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23 子ヴァンパイアの苦悩



 市村さんのあとについて牢獄を出る。あたしたちは、コンクリと煉瓦で作られた通路を歩かされていた。

 窓が一つも見当たらないところからして、ここは地下なのではないかという印象を持った。だとすると、あの大聖堂の地下だろうか。


 市村さんは、やはり手遅れだった。

 瞳があのように光る時点で、人間ではないのだ。

 尖った八重歯を見ても分かる通り、彼がもうヴァンパイアであることは明白。噛まれて成ったヴァンパイアだから、異世界人大全でいうところの「子ヴァンパイア」だ。


「青木さん。ヴァンパイアには詳しくないですよね?」


「そういう言い方すんなよ。さっきお前が言った情報すら知らなかったんだ。異世界人大全を超える知識はない」


「市村さんは間違いなく子ヴァンパイアでしょう。なら、親ヴァンパイアがどこかにいるはずなんですが」


「…………」


「この事案の被疑者は、やっぱりさっき話した『始まりのヴァンパイア』と呼ばれる別格の強さを誇る個体だと思うんです。この事案の被害者は、推定されているだけでも五〇人を超えていた。今現在、この牢に二〇人を超える人間が囚われていることも考慮すると、もっとたくさんの人間が餌食になっていたはず。そうだとすると、過去最悪の吸欲事件です。ただのヴァンパイアである確率は、やはり低いかと」


 メガネ刑事は、あたしの問い掛けには反応しない。

 この非常時に無視すんなっての……とイライラしかけたところで、彼はトーンを落とした声で力無くこう言った。


「……やっぱり、市村が奴らの仲間になっちまったのは、確定かよ」


 メガネさんは、気落ちしていたのだった。

 普通に考えれば確かにそうだ。あたしは、この事態をどうにかすることだけに意識が向いてしまっていたので、気が回っていなかった。

 喧嘩を吹っ掛けないで良かった、と少しだけ安堵する。


「市村。頼む、答えてくれ。俺のことを覚えていないのか」

 

 市村さんは返答しない。振り向くこともせず、あたしたちの前を歩いて先導するのみだ。

 メガネさんは、うなだれていた。


 血を吸われた人間は、ヴァンパイアになる。確かに子供でも知っていることだが。

 それは、死んだということなのだろうか。


 法律上では、ヴァンパイアが人間の血を吸ってヴァンパイア化させた場合、殺人罪に準ずる罪に相当する。

 だが、だからと言って「被害者は死亡したものとみなして良い」という法律はない。


 大概の異世界人は、凶悪犯罪を犯した場合にはほとんどのケースで最終的には討伐されるため、ヴァンパイアにされた人間も死亡する。

 親ヴァンパイアが死ねば、子ヴァンパイアも死ぬのだ。だからこそ、殺人罪と同等の罪になるのだが。


 そのせいで、重罪を犯した親ヴァンパイアが素直に投獄に応じて健在である場合に、その後の子ヴァンパイアの扱いをどうするかというところは、実はあまりよくわからなかったりする。

 これから被疑者と戦うあたしには、それに近い状況が生ずる可能性があった。

 

 市村さんは、メガネさんのことを覚えているのか、いないのか。自我が消失しているのか、していないのか。

 市村さんは今後、どう行動するのだろう。

 さっきの様子では、市村さんは、親ヴァンパイアの配下のように振る舞っている。


 これから「始まりのヴァンパイア」と戦うことになるとして。

 市村さんたち「血を吸われた人間」は、公式書物に書かれた通り、親ヴァンパイアの命令によりあたしたちを攻撃してくる可能性が高いと思われる。

 それなら、公務執行妨害で討伐確定なのだが……。

 

 問題は、市村さんがあたしたちを攻撃してこなかった場合だ。

 その時、親ヴァンパイアを殺害して、市村さんのことも死なせていいのだろうか。


 いや……勝った時の心配よりも。

 一般的なヴァンパイアなどとは比較にならない支配者級(マスタークラス)の実力を有するという「始まりのヴァンパイア」と、行方不明になった「血を吸われた人間」である大勢の子ヴァンパイアたちを相手に、一人で勝つことができるだろうか。


 考え事をしていて、市村さんが立ち止まったことに反応できずドン、と当たる。

 それをメガネさんにいちいち咎められた。

 

「いて」


「おい。ボケッとすんな」


「……すみません」


「ったく。本当に魔特か?」


 心外だ。考え事をしていただけだ。そのくらい誰でもするよ。

 あんたの命も預かっている身としてこの場をどうするか考えてたのにそんなあたしに向かってその言い草はどうたらこうたら──

 と、あたしがムカムカしていると、市村さんが振り向いた。


「この先、外への出口がある。行け」


 紅蓮の瞳をあたしたちへ向けながら、それでもまだ、完全には奴らの仲間になっていないかもしれないと思わせられる。

 まだ手遅れではないと、あたしたちが思っても無理からぬことだろう。

 懸念は的中した。彼は、あたしたちを攻撃してこなかった。


「市村! お前も来るんだ」


「行けない」


「どうしてだ! 俺たちは、お前を助けるために──」


 女性の笑い声が、メガネさんの言葉を遮る。

 あたしは、反響する声の音源位置を探りながら、薄暗い地下水路を見回した。


 黒を基調とした修道服が薄暗い背景と同化しているが、ルビーのように輝く二つの瞳が彼女の存在をはっきりとあたしに知らせる。

 煉瓦で作られた地下水路の影から姿を現したのは、大聖堂であたしを案内していたシスターだ。

 あたしは魔蝕剣を構え、メガネさんは拳銃を構えた。


 シスターは市村さんの首に後ろから両腕を回し、市村さんの首筋へ、愛でるように舌を這わせる。

 その行為で気がついたのだが、市村さんの首筋には、小さな二つの穴が空いていた。


「私の『彼』に、なったからだよ」


「……なんだと?」


「ねえ、ダメだよぉシンヤ。こいつらを逃がしたりしちゃ。私たちが、永遠に愛し合うためなんだ。ね、わかって」


「市村から離れろ、このクソヴァンパイアが!!」


 シスターのセリフが何を意味していたのか、もちろんあたしたちはわかっていた。

 わかっていたからこそ、メガネさんの叫びには悲痛な感情が込められているように、あたしは感じたんだ。





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