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47 猫獣人・猫田姫丸の過去②


 

 因縁のギランとアシュリーを苦もなく処理したあたしは、胸につっかえていたものが取れたかのように、晴れやかな気分だった。


 自分は強い。これなら母を護れる。

 ようやく自分の人生に、目標と充実感というものが生まれた気がした。


 だが、その日のうちに、仲間から嫌な噂を耳にする。

 悪魔兵長ジルベルトとかいう国家の兵隊長に、私が目をつけられているという。

 

 直接やり合った経験はないが、噂では、魔王の命を狙える唯一の存在と呼び声の高い剣聖リュカ・アルフォードとも互角に渡り合えると期待されている剣士。それが事実なら、かなりの大物だ。


 ストリートファイトでやりすぎたのか? だが、そんな奴は掃いて捨てるほどいる。私だけが国家から狙われる理由がわからない。

 色々考えていておぼろげに思い出したが、ギランの悪友の親が、確かこの国の大臣だった気がする。


 国の動きは、信じられないほど迅速だった。

 仲間から噂を聞いた日の夜に、ジルベルトに家を襲撃された。


 奴は、配下の兵士を連れることなく、なぜか一人でやってきた。

 あたしは、何か罠でも張られているのかと疑ったが、すぐにその理由は判明した。 


 強さの桁が違った。

 必死に立ち向かったが、磨いたはずの格闘術はことごとく防がれ、魔力を伴った剣術はとてつもなく強力だ。


 奴の攻撃を受けて膝から崩れた私は、一瞬、死を覚悟した。

 その時、予想外のことが起こる。母は私を逃すために、身を捨てて兵隊長に食ってかかったのだ。

 慌てて戦闘に戻ろうとする私へ、母は恫喝する。


「馬鹿かお前! 早く逃げないか」


 これまでの言動と行動の裏に隠されていた本心の集大成ではないか、という考えが頭をよぎる。

 ここで私が死ねば、母の人生さえもが無に帰すような気がした。

 

 そんなはずはない、と思い込もうとしてみる。

 母はきっと私のことが邪魔で、私に帰ってきて欲しくなかった彼女は、彼氏である国家兵隊を利用して寸劇を演じ、私を追い出したのだ。そうだ、よく考えれば大方そんなところに違いない。


 だから、これは茶番で、母が死ぬことはない。

 このまま私が逃げたとしても、母が死ぬことはない。


 妙な妄想に耽りながらも、体は一目散に駆け出していた。

 迷っている(いとま)は無い。

 悪魔族でも近寄らないと古くから言い伝えられている大森林の奥へと、私は逃げることにした。




 


◾️ ◾️ ◾️






 知らぬ間に転移した場所は、無機質な固い素材でできた、四角くて高い建物ばかりの、見たこともない世界。


 私のような獣人もいる。よく見れば悪魔族だって歩いている。悪魔族の街でも珍しい巨人族ですら、向こうの通りを歩いている。

 ありとあらゆる種族が混在している。


 異世界への転移は、魔力溜まりなんかが原因でたまに起こると聞いたことがある。あの森は妙に魔力が滞留していたから、それが原因だったのかも知れない。

 そして、いったん異世界へ転移すれば、元の世界へ帰ってきた者は誰一人としていない……とも言われている。


 硬くて黒っぽい色をした道をとぼとぼ歩きながら、見慣れない世界を観察することより母のことを考えた。


 結局、今まで私が考察した全てのことは推測でしかない。

 唯一、絶対的で間違いがないのは、私を売らなかったことだけだと思う。

 人は、口ではなんとでも言うし、面倒くさいことを処理するためなら金は払う。

 だが、自分の命と時間を浪費することだけは、絶対にしたくないのだ。


 人のことをよく洞察する癖をつけていたつもりだったが、やはり肝心なところでは迷ってしまう。私はそんなに頭が良いほうじゃない。

 詰まるところは、信じるか信じないかになってしまうことが多かった。

 いずれにしても、母とはもう二度と会うことはないだろう。


 四角い建物が規則的に立ち並ぶなか、ぽっかりと存在する空き地のような場所には、木が植えられベンチが設置されていた。恐らくここは公園だ。

 あたしはそこで、空を見上げて呆然と立ち尽くす。

 しばらくすると、雨が降ってきた。

 

