生活もギリギリ、交際費なんて出せやしない。
愛するもときが来る飲み会に参加したい一心で働く時間を増やした、整骨院のアルバイトは夕方からなので午前中はタイミーを利用する事にしたが、早朝だったりランチタイムの忙しい時間のみ良いように使われるのでダブルワークで私はクタクタになってしまった。
なんか疲れた、何もかも疲れた、何もかももう嫌だ…。
お金稼ぐのって大変だなぁ…、けど頑張らなくっちゃ、食費も削り忘年会のその日まで耐え忍んだ。
【いよいよ当日】
起きた瞬間から今日は嬉しい、睡眠導入剤のおかげで良く寝れた。シャワーを浴びて化粧をしてお洒落をする、キラキラ光るピアスだってしちゃうんだから、もしかしたら今日うちにもときがお泊まりする事になるかもしれないし♬
一応部屋の掃除もしておこう、備えあれば憂いなしってね。そして前にもときが凄く喜んでくれた実績のある赤い勝負下着を身に付けた。
あぁ、今日はどんな飲み会になるんだろう…、私ともとき以外は全員体調不良でいなくなったら良いのにな…。
その日は患者から「どうしたの?いつもよりお洒落だね。」「今日は可愛いね。」と何回か絶賛された、褒めてくれたのはお爺さんとかおじさんばっかり、けどまぁ嬉しい。
本当はもときにそう言って欲しい、私はその日勤務時間中に何度ももときにアピールした。
やっと勤務が終わり夜10時頃からの遅目のスタートの忘年会が始まった。終電が12時過ぎだから2時間も無いじゃない、せっかくの飲み会なのに。
私はもときの隣を速攻で確保した、院長であるもときが軽く挨拶をすると宴は始まる。
あぁ何て楽しいんだろう、お酒に温かいご飯、そしてもとき、久しぶりの楽しい時間は恐ろしい程に早く過ぎていく。
私はもときをお持ち帰りしたい一心でお酒をじゃんじゃん飲ませた、もときも楽しかったのかグイグイ飲んでいた。
後から酔いがどっと来る日本酒を飲ませちゃえ、時間差攻撃を思い付いた私は日本酒を注文してもときに飲ませた。
宴も終わる頃にはもときも酔っ払ってフラフラしていた、解放しているふりをした私は店を出た後「終電には必ず乗せますから先に行っちゃってください、お疲れ様でした。」と他のスタッフを帰らせた。
これで邪魔者は消えた、笑みが浮かんだ。もときったらフラフラ、飲み過ぎちゃって赤い顔して可愛い。終電を逃すようにわざとらしく解放した、とりあえず近くの公園のベンチに座らせちゃえ。
2人きりの公園のベンチ、もう終電は行ってしまった、はい、お泊まり決定♬
さっき自販機で買ったミネラルウォーターを飲ませながら私は笑みを浮かべた、もときが少し落ち着いた頃、
す「もう終電行っちゃいました…、飲み過ぎですよ。」
も「嘘っ⁉︎マジかよ?あー、やっちまった。」
す「もう帰れないですね、タクシーで帰ったら高いし。」
もときの家はここからタクシーを拾ったら15,000円は軽く超えるだろう。
も「しょうがないな、今日は院に泊まるか、明日も朝から仕事だし。」
す「うちに泊まったら良いじゃないですか…、シャワーもあるし布団もありますよ、それに近いし…。」
私は酔いに任せてもときを誘った。
も「俺結婚してるんだからな、その辺理解してくれよな。」
す「はい…、もう私困らせたりしないから、うちに来て。」
も「分かったよ、しょうがないな、妻に連絡させてくれ。」
そんなやり取りの後、うちに連れてきた、鍵を開けて中に入れると。
も「へえ〜こんな感じの部屋なんだ。」
す「その辺に座ってて下さい、お酒有りますけど、まだ飲みます?」
私はエアコンの暖房を付けた。
も「もう飲まないや、明日も仕事だから早く寝かしてくれ。」
もときはそう言うと私のマットレスに寝転んで布団をかけてゴロンと背中を向けた。
さっさと寝られては困ると私は服を脱いで下着姿で布団に入った、一人暮らしなので当然寝具は1つだけ。
す「手冷たい、人肌で温めてあげる。」
も「そうか、おまえ温かいな。」
もときも私の方を向いて抱きついてきた、お酒を飲んで大胆になった私の誘惑は成功した。
それから私ともときは1つになった、もときを好きになって苦しい思いもしたけれど、やっぱり私はこの人が好き、この人しかいない。
もときに優しく抱いてもらった、果てた後もときはすぐに寝てしまった、きっと疲れていたのだろう。
もときの寝顔が可愛かったので私は携帯で写真を撮った、勿論私とのツーショット写真も。
それからもときにずっと抱きついていた、一晩中もときを感じていたかったが、眠くなってきた。
くそっ何でこんな時に!睡眠導入剤は飲んでないのに!嫌だ、今夜は寝たくない。睡魔と格闘しながらも私は眠りに落ちてしまった…。
【夜明け】
窓の外が明るくなってくる頃私は目覚めた、もときはまだ寝ている、携帯を見るとまだ7時前だった。
そっか、昨夜はもとき泊まったんだ、そしてしちゃったんだ…。
私はいつも1人ぼっちの目覚め、今朝はもときとの目覚めに幸せを感じていた、時間が止まれば良いのにな。
もときの寝顔を見ながら私は泣いてしまった、そしてまた写真を取った。
もときに朝ご飯を作ってあげたい、その一心で朝食の準備をした、温かいスープとパンを焼こう。
もときを感じながら準備をしているともときも起きたようだ、私はコーヒーを淹れてあげた。
もときと夫婦ならこんな感じなのかしら、昨夜は私だけ見てくれたし、今は私の用意した朝ご飯を食べてくれる。
幸せな時間はあっていう間に過ぎてしまった、私は夕方からなので朝食後シャワーを浴びたもときが出勤するのを見送った。
もときに釘を刺されたけど、やはりもっと好きになってしまった、やっぱ好きな人にされたらなんだって好きになっちゃう。
その後数日間仕事を頑張れた、営業は大晦日まで、年始の休みは5日間、もときに5日も会えないなんて長すぎるよ…。
【年明け】
世間ではおめでたムードが漂っている、天気も良くて晴れ晴れとしている。
私の心は晴れない、大好きな人に5日も会えないなんて辛い、メッセージだって送っちゃいけない。
お金は無いし、会う家族も友達もいない私にとってただただ暇な時間だった、ちっともあけましておめでとうなんて気持ちになれない。
もときは家族や妻子と笑いながら楽しい時間を過ごしているのかな…?
