第7話 サイバッタ野伏となりたる件
セイナッドの猿に主を討たれ、サイバッタは浪々の身となった。
侍崩れにまともに生きる道があるはずもない。サイバッタは刀一振りを頼りに、野盗の真似をして飢えをしのいだ。
戦の後にはサイバッタのような落ち武者が、野盗と化して人を襲うのが普通であった。
野伏とも呼ばれる武装集団は野盗や落ち武者狩りを行う非道な集団であり、地方領主に雇われて戦に参加する傭兵集団でもあった。
侍大将として軍勢を率いた経験のあるサイバッタは、野伏の中で頭角を現し、やがて野伏集団の長となった。
こちらに雇われ、あちらに使われと戦の度に旗印を変える生活は、一時も腰のすわる時がない緊張に満ちた日々であった。
戦場では真っ先に使いつぶされるのが野伏だ。わずかな報酬を餌に危険な戦場に投入される。
その代わり傭兵には略奪の自由があった。斬り倒した敵兵からは身ぐるみはいで奪い取る。
餓狼のような集団こそ野伏の本性だった。
餓狼には道徳も情けもない。形勢が悪いと見れば、ためらいも見せずに戦場から逃げ出す。それどころか、敵方について雇い主に刃を向けることさえあった。
だからこそ野伏は本陣から最も遠い最前線に送られるのが通例だった。
そんな野伏が跋扈する時代にあって、サイバッタは裏切りを禁じ手とした。
「逃げるのはいい。金のために命を捨てるわけにはいかんからな。だが、雇い主に刃を向けるのはいかん」
それでは信用をなくすとサイバッタは部下たちに言った。
「裏切るとわかっているものに誰が金を渡すか? 信用がない者は使い捨てにされるだけよ」
かつて主家に仕え、自分自身が野伏を使う立場であった。サイバッタは没義道な身の処し方に将来がないことをよく知っていた。
ゆえにサイバッタは劣勢であっても雇い主を裏切ることはしなかった。
「生ぬるいな」
「雇い主に尻尾を振る犬め!」
他の野伏からは口汚く罵られた。
それもそのはず、二度三度と同じことが続けば、「裏切らぬ男」としてサイバッタの名が世に広まる。
その分、商売敵の野伏集団は評判を落とすことになった。
「我らが旗下にて一年、よく戦った。そろそろよかろう。サイバッタよ、我が家臣となれ」
傭兵としてサイバッタ隊を使い続けたある日、ニオブ・ヨーダがサイバッタに声をかけた。これまで苦しい戦いや負け戦もあったが、サイバッタ隊はヨーダ家を裏切ることなくその務めを果たしてきた。
傭兵には稀なその誠実さを認めて、ニオブはサイバッタを家臣に加える決意をした。
これまでサイバッタのことを妬む他の野伏が、足を引っ張ったり、命を狙ってきたりすることがあった。ヨーダ家の正式な家臣となれば、そんなこともなくなる。サイバッタとしては願ってもない待遇であった。
しかし、ニオブの誘いにサイバッタはすぐには答えず、頭を下げつつも一つの注文をつけた。
「一つだけ望みがございます。それさえお許しいただければ、このサイバッタ、ヨーダ家にこの身を捧げましょう」
「何を、不遜な!」
サイバッタの返答を聞き、古くからの家臣の中には気色ばむ者もいた。家臣に取り立てようという温情に対し、条件をつけるとは何事だと。
「よい。望みとやらを申してみろ」
手を上げて家臣の怒号を遮ったニオブは、平伏したサイバッタに望みを尋ねた。
「はっ! 我が望みはただ一つ。ヨーダ家がもしセイナッドの地を攻めることあらば、必ずやこのサイバッタに先鋒を仰せつけられたし」
「セイナッドとな。あの地に含むところがあるか?」
ニオブが眉を持ち上げて問い直すと、サイバッタは頭を上げて居住まいをただした。
「土地に非ず、城に非ず。我が念願は『猿』と相まみえんこと」
「猿だと?」
「セイナッドの猿をこの手にて討ち果たしたく存じます」
武勇、戦略に自負のあったサイバッタにとって、セイナッド戦の敗北は耐え難い屈辱だった。機会あらばいつかこの借りを返さんと恨みを抱えて日々を過ごしてきた。
サイバッタの中では、あの日の戦いはまだ終わっていなかったのだ。
「よかろう。セイナッドの地を通る日にはお前に先駆けしてもらおう。我がヨーダ家の旗を掲げてな」
「はっ! 謹んで承りました」
これにて誓約はなった。サイバッタはヨーダ家に忠誠を誓い、セイナッド城攻略の際は先鋒を務める権利を得た。
「サイバッタよ、セイナッドを攻める日は遠くないぞ。そなたに彼奴らを破る策があるか?」
「ございます」
この日のためにサイバッタは打倒セイナッドの策を温めていた。
「毒には毒を。猿が得意とするところをこちらが奪います」
「どうするというか?」
「セイナッドの強みは隠形五遁の法でございます。ならば、我らも五遁の術を修めた者どもを集めます」
「乱破か」
サイバッタが用意した策とは、隠形五遁に通じた忍者集団を抱え込み、セイナッドの得意技を封じるというものだった。
ヨーダ家の家臣となった今ならば、安定を求めて傘下に集う忍者を集めることができる。
既に乱破の頭領ハンゾウと密約を交わしてあった。
「セイナッド城を攻めるその日を、楽しみにしております」
サイバッタは不敵に笑った。