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36 さすがに疲れたー。でも、仕事は仕事



 ヴァンパイア事案を終えて大聖堂から出ると、黄昏時も過ぎ去ってどっぷり日が暮れていた。

 あたしは電車、ミノルは例によって浮遊魔術。メガネさんだけが車で来ていたので、あたしとミノルはメガネさんに送ってもらうことにした。

 また勝手に都会の空を飛んだことを叱ってやろうかと思ったが、そうしなければ全てが終わっていただろう。だからそこは緊急避難措置ということで、グッと堪えてやることにした。


 魔術総合術科センターへ帰庁した時には、体力自慢のはずのあたしが、もうヘトヘトになっていた。

 だけど、これで仕事が終わりというわけじゃない。あたしが所属する第二係は、明日の朝までは勤務時間だ。

 

 勤務を終えるまでに、またさっきのヴァンパイアみたいな強さを持った被疑者が現れた時には、戦わなきゃならないんだけど。

 他の人が行ってくれたりしないかな……と、若干期待してしまった。

 久しぶりにマジで疲れた。というか、ここまで疲れたのは初めてかもしれない。


 ミノルが施した謎の回復魔術で体の傷は完全に治ってるっぽかったけど、ふと気づくと、身体中が血でベトベト。

 命を懸けた戦闘の最中だったから、そんなことは気にならなかった。大聖堂を出て、車に乗ったあたりでようやく自分のスプラッター加減に「気持ち悪っ」となる。早く洗い流したい。

 

 シャワーを浴びて、汚れを落とす。

 立ったまま壁に手をついて、しばらくじっとして頭からお湯に打たれた。気持ちいい。立ったまま寝てしまいそうだ。さっきまで味わっていた地獄と落差がありすぎるな……。


 シャワーを浴び終えて事務所へ戻ったあたしに、鈴木のおっさんが声をかけてきた。


「お疲れさん。なかなか頑張ったらしいじゃねえか。エルフ君から聞いたぜ?」


「はあ」


 あいつ、何を喋ったんだ。

 まさかあたしが泣いたこととか、敵に歯が立たなかったこととか。


「何を聞いたんですか」


「片目を潰されても勇敢に喰らい付いた、ってよ。完全に潰れた臓器が、戦闘中に回復魔術で回復するなんてのは聞いたことねーぞ。回復できたとしても、それ相応の時間がかかるはずだからな。マジで潰れてたのか?」


 そこはあたしも未だに信じられない。過去に例がないのだから。

 今にして思えば、目が潰れてたってのは気のせいで、実のところ完全には機能を喪失していなかった……と考えるのが妥当なのかもしれない。

 回復に要した時間が短すぎるのは気になるところだが、それなら普通の回復魔術で回復可能だ。

 

「タマキに聞いたが『始まりのヴァンパイア』っつーんだって? 未だかつて、一体たりとも人間界に出現してねーぞそんな個体は。一発目からそんな奴に当たるなんてよ、お前持ってる(・・・・)な。

 それにしても、あのエルフ坊やは支配者級(マスタークラス)のヴァンパイア二体相手に勝っちまうくらいの奴だったのかよ? タマキとの立ち合いを見る限り、信じられねえけどな」


「あいつ、『勇敢に喰らい付いたところ』は見てないと思いますが」


「結界で察知したんだろ。ってか、結界で察知できるくらいのところまで近づいてたなら、もうちょっと早く助けてやれって感じだが」


 結界って、そんな細かいところまで把握できるのだろうか。

 それとも、あいつのが特別製なのだろうか。


 いずれにしても、あたしは、ミノルの桁外れの結界領域のことは話さなかった。

 そもそも、ミノルが本当に結界であたしの位置を察知したのかどうかすら、まだ確定していない。というか、あたしの中ではそういうことにしている。

 GPS発信機は付けられていないように思うが、もしかしたら、あたしを助けた時とかにこっそり回収したのかもしれないし。うん。

 だけど、あの強さは、もう認めるしかないだろうな……。

  

「ちょっとだけ、休んできていいですか」


「おう、休憩時間とってねえからな。だが、次の出場要請があったら、俺と一緒に出ろよ」


「ええ〜〜……鈴木さん、今日は働いてないんだから一人で行ってくださいよ」


「新人が何贅沢言ってやがる。お前に足りねえのは経験だ。経験ってのは、生死を紙一重で分ける大事なもんだ。それを積める現場が目の前にあるのに居残るなんてのは、指導担当として許可できねえな」