あークソイライラする、胸の中にイライラと不安が入り混じる、手首や腕もウズウズする。
何日間か引きこもっていた、何日ももときと会えないと苦しくなる、年始休みの間エチゾラムを飲む量が増えていた。
もときと一緒ならこんな薬飲まなくても良いのに…、離れれば離れる程愛しいもときと気付く、求めれば求める程に切ない距離を感じてしまう。
物理的にも遠く、メッセージも送れず精神的にも距離を感じて、不安から逃れる為にエチゾラムを喰った。
とうとう会えないストレスが頂点に達した休みの最終日もときにメッセージを送ってしまう。
【寂しくて切っちゃいました…】
リストカットして手首から血が流れている写真も同時に送った。
しばらくすると、もときから返信があった。
【やめろ、リストカットなんかするな。明日から仕事だから落ち着け。】
何よ!自分は年始休み家族と楽しい時間を過ごして幸せにしてたくせに!イラっとした私はすぐに返信した。
【ずるい…】
【わたしはいつだってひとりぼっち…】
【わたしのことどうおもっているの?】
【もうぜんぶやだ、死にたい…】
連投してしまった…、既読にはなったが返信が来ない。嫌われた!パニックになった私はエチゾラムを乱用してオーバードーズした。
もう死んでもいいや…、薄れゆく意識の中そんな風に投げやりになっていた。
【さよなら、も
⑨もとき2
【すみれを言いくるめた後】
あいつも分かってくれたようだ、しかし段々と元気なくなってくるな、このまま退職してあいつとの関係も自然消滅しねえかな。
最近のあいつテンション低過ぎ!髪をおろして虚ろな目で元気なく出勤してくる姿は俺には貞子にしか見えない(笑)
しかも手首に生傷が増えてるし、そんなに辛いなら辞めれば良いのにな。
【社長からのお達し】
ある時社長が店舗に巡回で来た、様々な報告をする、その中で人件費高いな、減らせと言われる。
頭の良い俺はこれはチャンスと思いすみれのシフトを減らす事を考えた。
すみれは平日は15時から21時までだが、人件費を減らせと言われたので17時から21時の閉店までにした。
あいつはフリーターで一人暮らしをしている、ここでのシフトを減らせば生活できなくなる、そして違う仕事を求めて転職するはず、となればあいつとはグッバイだな(笑)
あいつとの関係をフェードアウトするにはもってこいだな、そう俺は考えを巡らせた。
あいつが出勤した時それを伝えた、ショックを受けてるようで案の定その日の夜すみれからメッセージが来た。
【こんな風になって私どうしたら良いんですか…どうやって生活すれば良いんですか…もう死にたいです…】
相変わらず俺に依存してくるような内容だった、全く面倒臭い女に手を出してしまったもんだ…。
こいつきしょいし、ダルいな。
【俺もなんとか社長に相談したんだけど難しいね。社長の決定だから院長の俺にはどうにもできない、すまん。今度出勤する時に話そう。】
俺はとりあえずその場しのぎの返信をしておいた、いい年した大人なんだから自分で考えろ!それかチャットGPTにでも相談してろ!
