35 褒めるのはまた今度
薄暗い大聖堂の中を一人で歩き、ミノルとメガネさんがいる地下水路へと戻る。
静寂が訪れた地下水路に立っていたのは、ミノルとメガネさんだけだった。
カイは、ミノルに刻まれながら死んだからなのか、原型をとどめていない。
ミキと市村さんは、手を繋いだまま倒れていた。よく見ると、ミキの額には穴が空いている。
あたしは、市村さんの遺体から目を逸らした。
「青木さん。ごめんなさい」
「何を謝るんだ」
「市村さんを、取り戻せなかった」
「お前は悪くない。あのヴァンパイア・シスターとお前が戦った姿は、俺がこの目で見ている。あれ以上のことなど、到底不可能だったさ」
仲間を一人失った。
ともに勤務した仲ではなかったが、あたしには初めての経験だった。こうやって、仲間は一人ずつ死んでいくのかもしれない。
お父さんを見捨てて生き残った魔特隊員は、どうだったのだろうか。
もしかすると本当は、こんな厳しい戦いの果てに、お父さんのことを助けられなかったのだろうか。
ともすれば、自分がこうなっていた。
命拾いしただけだ。ミノルが来なければ、確実に死んでいた。
……まあ、だからって、こんなふざけた奴に礼を言う気は毛頭ないけどな! と、感傷的になっていた気分を無理やり盛り返す。
「ミノル。こっちも終わったよ。本部に連絡を──」
あたしは言葉を止めた。言葉どころか、心臓まで止まるかと思った。
ミキを両手で抱き上げた市村さんが、立ち上がっていたからだ。
市村さんは死んだはずだった。術者を失ったアンデッドが、生きているはずはないのに。
あたしは目を疑った。自分の目というものが本当に確かなものかを疑うなんて、なかなか経験できることじゃない。
それほど特異な現象が目の前で起こっている。あたしの横で呆然と突っ立っている青木さんのほうが、もっと目を疑っていただろう。
「ミノル。どうして」
「うまくいくかと期待して、一つ魔術をかけてみたんだ。この術の成否には本人たちの想いも影響するから、普通はなかなかうまくいかないんだけどね。どうやら成功したみたい」
何を言っているんだろう?
ミノルが何かをしたってことだけはなんとなくわかったが、クソみたいな説明のせいで全くわからない。
あたしがぽかんとしていると、ミノルはいつものように優しく微笑む。
「僕が彼らにかけたのは、神霊魔術『神変加持・魔断』。術者がかけた魔力の繋がりを断つ魔術なんだけどね」
それなら確かに、親ヴァンパイアと子ヴァンパイアの繋がりを断つこともできるかもしれない!
……と、あたしは一瞬浮かれたが、腑に落ちないところに気づいて表情を曇らせる。
「でも。術が解除されたとしても、どうして? 死霊秘術ってのは一旦対象者を死亡させて、それからアンデッドにするって、ミノル自身が言ってたんだよ。それなら、いまさら魔術の繋がりが切れても、市村さんが生きていられるなんて変だよ」
「うん。だから、ほら」
ミノルが市村さんを指差す。あたしが市村さんへ視線を戻すと、市村さんの瞳は紅蓮に灯っていた。
それは、彼がまだヴァンパイアのままであることを示していた。
「……えっと。どういうこと?」
「つまりね、彼はまだ死んでいる。ってか、彼は術者が死んでも生きていられるアンデッドになったというか。すなわち『始まりのヴァンパイア』になったというか」
「えーっ!? じゃあ、核は!?」
「ほれ」
ミノルは、依然として市村さんを指差している。
どういうことだ? マジでわけわからん!
「彼女が、市村さんの核そのもの。って感じかな」
ミノルの言葉からして、核とは、どうやら市村さんが抱いているミキのことを言っているらしい。
「……そんなアホな」
そう呟くしかなかった。
どういう作用でこうなったのか、まるでわからない。互いの想いが関係するとかミノルは言っていたが。
愛し合う者同士だったから?
お互いに、相手のことだけを想っていたから?
市村さんが抱いている、核が瞼を開く。
さっきまで開いていたはずの額の穴は、いつの間にか塞がっていた。
「彼女は、ヴァンパイアじゃなくなった。ヴァンパイアとしての彼女は死んで、今は、全身がくまなく市村さんの核だ。だから、まあ……市村さんの『心臓』というわけだよ」
「はぁ……」
心臓、でっか。
全然話についていけないけど、まあとりあえず市村さんは助かったのだが……でも、彼はヴァンパイアのままなんだけど。
これどうすんの?
それに市村さん、あたしたちのことわかるのかな……。
「市村。俺が、わかるか」
青木さんが、恐る恐る話しかける。
あたしは、つい、祈っていた。
あたしは、今まで「祈る」ということをしてこなかった。
この世には、神も仏もいない。いれば、お父さんがあんなふうに死ぬことはなかったから。
だからこそ、あたしは自分の力で仇を討つと誓ったんだ。
そんなあたしが、祈っていた。
どうか、敵でありませんように。
青木さんのことを覚えていて、人を殺したりしませんように。
「先輩。わかります」
市村刑事は、赤色の涙を落とす。
その涙は、自らが強く抱きしめたミキの頬へと垂れて、足元へと散った。
メガネさんは、片手で目を覆う。覆った手の下から、微笑んだ口元と一筋の涙が見えた。
あたしまで目頭が熱くなる。
そんなあたしの横でモジモジするミノル。とりあえず、こいつのほうを向かないようにしていると、ミノルはなんだかオドオドしながら口を開く。
「あの。えっと……どう、かな。市村さんを生き返らせるのはちょっと無理だったけどさ、これで少しは、その、伊織の気持ちに添えれたかな」
正直に言ってやってもよかった。
でも、あからさまに褒めてやるのも、こいつのためにならんな。
どうせ調子に乗るから。褒めるとしても、ほんの少しだ。
どのくらいにしてやろうか、と悩んだ末、あたしはミノルに視線を戻さないまま、こう言ってやった。
「ああ。まあまあだ」
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