49 分析
被疑者が最終的に小鬼駅へ向かうというのは、事前のメガネさんの下調べからして間違いない。
ここで猫さんは、「電車で小鬼駅へ向かえ」とあたしたちへ指示する。
被疑者がすでに催眠魔術をかけ終わっていたとすると、一本電車を逃すだけでまずいことになる、と猫さんは言った。
あたしたちが小鬼駅へ到着するより先に、催眠を掛けたターゲットたちを回収されてアジトへ向かわれれば、あたしたちは追跡の手がかりを失うからだ。
それはもちろんそうなのだが、あたしはそこで疑問が湧いた。
こういうとき、いくら急いでいても、すぐに考え方を擦り合わせておくことが大事だとあたしは感じていた。そうしておかないと、重要な場面で咄嗟に適切な判断ができない恐れがあるからだ。
大まかな考え方の方向性さえ合っていれば、仮に個々の判断で動かざるを得なくなったとしても、最悪の事態は避けることができる。例外はうちのクソエルフだけだ。奴とは擦り合わせねー、と心に誓っているんだあたしは。
なので、急足で駅へ向かいながらも、肩に乗っかっている猫さんへあたしは話しかける。
「でも、催眠のターゲットとなっている一般人全員が、全然違うルート──たとえばタクシーとかで直接アジトへ向かったり、どこかで時間を潰されたりしたら、今から小鬼駅へ向かっても意味ないんじゃ?」
「催眠魔術ってのは万能じゃない。一度施した術の内容を変更をするには、再度対象者の目を見る必要がある。敵にその猶予があったとは思えない。ターゲットとなった人間たちは、ほぼ間違いなく、当初の予定通りのルートを踏襲するだろう。すなわち、どのルートを辿ろうとも、最終的には東小鬼駅、小鬼駅、半小鬼駅のどこかに集結する」
なるほど。確かにそうかも、と納得する。
あたしには察知できないが、もう猫さんも結界は張っていないのだろうか。
「でも、よくわからないんですが」
「何がだ」
「仮に人攫いが目的だったとして、どうしてこんな都会のど真ん中でやるんですか?」
「何度も言うが、催眠魔術ってのは対象者の目を見る必要があるんだ。強力な魔術ほど、勝ち確に持っていく条件は厳しい。
催眠魔術は対象者へかなり近づく必要があるが、人の少ない田舎でそんなことを何度も繰り返していたら、行方不明になる奴の近くに常にいる奴、ってことで足がついちまう。その点、都会ならわんさと人がいるから、少しくらい人が消えたとしてもわからない」
「でも、都会のほうが防犯カメラが多いですよ。これを完璧に避けるのって結構難しくないですか。だからこうして、催眠魔術を掛ける場所や、催眠に掛かったターゲットが向かう場所を、地道捜査がモットーのメガネさんにバッチリ見破られちゃったわけだし。被害者の近くに毎回同じ奴が映っていたりしたら、それこそ」
「それが完璧に避けてるんだよな。被害者と被疑者が接触したところは一つも映って──」
「どうしましたか?」
猫氏は、何かに勘付いたような顔をする。
そんな猫の表情がわかるようになるなんて、あたしも猫使いとしてレベルアップしたのだろうか──とか考えてる時点で、仕事に全然集中できていない。
不真面目極まりない。ああ嫌だ嫌だ、とあたしは頭を振って、気を取り直す。
「……敵は少なくとも二つの魔術を使えるわけだ。一つは催眠魔術、もう一つは監視カメラさえ誤魔化す幻影魔術だ」
「被疑者が透明化してるってことはないですか?」
「それなら、少なくとも被害者がボーッと立ち止まる瞬間があるはずだ。そんなシーンは一つもなかっただろ? それに、サングラスを掛けた被害者が催眠に掛かることに説明がつかないし、そもそも透明になっている間は、被害者が被疑者と視線を合わせることは不可能だ。視線を合わさせようとしてあんな人混みでいきなり姿を現せば、大騒ぎになっちまうしな」
「なるほど。その幻影魔術ってやつで催眠に掛ける瞬間を隠して、正体がバレないようにしているってわけですね。でも、幻影魔術が使えるなら、やはり田舎でも良くないですか?」
「同じ手口で行方不明になっている人数は現時点で三〇人を超える。そして、未だ定期的に攫われ続けているところからして、被疑者はまだまだこれから攫うつもりなのかもしれない。
人身売買のシンジケートなのか何なのか知らんが、こんな強引なやり方をするってのは、大人数を確保しなければならない相当の必要性に迫られているんだろう。それには、やはり都会なんだろうな」
「やっぱすごいですね猫さん。さすがです」
「……なんかお前に誘導されてる感が半端ないが。馬鹿にしてるか?」
「とんでもない! 全然わかりませんでした」
まあ別に猫さんを試すつもりはなかったのだが、やはり単純な脳筋戦士ってわけじゃなく、相応に思考力のある人なのだとわかったことが、あたしにとっては収穫だった。
なぜなら、あたし自身こそが、思考力を磨く修行中だから。
催眠の瞬間が防犯カメラに全く映らないという時点で、ミノルは「幻影魔術かもしれない」と言っていた。
幻影魔術というものは、通常、「結界内にいる人に、現実ではない幻を見せるもの」だと解釈されている。
今回の事案でいうと、催眠魔術を使った瞬間をカモフラージュするために幻影魔術が使われていた……ということになるのだが。
仮にそうだとすると、人間の目だけでなく、防犯カメラすら誤魔化されていたということになる。
あっちの異世界には「カメラ映像」などという物は存在しないようだし、人間界においても、幻影魔術とはそもそも「生物に幻を見せるもの」として取り扱われている。
これらのことから導いた推論をミノルに言わせるなら、「その辺りのロジックをきちんと理解した上で、人間界での実験により検証を終え、防犯カメラ映像ですら誤魔化せることを知っている人物の仕業であるかもしれない」……ということらしい。
さらに言うなら、「できるだけ遠くの防犯カメラまで結界に含めないと結局は映ってしまうから、結界領域は大きめに設定されるだろう」とまであのクソエルフは言っていた。
やはり、こういう事案はどう考えても馬鹿では対応できそうにない。
修行が必要だ。
あたしたちは、警戒しながら駅のほうへ。
あ、そういや。
「ラーメン食べに行った馬鹿二人組はどうしますか?」
「二人って言うな。馬鹿はお前の相棒だけだ」
「猫さんって、マジで氷さんにベタ惚れなんですね。恋愛って人それぞれだなー」
「どういう意味だよ。そういうお前もベタ惚れだろ。彼氏の女遊びを、金払わされても許し──」
「誰からそれを!!」
あたしは猫さんの口を慌てて手で塞いだ。周りから見たら、猫の口を手で塞ぐ女の図。
おかしい……。飲み会では、そこまでの話は出ていなかったはずなのに!
「もう周知の事実だよ。月島伊織は彼氏にベタ惚れで、相棒を管理するどころか、逆にいいように操られないか心配だ、って」
「彼氏じゃありません。……ああ、あたしの真面目でクールな印象が」
「そんなもん、もう誰も持ってないぞ」
「とりあえず、メールだけしときますぅ」
「そうしとけ。彼氏なんだから」
「はぁい」
やる気なくした。
もう訂正する気にもなれねえわ……。