【ある日すみれとの2人きりの営業日】
俺はその日出勤する途中楽しい事があった、女子高生からSNSのIDと電話番号を書いたメモを渡されたのだ。
いつも俺を見てただって?モテて困っちゃうぜ、けどなかなか可愛かったな、一丁可愛がってやるか、ニヤリ。
あの子がキープできれば貞子みたいな不気味なすみれなんかもう用はナッシングだな。
すみれは出勤してくると俺に色々と相談してきた、相談というか愚痴、うんざりした俺はこいつをドンドン引き算評価した。
「生活がやっていけないならバイト掛け持ちのダブルワークをやれば?それかいっその事正社員で転職するのも良いんじゃない?今は人手不足だからきっと見つかるよ。寂しい?そんなに寂しいならマッチングアプリで探してみたら?結婚してる俺よりもすみれにとって良い人見つかるはずだから…。」
こんなような事を適当にアドバイスした、もう面倒臭かった、今朝俺に好意を寄せて来た女子高生の事ばっか考えてた。
「私今の体調ではダブルワークなんて出来ません!マッチングアプリも興味有りません!好きな人いるんで!」
すみれが急にブチ切れた、本当こいつ面倒臭い、こんなのは患者に見せられないので裏に下がるように言った。
しばらくすると戻ってきたすみれはフラフラしていた、大丈夫?と聞くけど様子がおかしい。
急に体調が悪くなったのか座り込んでしまい、少しすると早退したいというので帰らせた。
何なんだこいつは…、ヤベーやつだな…。
そういえばこいつは面接の時からヤベーやつだった、アルバイトパートの求人を出したがこいつしか面接に来なかったので仕方なく採用した、余裕がなかったのだ。
初対面の印象は髪はボサボサ、メイクはまばら、靴はボロボロ、履歴書の文字がしっかり書けてる部分もあれば、ゴニョゴニョした雑な文字の部分があったりと精神的な不安定さが窺い知れた。
とにかく女子力低めな今まで関わった事の無いタイプのヤベーやつだった、俺は採用した事も手を出した事も後悔していた。
【忘年会の日】
今日は忘年会か、まあたまには職場の人達と飲むのも楽しみだな。
先日知り合ったJKとはメッセージのやり取りはしているが会うまでは漕ぎ着けていない。
俺は仕事も忙しいし、休みの日曜日は妻からのマークを外せないのだ、年明けたら会おうと盛り上がっている状態だ。
一方すみれはいつもよりお洒落をしていた、体調悪いとか言って休みがちだったくせに飲み会は参加するのかよ、全く…、仕事の出来ないやつの典型だな、俺こういう意識の低いやつ嫌いなんだよな。
夜遅くからのスタートで楽しくて飲み過ぎてしまった俺は酔い潰れてしまった。
気がつくと隣にはすみれがいた、終電はとっくに行ったと言う、タクシーで帰るのはもったいないと思った俺は院内で一晩過ごそうと考えるもすみれがうちに泊まれとグイグイ来るので押しに負けてすみれの家に泊まる事にした。
当然釘は刺しておいた、おまえは遊びなんだから肝に銘じておけな。
家に入ると疲れたからさっさと寝ようとしたが、すみれに誘惑されついつい手を出してしまった。
まあ今日は仕方ないな、そしてさっさと済ませた。あー妻には何て言おうか、また小言言われるな、言い訳を考えながら眠りについた。
翌朝起きるとすみれは朝飯を出してくれた、シャワーも貸してくれたしなかなか良いとこあるじゃん、感心した。
【年始休み】
いつも長時間労働の俺はやっとの年始休みでホッとしていた、大晦日まで仕事なんてアホらしい。
久しぶりの5連休かー、やっとゆっくりできるな。
俺と妻の実家に行って家族の時間を過ごしたり、久しぶりに地元の友達に会ったりと充実した時間は過ぎてゆく。
特に遠出とかはしなかったのでのんびり過ごし、娘との時間も長く取れた。
今回の休み用にいつもより奮発してアイリッシュウイスキーを買った、妻には年末年始用に特別だからと説得したのだ。
俺はコーヒーが趣味で青いコーヒー豆を買ってきてロースターで自家焙煎するくらい凝っている、このアイリッシュウイスキーでアイリッシュコーヒーとハイボールを楽しんでやろう。
あっ、自家焙煎したら豆カスでキッチンが汚れるからキチンと掃除しておかないとな、また妻にしっかりと怒られちゃうからな。
まあしかし、俺って充実してるな。この前のJKとは相変わらずメッセージのやり取りをしている、年始の挨拶も来た。今月どっかで遊んでやろう、今年も良い年になりそうだ。
俺は年明けのおめでたムードに酔いしれていた。そんな夢も終わりに近づいてきた休み最終日、あー休みも今日で終わりか、明日から仕事行きたくねえなとリビングで寛いでいると、ピコンっ♬スマフォが鳴いた。
【寂しくて切っちゃいました…】+手首から赤いのが垂れてる写真。
すみれからのメッセージだった…、なんなんだこれは…、あいつまたやりやがったのか…。
一気に現実に引き戻されてしまった、明日からの仕事がますます憂鬱になる。
あいつも俺の言い付け通り無闇にメッセージ送って来なくなったが最終日にやらかしやがって、あのバカタレがっ!
くそっ!気分を台無しにされて怒りが込み上げてきた、しかし怒りをぶつけたらすみれがヤケを起こすかもしれない。
右手で顎を触りながら冷静になって返信内容を考えた、なんとかすみれを逆撫でしないようにメッセージを送る。
【やめろ、リストカットなんかするな。明日から仕事だから落ち着け。】
あー面倒臭えなあ、とりあえずこんなんで良いか。
思ったのも束の間、ピコンっ♬✖️4、連発で返事がすぐに返ってきた…。
【ずるい…】
【わたしはいつだってひとりぼっち…】
【わたしのことどうおもっているの?】
【もうぜんぶやだ、死にたい…】
止めてくれー、年始早々ネガティヴワードの連発は…。俺の送ったメッセージは逆効果だったようだ、すみれの内面にある黒い炎に油を注いでしまったかもしれん。
俺を苦しめないでくれ、俺はただ毎日を楽しく暮らしたいだけなんだ。返信に困った俺はすみれからの通知をオフにして既読スルーした。
飲まなきゃやってらんねえ、早々とアイリッシュウイスキーの蓋を開けた。
飲む支度をしていると妻がリビングに入ってくる。
妻「あれっ?もう飲むの?」
も「ああ、休みも今日で最後だしゆっくりしようと思って。」
妻「ふーん。飲み過ぎないでよ、飲み過ぎて終電逃した人、ちゃんと考えてね。」
も「分かってるよ。」
妻にチクンと小言を言われた、終電逃して何してたかは言える訳ない、口先だけでも返事はしておかんとな。
それにしても昔は可愛い女だったのに結婚して子供を産んだら口うるさい女になりやがって。
イラっとしながらも俺はいつもより美味しいウイスキーを煽り始めた。
結局その日はすみれに執着された恐怖から、いつもより飲み過ぎてしまった、妻にはしっかり怒られました。
⑩あけてもめでたくなんかない
目が覚めた、私はスマフォを握ったまま気を失っていたようだ。
スマフォを見るとお昼だった、もときとのやり取りを思い出して見ると【さよなら、も】と編集途中で送れてなかった、ああ良かった。
エチゾラムで前後不覚になって、もう死んでもいいやと思ったけど本当は死にたくなんかない、幸せになりたい。
もときからは返事は来ておらず既読スルー状態だった、虚無感を感じてツーと涙が流れる。
どうして私だけがこんな辛い思いをしなきゃならないの?何でなの?考えれば考えるほど脳が汗をかいたのか涙がブワッと出てきてひとりぼっちでワンワン泣いた。
今日は午後3時から仕事始めだ、行きたくないけどもときには会いたい、憂鬱な気分を奮い立たせる為エチゾラムを飲んで準備した。
出勤するともときは形式張った年始の挨拶をしてきた、そんなもときに冷たさを感じる。気分が落ち込んできた、年始初めての営業日という事もあって患者からも年始の挨拶をたくさんされたが、とてもそんな気分になれず落ち込んでゆく。
なんとか退勤まで無理するも、もときは目も合わせてくれず話す事もできなかった。
私はもときに嫌われている…、そう打ちひしがれながら帰宅した。
帰宅してもお腹も空かず何にもしたくない、電気も付けず真っ暗な部屋で1人考え込んでいた。
何で前みたいに優しくしてくれない?お仕事ちゃんとしたら優しくしてくれる?私はどうしたらいい?
