第三章 春の約束
五月に入り、庭には様々な花が咲き誇るようになった。アイリスやシャクヤクが鮮やかな色彩を競い、野菜畑では若葉が勢いよく伸びている。エリシェバは、この生命力溢れる光景に心を癒されていた。
しかし、ある朝のこと。
「エリシェバさん、具合はいかがですか?」
アイリスが心配そうな声で尋ねてきた。確かに今朝は、いつもより体が重く感じられた。
「ええ、ちょっと疲れているだけよ。心配しないで」
だが、花々の心配は的中していた。その日の午後、エリシェバは庭の手入れ中にめまいを感じ、その場に座り込んでしまった。
「エリシェバおばあちゃん!」
リリアが慌てて飛んできた。
「大丈夫よ、ただ少し休めば……」
「無理しちゃダメ。今日は家で休んでいて」
妖精の声には、普段には無い厳しさが混じっていた。エリシェバは素直に従い、その日は早めに休むことにした。
夜、ベッドに横たわっていると、窓の外から不思議な歌声が聞こえてきた。寝巻き姿のまま窓辺に立つと、庭には幻想的な光景が広がっていた。
花々が柔らかな光を放ち、その周りを幾人もの天使が舞っている。天使たちは美しい声で讃美歌を歌い、その歌声は夜の庭全体に響き渡っていた。
「これは……」
「エリシェバさんのための祈りの歌です」
窓辺に現れた一人の天使が、優しく微笑みかけた。
「私はガブリエル。花たちが心配して、私たちを呼んでくれたのです」
エリシェバは、その光景に言葉を失った。天使たちの歌声は、彼女の心身を癒していくようだった。
それ以来、エリシェバの庭には時折、天使たちが訪れるようになった。彼らは花々の世話を手伝い、時には天国の様子を語ってくれた。そして何より、ヨハネスからのメッセージを伝えてくれた。
「ヨハネスさんは、エリシェバさんのことをいつも見守っていますよ」
ガブリエルの言葉に、エリシェバの目に涙が浮かんだ。
「本当に? あの人は……今、幸せ?」
「ええ、とても。そして、エリシェバさんが花たちと過ごす日々を、喜んで見ているそうです」
春の終わりが近づくにつれ、エリシェバの体調は少しずつ回復していった。花々や妖精たち、そして天使たちの存在が、彼女に新しい力を与えてくれたのだ。
ある夕暮れ時、十字架の前で祈りを捧げていると、不思議な感覚に包まれた。まるで、ヨハネスの温かな手が自分の肩に触れているような……。
「ヨハネス……私ね、幸せよ」
夕暮れの風が、優しく彼女の頬を撫でていった。花々は静かに見守り、夕陽に照らされて輝いていた。




