38 意思薄弱な仇討ち女子
勤務交替直前の朝。
事務所に入ってきた課長は、入ってくるなり、あたしを課長席へ呼んだ。
「月島くん。聞いたよ、活躍だったらしいじゃないか。本来、今回のような無理は禁物だが、君がそうしなければ刑事課の青木刑事は死んでいただろう。それにしても、やっぱりあのエルフは良かったろ? 私の目は確かだったな、あっはっは」
「はあ。ありがとうございます」
遠くのほうで、ジジィが苦虫を噛み潰したような顔をしているのが見えた。
ザマみろ。顔で負けで、スタイルで負けて、異世界人を見る目でも負けたとあっては、課長との序列関係はやはり確定的だな。
「ところで、エルフの彼はどこへ行ったんだ?」
「休憩室でコーヒー飲んでます。呼んできましょうか?」
「いや、大丈夫だ。今後ともしっかりやってくれたまえ」
課長は上機嫌な様子で片手を軽くあげて、あたしに「下がって良い」という合図を送ってきた。
最初からミノルの実力を見抜いていたのだとすれば、そこはやはり首都・東京を魔術犯罪者から守護する警備ゼロ課の課長、ということなのだろうか。
もうちょっと真面目な格好をしてくれたらいいのに。変な白スーツとか着てるから、全然尊敬しようという念が湧いてこないのだが。
課長席を離れ、自席に戻ろうとすると、出勤してきた日勤職員である瑠夏と村上のおばちゃんに出会った。
「おっはー! 夜勤明けご苦労さん」
「マジで疲れたよ。いきなりハードなやつが来たから、昨日の仮眠は爆睡して朝寝坊した」
そうなのだ。猫女があたしの耳元で施設備品のチェーンソーをギャンギャン回すという寝起きドッキリで起こされてしまった。
そのせいで、あたしの個室仮眠室が、ブレードから垂れ落ちたチェーンオイルでドロドロにされてしまうという、ほとんどイジメみたいな状態。
しかも、「次に寝坊したら、訓練用の中高層ビルのてっぺんに、寝てる間に布団ごとそーっと運んでやる」と脅される始末。
「ちょっとくらい寝かせてくれてもいいじゃんね。お肌にも良くないし。何がハードだったの?」
「すげー強い奴が被疑者だった。危うく死ぬところだったわ」
「ええ!? だから言ってんでしょ、魔特なんてダメだって。マジでもう一回考え直しなよ。結局、あのエルフくんは役に立たなかったわけ?」
「逆。危ないところをそのエルフに助けられた。今、それで傷心中」
「マジ? 助けられなきゃ死んでたってんなら大感謝だね」
「そう。命の恩人。あんなのが命の恩人かぁー。何やってんだろ感が半端ないわ」
「そんな時は韓ドラでしょ月島さん。この前言ってたやつ見た? 仕事してない時は、仕事からできるだけ離れないと!」
村上さんのこんな意見、昔のあたしなら黙殺だっただろうな。「何言ってんだこいつ、人の気も知らないで」ってな感じだ。
でも、今なら少しだけ「そうかもしれない」と思ったりする自分がいる。
仕事から離れる、か。
確かに、そういう発想はあんまりなかった。自分の生きる目的を、仕事に設定しちゃってるから。
瑠夏が友達になった時もそうだった。
友達は、一見するとあたしの目的とは何の関係もない。でも、それはやはり関係していて、結果的に良い効果を与えてくれた。
韓ドラだって、もしかすると、そうなのかもしれないな……。
「そうっすね。そうしてみます」
あたし、性格が柔らかくなったなぁ……と、自分で感心しながら満足げに頷いていると。
瑠夏は、小首を傾げて、いい匂いの漂う茶髪をふわりと垂れ下げながら、怪訝そうにあたしの全身を眺め倒す。
「あれー? なんかさぁ……あんたらしからぬ派手な格好してない?」
ぎくっ。
これは非常にまずい……。
瑠夏の目が、糸みたいに細くなっていく。
「これは、その」
「へぇ──……。彼氏からのプレゼントってわけか。何を素直に彼氏色に染められてんの?」
「わぁ。田中くんの愛が溢れてるわねぇ」
「違う!」
「「あーっ、逃げた!」」
そそくさと立ち去るあたしのことを指差して、こんなリアクションで後ろから追撃してくる瑠夏と村上さん。
あんまり長いこと話すと、根も歯もない嫌なことを色々言われそうだ。早い目に引き上げるのが吉!
◾️ ◾️ ◾️
そうこうしているうちに当番が終わり、仕事から解放される。
事案が一件あっただけでこんなに疲れるとは。実戦とは、かくも大変なものかと思い知った一日だった。
一緒に出かけよう、とグイグイ来るエルフ高校生に腕を引っ張られて、早速ピアスの穴を開けに行かされる。
こいつ、クリニックの予約までしてやがった。断られたらどうしようとか思ってないのがマジで理解不能。
それはそれとして、このピアスはなかなか良いデザインだと思った。
「赤なんて派手で嫌だな」と思ってたが、案外そうでもない──というか、ブラウスが派手すぎて、ピアスの派手さが目立たないだけなのかもしれないが。
「赤がお好きなんですね」とクリニックで医者から言われたが、正直に「違う」と答えると話が長引いて鬱陶しくなる気がしたので「はい」と答えた。なんでこんな嘘をつかないといけないのか。
ピアスが無事に装着されたのち、ミノルから、「どこでもいいから、知らないところを案内してほしい」と、せびられる。
仕方なく、あたしが住んでいる最寄り駅の周辺や、すぐ近くにある井の頭公園くらいならいいかと思い、うろつくことにした。
正直、趣味とかそういうものには全く興味がなかったし、人生を楽しもうなんて発想もなかったから、渋谷やら新宿やらへ行くモチベは持っていない。
だから、家の近隣くらいならいいよ、と言ってやった。
こいつがラーメン好きなのは分かっていたので、とりあえず、付近の適当なラーメン屋に入ってみることにする。
「え、マジで美味しい! こんなところにある無名のラーメン屋でも、結構美味しいもんだね」
通ぶって、こんなことを言っていた。
もはや、あたしよりも行ったラーメン屋の生涯件数は多いのかもしれない。
その後、狭い間口の商店が並ぶ様子がハーモニカの吹き口に似ているところから名付けられたという有名な飲み屋街をさらっと案内したところで、このエルフは、何もかもを看破したような目であたしを見た。
「伊織、お酒好きでしょ?」
「まあ……嫌いではなぃ」
「今日くらい、いいんじゃない? 自分を抑圧するのは健康に良くないよ」
「飲み過ぎて失敗してんだよあたしは」
「どういう失敗?」
「朝起きたら、とあるエルフとベッドを共にしていたこととか」
「ああ、それね。でも、失敗かどうかはシラフで最後までいってみないとわかんないと思うよ」
「……なんだよシラフでって。意味深な言い方するな。ってかお前、やっぱなんか覚えてんじゃないのか!?」
「あはは。まあそれは冗談としてさ、僕もこの世界の酒場ってものを、まだまだ体験してみたいと思ってるし。伊織、良いところを案内してよ」
むう。そうまで言われると、無下に断るのも悪い気がしてきた。
この世界に慣れていない相棒のことを、親切に世話してあげるのもまたあたしの仕事か。
「……しょうがないな。ちょっとだけだよ?」