寂しいよ…、怖いよ…、不安だよ…、もとき…。
私の心の暗部が真っ暗な部屋と同化する、その心境で思った。
論理的に考えるのが苦手で本能的に動いてしまう私にとって耐え忍ぶ愛は辛いのだ、もときを奪うしかないのかもしれない。
暗い巣穴の中で獣が爪を研ぐように野心を抱いた、私との事が奥さんにバレて離婚したら私と結婚してくれるかもしれない。
この前だってウチに泊まったし、朝食も美味しいって食べてくれた、モーニングコーヒーだって一緒に飲んだんだ。
妻子と別れて家なんか売っちゃえばいい、私の部屋に一緒に住んじゃえば良いんだ、住宅ローンから解放されるし職場にも近いし良い事づくめなのに。
そんな風に妄想している内に眠りに落ちた、心身共に疲れていたのだろう。
その夜夢を見た、私が寂しげにもときを見つめていると優しい笑顔を浮かべながら私の正面に来た。すると私の両頬を手で触りながら優しく語りかけてくれた、「寂しがらなくていいよ、ずっと一緒にいよう。」もときの手は冷え性で冷たいはずなのに、とても暖かくてその気持ち良さに目を閉じてしまう。
嬉しくて何か返したいのに何故か声が出ない、そんな私を優しく抱きしめてくれて大きな安心感に包まれるという夢だった。
覚めてほしくない夢だったが、よく眠れてスッキリすると幸福感を感じていた。
それからしばらくもときとは顔を合わせても事務的な会話しかできなかった、夢の中とは違ってもときは結局は家族が大事だからっていうスタンスで都合が悪くなると冷たかった。
身体の関係もって思わせ振りな態度とって表では妻や子供の話をしてるのを聞いてなんかイライラするっていうか....。
もう自分の感情が爆発しそうだった。あ、仕事行きたくない。。なんかもう死にたい。
私どうなっちゃうんだろう…、イライラと不安が常に同居してエチゾラムなしではいられなかった。
もときと何とか一緒にいたかったので、ご飯に誘うも、「忙しいから。」「また今度ね。」「職場の飲みの時で良いでしょ。」と袖にされる日々が続いた。
私は口下手なので直接言っても強く言えなかった、なので夜中もときにメッセージを送ってしまう。
【今度ご飯に行ってくれなかったら奥さんにバラしちゃうから…】
送るもまた無視された、その夜はモヤモヤして眠れなかった。翌日出勤して2人きりになると、「どうして返事くれないの?バラしちゃうから。」ともときに迫った。
「ああ、変な内容のメッセージなら返せないよ。ちゃんとした内容で送って。」と冷たく返された。
イラっとした、私から逃げようとしてるくせに。
す「ちゃんとした内容って何?私の事弄んだんだからご飯くらい付き合ってよ!」
少しだけ強い口調で言うともときが動揺したように見えた。
も「飯だけ行けば妻にはバラさないんだな?」
す「うん…、デートがしたいの。」
も「分かった、飯だけで酒は飲まないからな。」
もときは警戒しているようだった、きっと年末に私の家に泊まった時、奥さんに外泊したのを怒られたんだ。
もうお酒飲ませて帰らせない作戦は使えないのか、ご飯だけと言ったがそれだけじゃ我慢できないだろうなと思った。
数日後もときとのご飯は実現する、閉店が遅いから遅目のスタートだったので特に店の予約はしていない、職場は駅前なのでとりあえず居酒屋に入る事にした。
ああ寒い寒い、真冬なので夜は風が吹いてると凄く寒い、店内に入ると暖房が効いていて暖かくてホッとする、入り口には大きく鍋フェアの飾りがしてあった。
2人の世界に浸りたかったので半個室に通してもらった、もときがすぐに席を立ったので私は店員に「とりあえず生2つください。」と注文しておいた。
席に戻ってきたもときは、「あれっ?飲まないって言ったじゃん。」と言いつつも渋々生ビールを飲んでいた。
私は浮かれていた、好きな人とならメニューを見るだけでも楽しい、何を頼まれても好きになっちゃう。
も「ひとり暮らしで栄養偏ってるんじゃないの?中谷さん鍋とかにすれば?」
す「嫌、今日はデートなんで、すみれって呼んで。」
甘えながら言ってみた。
も「分かったよ、すみれ。このつみれ鍋にしよう、それと唐揚げ。」
す「あっ、これも食べたい、チーズつくね。」
私はチーズが好きだ、もときも唐揚げなんか選んで男の子なんだから♬可愛い♬
早速頼んだ、ガヤガヤ騒がしい居酒屋もいつも1人で寂しい私にとってはお祭りのようだった、それにもときと来れた事が何よりも嬉しかった。
2人でビールを飲みながら話している内に食べ物が続々と運ばれてくる、お腹空いたなあ。
唐揚げは熱々で食べるのに一苦労、レモンはもときが絞ってくれた。
