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37 調教②



 鈴木のおっさんと氷さんは、犬猿の仲だ。

 おっさんが氷さんに詰め寄ろうとすると、主人の言われようにムカついたのか、氷さんの相棒である猫獣人・猫田(ねこた)姫丸(ひめまる)がシャーッと喉を鳴らす。


 猫氏は「ザ・獣人女子」って感じで、少しクセの入ったロングでオレンジ色の髪をしている。

 頭のてっぺんからはピョンと生えた猫耳、それと八重歯がキュートな女性だ。


 戦う時には爪が伸びて、筋力も増強されるらしい。が、普段は猫耳以外に人間と異なるところは無い。

 だから、マジで警視庁でも男性職員から人気が高い、可愛い女の子だ。ケモ耳大好き警官には特に大人気。隠し撮りした写メが出回るほどだ。


 猫さんの動きを察知した中学生魔女・タマキが、スッとおっさんの横についた。


「溶にどういう言い草だにゃ! これ以上言ったら顔面に溝刻んでやるからにゃ!」


「やってみろ。この場で火葬にしてやる」


 と、物騒な返しをしたのはタマキ。

 闘争は、猫氏とタマキの口戦(・・)にすり替わる。


「このガキが。初めて見た時から爪の砥石にしてやろうかと思ってたんだにゃ。まあお前程度じゃ、研ぐ前にぐちゃぐちゃになるにゃー」


「フラグにしか聞こえんな。どうせ魔術の練習にもならん」


「若造りのババアが!」


「アバズレ雌猫」


 どうやら隊員・相棒のそれぞれが犬猿の仲。聞くところによると、訓練でもしょっちゅう「表出ろコラ」の応酬みたいだ。

 

 事案が発生したらあたしを連れて行くと言い張る鈴木のおっさんに、氷さんはまだ食い下がろうとする。

 そこまでしていただかなくても、もういいんだけどな。


「そんなこと言ったって、人間だから限界があるっすよ警部補殿? 今日だって相棒君が頑張ったんでしょ。なら大丈夫っすよ。そういや伊織ちゃんの相棒君はどこ行ったの?」


「……そういや確かに。どこにも見当たらない気が。あたしに断りもなく、どこ行ったんだあいつは!」


「出かけるって言ってたぜ」


 おっさんにはちゃんと断ってたのかよ。まずは相棒のあたしに言え、あたしに!

 しかし、もうすぐ二〇時なのだが。

 あいつ、あれほどの戦闘の後に、まだ出かける元気あんのか。しかし、なんか嫌な予感がするな……まあ、事案がない限り、電話で呼び出す必要もないんだけど。

 待つしかないか。それにしてもあいつ、結構フラフラほっつき歩くタイプだよな。


 あたしが一人でブツクサ言っていると、魔女が呼びかけてくる。


「おい。大馬鹿伊織」


「なんですか。お子様」


 今後ずっと、このやり取りで行くのか。

 めんどくせーなぁこいつ……と、あたしはうんざりした。


「お前の相棒、『始まりのヴァンパイア』を二体倒したと聞いた。始まりのヴァンパイアは、あの程度のレベルで倒せる相手じゃない。どうやった? それに、突然あの怠惰エルフの結界の気配がして、それからすぐに消えた。一体どうなってる」


「核を斬っただけですよ」


「二人ともエルフがやったのか?」


「というか、鈴木さんには報告しましたが、一人は殺さずに捕らえました。もう一人は、ミノルが抑えてる間にあたしが核を刺しました」


「捕らえた……?」


 タマキは、眉間にキュッとシワを刻む。

 お、やんのか?


 今度喧嘩売ってきたら、密かに鈴木のジジィのことをチラ見している事実を指摘してやろう。あたしが気づいてないとでも思ってんのか?

 きっと、タマキはおっさん好きなのだ。ってか実年齢的にはタマキのほうがおばあちゃんか。

 なら、「年下好き」ということになるのかもしれない。いずれにしても、あんなクソジジィがタイプだとはマジで信じられんわ。


 おっさんもおっさんだ。色恋で異世界人を惹きつけるのはリスク高いとか言ってたのは誰だ。当のお前が真っ先にやってんじゃないか。ふざけるのも大概にしろっての。

 あたしみたいに、喧嘩はしつつも色恋以外で相棒と関係を築こうとしてる真面目な人間に、もう二度と偉そうに言うなよ!


