第二章 春の語らい
四月に入り、エリシェバの庭には次々と新しい命が芽吹いていった。チューリップが赤や黄色の鮮やかな花を咲かせ、アネモネが風に揺れている。野菜畑では、ニンジンやピーマンの若葉が顔を出し始めた。
「エリシェバさん、今年は私たち、とても元気です!」
鈴なりに咲いたアネモネの花々が、嬉しそうに声を上げた。エリシェバは微笑みながら、一輪一輪の様子を確認していく。
「ええ、本当にきれいに咲いてくれているわ。去年の秋に、たっぷり堆肥を入れておいて正解だったみたいね」
花々との会話は、もはや日常の一部となっていた。近所の人々が庭を通りかかると、エリシェバは黙って作業を続ける。花たちもまた、部外者の前では決して声を上げない。それは彼女と花々だけの、特別な秘密だった。
「エリシェバおばあちゃん!」
突然、華やかな声が庭に響いた。エリシェバが振り向くと、そこには小さな女の子が立っていた。金色の巻き毛を風になびかせ、半透明の羽を持つその姿は、まさに妖精そのものだった。
「あら、こんにちは。あなたは……?」
「私はリリアよ。お花たちが、エリシェバおばあちゃんのことをいつも話してるの。今日はついに会えて嬉しいわ!」
エリシェバは、この不思議な出来事にも心を乱すことはなかった。むしろ、花々が新しい友達を連れてきてくれたことが嬉しかった。
「まあ、お花たちが私のことを話してくれていたの?」
「ええ! エリシェバおばあちゃんが、どんなに優しく私たちの世話をしてくれているか、みんな感謝してるの」
リリアは軽やかに宙を舞いながら、花から花へと飛び移っていく。その姿は、まるで春の風そのもののようだった。
その日から、エリシェバの庭にはリリアがしばしば訪れるようになった。彼女は花々の世話を手伝ったり、遠い国の話を聞かせたりしてくれる。時には、他の妖精たちも連れてくることがあった。
庭の様子は日に日に変化していく。タンポポやキュウリグサなどの野草も、密やかに庭の調和に加わっていった。エリシェバは、これらの野草たちも大切な庭の住人として認め、丁寧に世話をした。
「エリシェバさん、私たちのことも気にかけてくださって、ありがとうございます」
ある日、タンポポがそっと話しかけてきた。
「ええ、だってあなたたちも、この庭の大切な仲間だもの。それに……」
エリシェバは、夫のヨハネスを思い出していた。
「ヨハネスが、野草こそ自然の本当の姿だって言っていたの。手をかけすぎない美しさがあるって」
タンポポの黄色い花が、風に揺れて頷いているようだった。
春の日々は穏やかに過ぎていった。エリシェバは毎日、花々や妖精たちと語らいながら、庭の手入れに精を出す。夜には、一日の出来事を日記に書き留める習慣もついた。
ある夜、就寝前に窓辺に立っていると、庭から柔らかな光が漏れているのが見えた。好奇心に導かれて外に出てみると、そこには驚くべき光景が広がっていた。
花々が、かすかに光を放っているのだ。その光は、まるで星空のように美しく、庭全体を幻想的な雰囲気で包み込んでいた。
「これは……」
「夜の祈りの時間なの」
リリアが、エリシェバの傍らに現れた。
「お花たちは、夜になると空に輝く星々と対話するの。そして、明日もまた美しく咲けるように、祈りを捧げるのよ」
エリシェバは、その神秘的な光景に心を奪われた。花々の祈りの光は、十字架の下で最も強く輝いていた。それは、まるでヨハネスの存在を感じているかのようだった。