チーズつくねは2本セットだったので2人で仲良く1本ずつ分け合った、チーズ好きの私にとっては追加注文したくなるくらい気に入った。
食べてる内につみれ鍋もグツグツ煮えてきた、ビールが空いたので私はお代わりを頼もうとすると、もときは烏龍茶にするという。
す「えー、今夜は飲みましょうよー。」
も「今日は絶対帰るから、この前わざと飲ませただろ?」
もときは笑いながら牽制してきた。
す「もー、知りませんよ、この前は凄くはしゃいでたじゃん。」
結局次のドリンク注文は生ビールと烏龍茶になった、鍋が食べ頃になったので私がよそってもときとつみれ鍋をつついた。
熱々で美味しい、最近は野菜が高くて野菜不足だったので鍋の野菜が旨く感じた。
つみれは鰯のつみれで生姜が効いていて青魚の味がしっかりとしつつも、さっぱりしてる。
鰯と昆布の出汁も出て醤油で味付けされた汁を飲み込めば体がポカポカと温まってくる。
もときもハフハフしながら食べていた、きっと冷えた手先も温かくなったに違いないと思いもときの手に触れると温かくなっていた。
お腹の中から温まったからだ、もときは職場でも休憩中ホットパックをお腹に当てて体温を上げてるくらいだから。
締めはうどんにしよう、もときは痩せていてあまり食べない、まだ食べ足りない私は食べ応えのあるうどんを選んだ。
も「締めのうどん食ったらもう出るか。」
す「えっ?もう…?」
も「ああ、明日も仕事だしな。」
す「はい…。」
もときは早く帰りたそうだった、奥さんに早く帰ってこいと言われてるのか、私は長くいたいのに。
美味しかった汁を染み込ます為に長めに煮込もうと思っていると、もときは電話がかかってきたようで離席した。
きっと奥さんからなんだと思うとイラッとした。くそっ、せっかくの楽しい時間なのに。
うどんと私の怒りがシンクロするように沸々と湧いてくる中、私はバックから砕いて粉状にした睡眠導入剤を取り出し、もときの烏龍茶に混ぜた。
すぐにもときが戻ってきたのでヤバっと思い鍋の火を切る動きで誤魔化す、もときは電話で喉が渇いたのか席に座るとすぐに烏龍茶を飲んだ。
も「あれっ?鍋火消えてるじゃん。うどん食べるんだろ?」
す「電話してると思ったから、じゃあ火付けるよ。」
私は睡眠導入剤が効いてくるまで時間を稼ごうと弱火で火を付けた、グツグツと染みたうどんが出来るとよそって2人でうどんで締めた。
食べ終わった頃もときは眠そうにしていた、割り勘で会計した後店を出るともときはフラフラしてくる、効いてきたな。
も「眠くなってきた…、帰るの面倒臭えなあ…。」
す「こんなとこじゃなんですから、うちで一休みしてってください。」
も「でも帰らないと…。」
段々と効いてきたようだ、もときを抱えながらうちに連れて帰った。うちに着いた頃もときはウトウトしていた、重い思いをしながらもときをやっと寝床に寝かせた。
うふふ、白い肌で可愛い寝顔、これから私の独り占めなんだから。
昏睡しているもときのそばに寝そべってもときの寝顔を眺めていた、まだ飲み足りなかったので冷蔵庫から缶チューハイを取り出して飲みながら寝顔鑑賞をした。
なんて素晴らしい夜なの、奥さんのとこなんか帰らせないんだから、私だけのもの。
心が満たされていくと、さっき食べ足りなかったせいでお腹が空いてきた、真夜中に得意の塩焼きそばを作ってもときを感じながら食する事にした。
もー夜中なのにお腹すいた、あー美味しい、格別の味。
その夜一晩中もときの寝顔を見たり、存在を感じながら寛いでいた。
昏睡してる中、抵抗するようにもときのポケット周辺からは何回もバイブ音が聞こえていた。
きっと奥さんからだ、うるさいなあ、邪魔しないでよと思いながら応答しようと思ったが辞めた。
だってそんな暇ないもん、もときを独占して朝までリラックスしたかった、興奮して寝れそうにない。
窓の外が明るくなってくるとすぐに朝日が登ってくる、私は窓を開けてオレンジ色の光を感じた。
ああ、なんて新しい1日なの。
11.もとき3
「あなた起きて。」「もう朝よ。」「もうっ、もときったら寝坊助なんだから。」「仕事に遅刻しちゃうわよ。」
俺を起こす声が聞こえる、妻か?うるさいな、もうちょい寝かせてくれと思いながら、揺さぶられて目を開けると嬉しそうな顔したすみれがいた。
ギョッとして周囲を見渡すと、この前見たすみれの部屋だった。
なんで?ハッとしてスマフォを見ると朝7時を回っている、そして見たくない程妻からの着信があった。
俺はパニックになりながら、「どういう事だ?なんで俺はここにいるんだ?」すみれに問いただす。
す「昨夜は2人で盛り上がったの、帰るの面倒臭いって言ったじゃない。」
おかしい、そんな訳がない。店を出てからの記憶が無いが、だいたい俺はビール1杯しか飲んでいない、……まさか…。