 タマキは、あたしたちが始まりのヴァンパイア──しかも二人組を制圧したということに、相当納得がいかないらしい。腑に落ちてなさそうな顔であたしのことをジロジロ見るタマキ。

 いつものように、眉間には深い溝が刻まれている。


 こいつはこういう表情をしょっちゅうする。きっと百年くらいそうやってきたんだろう。もはや平常時でも眉間のシワが取れていないし、そもそも笑ってるところを見たことがない。


 そんなことより、タマキがミノルの結界の気配をここで感じたと証言したせいで、「ミノルが大聖堂の位置を把握できたのはGPSを使ったから説」が否定されかかってしまい、あたしは眉をひそめた。


 でもまあ、ミノルの力で敵を倒したことは間違いないし。あのとんでもない力は、さすがに認めるしかない。

 そんなわけで、あたしが何かをした訳じゃないから、「始まり」二人組を制圧できたからといって、あたしはタマキにマウントをとる動きはしなかった。

 

 事実を思い出すにつれ、だんだんイライラしてきた。

 相棒のあたしに所在も知らせず出かけるとは、やはり一度きっちり調教してやらなきゃならん!





◾️ ◾️ ◾️



 

 

 ミノルは、夜もふけた〇時前に帰ってきた。

 いくらなんでも遅すぎる。なので、あたしはキツく叱ってやろうと心に決めていた。


「任務から帰ってくるなり出掛けたと思ったら、こんなに長い時間いったいどこへ行ってたんだよ! 一応は仕事中なんだぞ!」


「お店が閉まっちゃうから時間がなくてさ! ねえねえ、これ見て。めちゃくちゃ可愛いのがあったから買ってきた! ほら、プレゼント」


 天真爛漫そのものといった表情で、ミノルはプレゼント包装された紙袋を差し出す。

 何かしら企んでいるのは間違いない。あたしは疑う心を忘れないよう心掛けながら、中に入っていた箱を恐る恐る取り出す。

 箱を開けると、真っ赤なピアスが入っていた。


「……なにこれ」


「絶ぇーっ対に、伊織に似合うと思ってさ! 明日、ピアスの穴、開けに行こ!」


「ちょ……いきなり何言って──」


「赤のブラウスがヴァンパイアのせいでパーになっちゃったからさ、そっちもまた買ってきたよ!

 僕ね、赤い物を身につけてる女性って大好きなんだよねー、なんか妖艶で。だから、もっとしっかり赤いやつにしたかったんだよ。

 ほら、ちょっと着てみてよ……あ! やっぱり可愛いね! これにしてよかったぁ」


 目がチカチカするほどビビッドなブラウスを着せられる。

 それを見てキャピキャピはしゃぐ男子高校生エルフと、急速に怒る気を削がれるあたし。


 甘いのかな……と思いつつもこんなに嬉しそうにされると、無下(むげ)にするのもなんかなぁ、って思っちゃう。可哀想になってしまって。


 そう、あくまで可哀想だからだ。まあ一応、こいつはこいつで仕事はきっちり果たした訳だし。

 だからこんなピアスとか買ってきても、ちょっとくらいは優しくしてやろうか?

 

「……でもさ、ピアスとかして、戦闘の邪魔にならないか」


「そのくらい大丈夫だよ。僕もしてるけど、ぜーんぜん問題ない。それに前にも言ったけど、一般人に紛れるのは大事なことだよ。伊織はまだ二一歳なんだから、普通の大学生くらいに見られるためには、むしろこれくらい必要だって! もともとの伊織の美しさが抜群に生かされてるよ」


「えっ。美しい……」


「うん! そんでね、そうこうしてたらまたお金が無くなって。もう少し貸して頂けると」


「えっと。……しょうがないな。ちゃんと節約して使えよ」


「わぁい。ありがと!」

 

 あれ。なんか展開おかしくない?






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