 どこで雨を凌ごうか。

 凌いだとして、これからどうしようか。


 生きていく意味すらないように感じられたが、仮に母が本当に私を逃がしてくれていたとしたなら、絶対にここで犬死にするわけにはいかない。


 冷えていく体をどうするかについて考えを巡らせ始めた頃、傘を広げた一人の男が、私に声をかけてきた。


「やあ。何か嫌なことでもあったかい?」


「……去れ。私に構うな」


「この世界に来たばかりでしょ? 一人で生きていくのは大変だよ」


 こうやって優しい言葉をかけてくる男は、決まって私の体が目当てだ。

 猫獣人の女は、そういう目的を持った男からは人気が高い。これを餌にして、何人の男を殺してやったか。


「知っている。ずっとそうしてきた。何度も言わすな。去れ」


 知っているのは本当だが、ずっとそうしてきたというのは、間違っていたのかもしれない。

 だが、この言葉は、目の前の男を追っ払うためのもの。

 細かいところはどうでもよかった。


「ずっとそうしてきたからって、これからもそうしなきゃならない訳じゃない」


 イライラする。

 この場で殺してやっても良かった。だが、この世界がどんなところかもわからないのに、いきなりそんなことをすれば、私を追ってきた悪魔族の国家兵隊のような奴らに目をつけられてしまうかもしれない。

 

 気に入らない奴は、その場で切り刻む。

 それがあの街のルールだった。ずっとそうやって生きてきた。

 だが、学習しない奴は長生きできない。  


 なら、我慢するのか? 

 まあ……殺さないからといって、黙って耐える必要などないのだ。

 あたしは、威嚇を目的として、男の頬を切ってやる。


 男は、避けようとしなかった。


 黙って突っ立ったまま、殺気を叩きつけたはずの私の眼光に恐怖心を抱く様子すら見せずに、目尻を垂らして私のことを優しく見つめる。


 肉がえぐれ、血が溢れて垂れ落ちている。

 間違いなく跡が残るレベルの傷を負わされても、私に反撃をしようとする素振りは一つも見受けられなかった。

 

「ね。君のことを攻撃したりはしないよ。とりあえずさ、一服しようよ。ご馳走するからさ」


「馬鹿なのか? 言葉は通じているのだろう」


「馬鹿なんだろうね。ひとりぼっちでいる君のことが、放っておけないんだから」


「…………そういうことを言う奴は、決まって裏で何かを企んでいると相場が決まっている」


「そうだとわかった時には、俺を殺すといいよ」


「そうだとわかった時にはもう遅い。だからすぐさま殺してきた」


「じゃあ、どうして俺は今、生きているのかな」


「…………」


「ほら。そんな格好じゃ寒いよ。前の彼女が置いていった服、あったな確か。昨日出ていったところでね。サイズは……うん! たぶんいけると思う。俺の家に来なよ」


 訳のわからん奴だ。

 敵意のカケラもない表情が、私の爪を勝手に引っ込ませていく。

 私の顔をじっと見つめて微笑んだりするから、よくわかんないけど、なんか、くすぐったい。

 

「……い、行くだけだ。それだけだ。すぐに出ていくからな」


「いいよ。好きなだけ休んでいきなよ」


「そんなことはどうでもいい。先に医者へ行け」


「心配してくれてるの? じゃあそもそも切らないでくれるかなぁ」


「うるさい」






────…………






 それから、私はずっと(とかす)の部屋に居着いている。 

 私が何をしても、言っても、溶は絶対に怒らないし、拒絶しない。

 むしろ馬鹿みたいに油断した顔で、私に微笑みかけるんだ。

 その顔が見たくて、今日も私はあいつを困らせようとする。仕事中にそんなことをするわけにはいかないから、職場では従順を装って……。


 初めての恋は、人間だった。 


 母がどういうつもりだったかなんて、今更わからない。

 だけど、母から影響を受けたものが、一つだけある。


 子供を残すこと。

 繋いでくれた命を、次へ繋げること。

 私にそれができるだろうか。できるかどうかはわからないが、死ぬまでの間に全力で取り組んでみる気にはなった。

 溶がその相手かもしれない、と直感したんだ。


 でも……溶は、きっと私のことは好きとかじゃないんだろうな。

 そこそこ長い間一緒に住んでいるが、あいつの気持ちはよくわからない。

 

 女遊びをするくせに、私には手を出さないんだ。

 私はモテたんだぞ? 私に近寄ってきた数多(あまた)の男は、例外なく私の顔と体に吸い寄せられてきたんだから。

 それなのに、こいつときたら。


 きっと、私を魔特の専属異世界人として飼い慣らしておくことが目的なんだ。

 中途半端に男女の関係になって破綻したら私を失うことになるし、そうなると仕事に影響するからな。

 一見するとそんなに仕事熱心な奴には見えないのだけれど……前にポロッとあいつが漏らした話によると、あいつは、誰かを探すために魔特をしているようだった。


 私のように、生き別れた家族だったりするのだろうか。

 それとも、忘れられない恋人だろうか……。そんなふうに考えるとき、なぜか胸の辺りがモヤモヤしてしまう。


 でも、それでもいい。

 溶が私のことを好きでなくてもいい。こいつが必要とするなら、私はどんな敵でも殺してやる。

 母が繋いでくれたこの命は、こいつのために使うと決めたんだ。





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