も「俺の飲み物に何か混ぜてないよな?」
一瞬すみれの目が泳いだ。
す「知らない!そんなの。」
も「本当かよ?じゃあ何でビール1杯で記憶無くしてここにいるんだよ?おかしいだろ?」
俺は頭に血が昇りすみれの胸ぐらをグッと掴んで激しく問いただした。
も「おい!どうなんだ ︎」
す「烏龍茶に睡眠導入剤混ぜちゃった…。」
も「はあ?」
す「だって冷たくされて寂しかったから…。」
も「何してんだ!おまえ!」
「ドンっ」「うっ…」「ドサッ」
俺は怒りのあまりすみれのみぞおち辺りを殴った、顔だと目立つので腹にした、院長としてのリスクマネジメントで咄嗟に判断してしまったようだ。呻き声をあげたすみれはこうべを垂れるよう、土下座みたいな感じでひれ伏すように倒れている。
もうこいつに対して怒りしかなかった、苦しそうに咳き込むバカ女のひれ伏した頭を足で踏み付けながら罵倒した。
「おまえ何したか分かってんのか?」「こんな事したら妻にバレるだろうがっ!」「今回は何て妻に言い訳すりゃいいんだ?」「おまえみたいなメンヘラに優しくしてやったからって調子に乗るんじゃねえ!」「俺の家庭を壊すつもりならただじゃおかないからなっ!」「だいたいおまえは遊びなんだよ!もうそのツラ2度と見せんな!」
俺は怒りと恐怖を感じていた、俺の家庭が、幸せがこいつに壊される、そんな危機感からついカッとなって殴ってしまった。
もうこいつとは関わりたく無い、早く部屋から出たかったし、仕事も辞めて職場から消えて欲しかった。
家を出ようと持ち物を確認をしていると、すみれがまた過呼吸を起こしている、面倒臭いし気持ち悪い、こんなやつもう知るか!俺は部屋から出てコメダ珈琲に向かった。
すみれは何か言ってるようだったが、呼吸が荒くて何を言ってるか分からなかったし、もう聞きたくなかった。
入店した後コーヒーを飲みながら怒りを鎮める、ああ妻にはこの無断外泊を何て言おう、いくら何でも事実は妻には言えない。
とりあえず妻に電話したがブチ切れられた、納得してくれそうな言い訳をしたが今夜の帰宅後はこってり絞られそうだ。
それから今後の事を考えた、あいつはもうクビにしよう、物覚えも悪いし遅刻と欠勤を繰り返している、あいつとの仲も泥沼になりそうだしな。
心底大嫌いになったのだ、さっそくアルバイトパートの求人を出そう、モーニングを食べながら画策した。
12.転落
もうそろそろ起こしてあげようかな、もときはよく寝ていた。
開店に遅刻しちゃ可哀想、一晩中もときを近くに感じて充実感を感じた、奥さんとは大変な事になりそうね。
私は以前の朝帰りから離婚に発展した事を思い出して笑みが浮かんだ、上手くいったら私と結婚してくれるかもしれない。
そんな風に思ったら気分は既にもときの妻になっていた。
「あなた起きて。」「もう朝よ。」「もうっ、もときったら寝坊助なんだから。」「仕事に遅刻しちゃうわよ。」
ユサユサしながらもときを起こした、目覚めて私を見ると驚いていた、キョトンとした後スマフォを見ると騒ぎ出した。
も「どういう事だ?なんで俺はここにいるんだ?」
す「昨夜は2人で盛り上がったの、帰るの面倒臭いって言ったじゃない。」
私は諭すよう伝えた。
も「俺の飲み物に何か混ぜてないよな?」
す「知らない!そんなの。」
ギクっとしてしまった。
も「本当かよ?じゃあ何でビール1杯で記憶無くしてここにいるんだよ?おかしいだろ?」
もときはドンドン追求してきた、ヒートアップしてくると私の胸ぐらを掴んできた。
怖い…、いつもの優しいもときじゃない…。
私はもときの圧力に屈して白状してしまった。
す「烏龍茶に睡眠導入剤混ぜちゃった…、だって冷たくされて寂しかったから…。」
仕方ないじゃない!私だって寂しさから逃れたいんだから!
言い訳した刹那、腹部に衝撃が走る、くっ苦しい!と思った時には倒れ込んでいた。
苦しくて咳き込んでいる中、頭に重さを感じる、足で踏みつけられてるようだ。
怒り狂ったもときが罵声を私に浴びせる、痛くて苦しかったので良く聞き取れなかったが、耳を覆いたくなるような酷い言葉の数々だった。
怖い…、痛い…、苦しい…、酷い…、何で私だけ…、もう死にたい…。
もときは散々汚い言葉で私を罵った後立ち去ろうとしていた、待って!違うの!こんな終わり方したくない!謝って!
もときを言葉で繋ぎ止めようとするも過呼吸を起こして上手く声が出ない、苦しさの中玄関ドアの閉まる音がした。
手探りでエチゾラムを探し、慌てて喰おうとするも上手く飲み込めない、ふざけんなっ!何故私がこんな惨めな思いをしなきゃならないんだ!もう全部ぶっ潰してやる!