 まあ確かにそれは仕方がない。それが仕事なんだ。それに、あたしが何より望む目的達成のためには、ボケっとしている暇はない。


 それはわかってるんだけど、今日は本当に疲れてしまったな……。体の傷とは関係なく、メンタル的に削られた。

 自分の命を諦めさせられたんだ。初めての経験だったが、そういう戦いの消耗は半端ないんだと思い知らされた。その上、そんな現場が続発することもあるってんだから、マジで気合い入れないとやばい。


 今日の係のトップが直々に新人の指導担当だなんてどうかと思うが、第二係の魔特メンバーは、あたしを除くと三名しかいない。

 隊長は鈴木。隊員は、一人は(こおり)(とかす)さん。もう一人は(やまい)(しん)さん。


 二人とも名前からして一癖も二癖もありそうだ。病さんなんて、どう考えても仲良くできそうな気がしない。

 唯一まともな名前の鈴木はパワハラオヤジでまともじゃなかったし、やっぱまともなのはあたししかいないという結論に。


 魔特隊員をもっと増やせばいいのにと思うが、凶悪犯を討伐できるほどの異世界人ってのは、そうそう居るものじゃないらしい。確かに、一般社会で働いている大部分の異世界人たちは、強力な魔術なんて使うことはできないのだ。


 指先を切った程度の傷を個人的に回復魔術で治したり、仕事で木を切るのにチェーンソーではなく風の魔術を使ったり、ビルの外壁点検をする際に浮遊魔術を使ったりする一般魔術師たちはいても、絶大な魔力を持つ者は少ない。


 仮に持っていたとしても、警察部隊や自衛隊を苦もなく蹴散らせるほどの攻撃魔術なんて使えちゃうと、やはり人間同様、欲望というものが勝るらしく、私利私欲のためにその力を使う傾向がある。


 元の世界を離れて新世界で心機一転、成り上がりを望む気持ちになってしまうところも人間とよく似ている。

 類稀なる強さを持っていて、かつ、人間の国のために命を懸けて戦う酔狂な異世界人など、極少数派だ。

 

 病さんは、今日はお休みの日。よって、この当番に術科センターで常駐している魔特隊員は、新人のあたしを除けば、鈴木のおっさんと氷さんだ。


 とりあえず、腹が減って仕方がない。食堂が開いている時間帯は過ぎていたが、調理師さんはまだ帰らずに残っていたので、事情を説明して食べ物が欲しいと頼み込んでみた。

 すると、サッと一品作ってくれるという。マジでありがたい。


 なので、あたしは早速ご飯を食べに食堂へ行こうとしたのだが、そのタイミングで、やたらと軽い調子をした男性の声が鈴木を咎めた。


「鈴木さーん。それはないっしょ」


 こちらへ近づきながら喋っているのは、茶髪の高身長イケメン男性。魔特の正規隊員の一人、氷さんだ。


 彼はこの術科センターだけでなく、警視庁本庁舎の女性職員にも人気が高い。警備第ゼロ課の課長・玉櫛ハクトと二人でツートップだと言われている。

 少し膨らんだバルーンシルエットのパンツと、それと組み合わせたテーラードジャケットなどを着る彼は、瑠夏に言わせればお洒落でモードな印象らしい。

 その上、キリッと切長の大きな目。まあ、モテるのも頷ける。ってか、こいつもこういう格好で職場来るのかよ? やっぱまともな奴は一人も居ねぇな。


「新人の女性職員に、はじめっからそんな厳しくするもんじゃないっすよー。ね、伊織ちゃん。今日は頑張ったね。さっきの事案の報告書を作って決裁あげないといけないし、まだ慣れてないのに最初から色々すんのは大変だからさ。次あったら、警部補殿には引っ込んどいてもらって俺が行くから、ゆっくり休んどいてよね」

 

 こんなふうに言われたら、なんかあたしの味方のように聞こえる。が、恐らくそうではない。

 こいつは鈴木のことをあまり気に入ってない節がある。何かにつけて対立してるだけなんだ。


「うるせぇキザ野郎が、名前を『ドカス』に変えやがれ。俺はキザな奴が嫌いだって常々言ってんだろがボケ。だいたいよ、こいつは一刻も早く強くなる必要があんだよ。それを怠って死んじまったらお前のせいだぞコラ」


「名前なんて変えられませんよ。ってかパワハラです」


「うるせえ馬鹿。業務以外のことで俺に話しかけんな」


「だから業務のことっすよー」


 相変わらず、この二人は水と油だ。

 こっちは疲れてんだから。マジでいい加減、仲良くしてくれる?



 


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