そんな思いでクソイライラしていた、ようやくエチゾラムが効いてきて落ち着いた頃、お腹の痛みを感じ出した。
痛い…、暴力を振るわれたあげく頭を踏まれるという屈辱的な仕打ちを受けた私の中にはメラメラと黒い炎が渦巻いていた。
自分なんか結婚してて奥さんと赤ちゃんがいるくせに酷い女性の扱いをして!一体女性をなんだと思っているの!私の事なんか思わせぶりな態度で弄んで!しまいには暴力で屈服させるなんて!
愛していた余り、激しく拒絶され大きな憎しみが生まれた、絶対に許さない。
私はその日ショックの余り出勤できなかった、何でこんな事になってしまったのか、ただもときと一緒に居たいだけなのに上手くいかない。
完全に嫌われて次にどんな顔をして会えばいいのか、でも暴力を振るわれたし憎い、けど好き。
自分でも分からない、気持ちが不安定になるとエチゾラムを喰うしかなかった、とにかくこの苦しみから逃れたい、こうして私は自分の殻に篭った。
数日間アルバイトを休み、家で寝てると落ち着きを取り戻してきた、もときに電話をするも帰ってくるのはメッセージのみ、しかも来るのか来ないのか事務的なやり取りのみ。
体調が安定してきたのである日出勤してみると、もうもときは目も合わせてくれない、おじさん先生も休んでいた私に対して不満を露わにしていた。
私は職場で孤立した、なんか職場いづらいんだよなぁ…。
もときに仕事のやり取りをしようとするも完全に他人行儀で冷たかった、私語に対しては完全に無視、もう死にたい、そう思いながらもときに目をやると向かっていたパソコンの画面はタウンワークを観ていた。
えっ、まさか…。求人出してる?という事は私はクビ?頭が真っ白になった、その後はあまり覚えていない。
退勤後帰宅してスマフォで検索してみると私が勤めている整骨院の受付募集という求人が出ていた。
やはり…、ショックを受けつつもときに電話を掛けるも出ない。
す【タウンワークでウチの求人出てるんですけど、どういう事ですか?】
メッセージを送ると。
も【休みばっかりで来るのか来ないのか分からないスタッフだと店舗運営は難しいです。改善の為新たなスタッフを募集しているだけです。】
冷徹な返信だった、現場のトップである院長とアルバイトの私という立場を理解させられるものだった。
す【もう私はいらないって事ですか?クビですか?】
恐る恐る返すと。
も【中谷さんがどう思うかは分かりませんが、私には院長として店舗運営の責任が有ります。】
す【ひどい!バカ!】
感情的に返信するもそれ以降もときから返信は無かった。
返信が途絶えると不安に苛まれ、怖くなってきた、仕事を失う恐怖だ。
今仕事をクビになったらどうしたら良いの?家賃は?食費は?私ホームレスになっちゃうの?心療内科にかかるお金は?エチゾラムは確保できるのか?
ガタガタと震えだし肩が強張ってくる、私の居場所が無くなる、みんな私から離れて行く、もときからも見放される、もう誰からも必要とされてないんだ、奈落の底に落とされたようだった。
全てを失った…、この世にはもう私なんていらないんだ…。
13.希望
【ある常連患者】
午後3時の開店と同時に入ろうと行きつけの整骨院に向かった、怪我の治療の為だ。
入ろうとドアを開けようとするが鍵が掛かっている、んっ?腕時計を見て午後3時を回っているのを確認した。ちゃんと時間通りやれよなと思い、しばらく待つも一向に開かない、コンコンとノックするも反応は無い。
今日は臨時休業なのか?と思い診察券に書いてある番号に電話するも繋がらない。
寒い中待たされているのでイライラしてきた、強めにドンドンとドアを叩いているとガチャっと鍵が開く、やっとかと思い不機嫌な顔をして立っていると受付の中谷さんの姿が見えた、ガラスの内側に指で何かを書いている、何を書いてるか分からなかったが赤色だった。
ドアが開き、立っていた彼女を見てみるとだらんとした手で包丁を握っていた、血で汚れた包丁を持ち、目は虚ろだった。
私はどうしたんですか…?と絶句した、院内に目を向けると院長の松井さんが白衣を真っ赤にし血まみれで倒れている、あたりには血の匂いが充満していた。
ただ事ではない、私はスマフォから119番にかけて救急車を呼んだ、電話口で一通り事情を説明した後、血まみれの松井さんを見ると頬が血で汚れていて表情が読めない。
まだ生きてるのか、もう死んでるのか分からない、早く来てくれ救急車と祈った。
座り込んでいる中谷さんに問いただすと、「私が悪いんじゃない!あいつが悪いんだから!」
呆然しながら私は先程中谷さんが何か書いていたあたりに視線を向けた。
【しあわせになりたい】おそらく松井さんの血で書いたと思われる赤いメッセージだった。
慌てて110番にもかけて警察も呼んだ、何でこんな状態になっているのか私には知る由もなかったが、完全な修羅場だった。
すぐに救急隊員、警察官が駆け付けると現場は騒然となった、中谷さんは刃物を取り上げられて呆然と院内のベンチに座っている、私も第一発見者として長時間に渡り事情聴取され大変な目に遭った。
しかしこの2人の間に一体何があったのか、男女のいざこざだろうか…。
結局治療を受けれず時間を取られた私の負傷箇所は疼いたままだった。
【逮捕されてからのすみれ】
勾留中今までの事を振り返っていた、もときへの想い、最後のもときとの時間は最高に幸せだった。
背後から何回か刺した後、倒れて動かなくなったもときの頬を血で濡れた手で撫でる、白い肌と白衣は鮮血で染まっていた。
ああ、なんて可愛い顔なの、もとき…。私だけのものよ、もとき…。
そんな至福の時間を楽しんだ、詰まるところ私はもときの見た目が好きだったのだ、白い肌で整った顔立ち、スラリとした体型、そして優しい声。
私を気にかけてくれる云々は後付けで、結局は初めて面接で会った日から良いなと思っていた、やっぱり見た目って大事ですよねえ。
ブランド物のバッグを見て楽しむように血まみれのもときを独り占めしていた。
その後逮捕起訴、拘留されてる時に妊娠している事が分かった、当然もときとの子供だ。
もときは1度も避妊してくれなかった、私も好きなので流されたまんまだった。
そうしてエチゾラムの離脱症状とつわりで辛い思いをする事になった。くっ、苦しい!
後に取り調べ中に知らされたが、もときは一命を取り留めたらしい。
殺せなかったのが良かったのか悪かったのか今の私には分からなかった、しかしホッとした感情もあった。
あれだけの大ごとになれば、もときだけ都合良く逃げるなんてできやしないだろう。
きっと仕事も家庭も滅茶苦茶になるはず、もときは外ヅラが良く自分のイメージと家庭を守る事に必死だった気がしてならない。
都合が悪くなると冷たくなって塩対応で私を傷付けた報いを受けて欲しい、そして私の気持ちを少しでも理解して欲しかった。
けれども心底嫌いにはなれない、容体はどうなんだろうと気になってしまう、もときとの子供が出来た事で切っても切れない縁ができてしまったのだ。
この縁の命をどうするか悩んだ、底辺を彷徨った後にムショづとめするような私に母親になる資格はあるのだろうか?
自分1人だって生きていくのが大変なのに赤ん坊を育てるなんて無理、里子に出すべきか。
いや、この世の光さえ見せる事も苦難を負わせる事になるんじゃないか?
拘留されてると毎日暇なので、その事ばっかり考えていた、そんなある日面会だと刑務官に言われた。
刑「中谷面会だ。」
す「えっ?誰ですか?」
刑「ご両親だ。」
す「あー、うち親いないんでー。」
だるっ、親とは何年も会っておらず今更会いたくもなかった、私は不貞腐れながら言い放った。
刑「でもご両親だと言っているぞ。」
す「両方嫌いです!」
ヒステリックに言ってしまった、この退屈な毎日の中にあって久しぶりに心がかき乱されたようだった。
仕事ばっかりで私に無関心な父親、自分の考えを押し付けてくる母親、この毒親のせいで私の人格形成は歪んでしまったのだ。
結局両親とは面会しなかったが、差し入れをしていったようだ。
3万円と手紙と、かっての家族写真だった、私は1人っ子だ。
その写真には両親と子供の時の私が写っている、懐かしく思うが嫌な事も思い出した。
見たくはなかったが勇気を出して見てみた手紙には、【罪を償って出てきたら、うちに帰ってきなさい、また親子をやり直そう】と書いてあった。
親の考えに触れたのは久しぶりだったが、まだ私に対してこんな風に思っているのかと感心した。
両親の事は好きではなかったが、何故か涙が流れた、こんな時でも最後に繋がりが有るのは親だけなのかと親子関係というものに気付かされた。
もう誰からも見放され、誰もが去っていくと思い込んでしまって塞ぎ込んでいたけど、そんな心のガードが解けていくような心境の変化を感じた。
本当は家族で仲良くしたかった、親からも愛されたかった、けど親は愛してくれていたのかも、私も素直になれずお互いにすれ違っていたのかもしれない。
理解しようと努力をせずに向き合ってなかったのだろうか?
散々悩んだ挙句数日後、両親に手紙の返事を書いた、両親に対する気持ちはまだ整理できていないので簡潔に内容をまとめる。
【刺した男の子供を妊娠している、産むつもりです。】と書いた。
自分の思いをまとめて手紙に書いた事でスッキリした、親への思いも少しは前向きになった気がする。
その後裁判が始まり判決、控訴をする中で獄中出産をした。
もっと苦しい思いをするかと思ったが、麻酔をして帝王切開だったのであっさりと終わった、産まれてきた赤ん坊は男の子だと言われた。
こうして私の体にまた1つ傷が増えた、ちゃんと母親になれるんだろうか、傷と不安はセットでしばらく私にダメージを与えた。
当然だが母子は離れ離れ、しばらく病院で預かってもらいその後実家の両親の元へ預けられる予定だ。
こんな状況だが疎遠だった両親に孫を見せれて少しは親孝行ができたのかもしれない、おかしな話だがこのサプライズ的な展開に私は笑ってしまった。
拘置所、刑務所で規則正しい生活をしていると健康になってきたせいか気持ちも前向きになってきた。
依存する薬や、酒を強制的に取り上げられるのだ、懲役同士だがお喋りする相手もいる、これが精神衛生上良い事だった。
長らく塞ぎ込んでしまう癖がついていたが、本当の私はこうだったんだ。色んな人とコミュニケーションを取りたいタイプだった、年齢を重ねてコンプレックスや自分のステータスから引け目を感じて本当の自分が出せなくなっていた。
これから何年かはムショづとめをするが、刑期を終えたら必ず息子を迎えに行く、そしてもときとの再会を果たすつもりだ。
もときの欲しがっていた男の子よ、これからは3人家族で幸せになろうね。
夜も更けた獄中で私は微かに笑った。
〜完〜
社会問題の貧困女子を書き上げちゃいました…