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第5話 ヨーダ家、セイナッドを攻めんとする件

 猿のごとき顔となって、ヨウキは一切悩まなかった。


「自分で見えるものではなし。生きるに不自由はない」


 皺だらけではあっても恐ろしいものではない。老人か、猿のように見えるというだけのことであった。

 ヨウキがあまりにも普通にしているので、周りの者は十日も経つと慣れてしまった。


 顔など区別がつけばよい。区別のしやすさで言えば、この顔は飛び切りよくできている。

 ヨウキはそう言って屈託なく笑った。


 ヨウキを知る者からすれば、顔つきなど取るに足らない属性の一部でしかない。ヨウキの天才性、五遁を操る隠形術こそ恐るべき資質であった。


 しかし、人の口に戸は立てられない。


 ヨウキの風貌のことは人のうわさとなり、周辺豪族の知るところとなった。


「セイナッドに猿あり。隠形五遁の道を良くす」


 ヨウキの人となりも知らずに、世間は「猿」のあだ名で恐れ、そして蔑んだ。ドンを始め家人たちは大いに悔しがり、怒りに震えた。


 しかし、ヨウキはかえってこれを奇貨とした。


「ならば俺は『猿』になろう」


 十五歳で初陣を迎えた際、ヨウキは顔に紅を塗りたくり、真っ赤な猿顔を晒して戦いに臨んだ。


「く、糞っ! 猿にやられた!」

「何だ、あれは? 人ではない。化け物だ!」

「ああ! 猿だ! 猿が出たぞーっ!」


 戦いを重ねるごとに「セイナッドの猿」は人外の存在として恐れられるようになった。


 セイナッド領は小さい。戦える兵の数も限られていた。

 必然的に戦いは攻め込んで来る他領の軍を受け止める籠城戦となった。


 ヨウキは部下の小隊を率いて敵陣に夜襲をかける奇襲戦法を戦いの中心とした。


 ◆◆◆


「殿、この度の戦、ぜひわしに先鋒をお命じください」

「サイバッタ、お前が出るまでもない」


 領土を接するヨーダ家の城で、重臣のサイバッタが領主であるニオブ・ヨーダに頭を下げていた。

 ヨーダ家はニオブが代替わりしてから急激に勢力を伸ばしている。その遠征途上、交通の要所にあるのがセイナッド城だった。


「要所にあるといえどセイナッドは小城じゃ。囲めばやがて落ちる」


 兵の損耗を嫌うニオブは、兵糧攻めを考えていた。一、二か月城を取り巻いて出入りを止めれば、すぐに兵糧が尽きて降伏するはずと見ていた。


 城に籠る兵はせいぜい五百から六百。二千人の兵で囲んでやれば、難なく落とせる。


「恐れながらそうはいきませぬ。セイナッドには『猿』がおりまする」

「くだらん。ただの噂であろう。物の怪だの、化け物だのと、子供だましにもほどがある!」

「セイナッドの猿は噂でも物の怪でもございません。隠形五遁の術を操る暗殺者です」


 サイバッタはかつて他家に使えていた際、セイナッドを攻めたことがある。その時はまだ侍大将に過ぎなかったが、わずか数名の敵兵に夜襲をかけられ、兵糧を焼かれたのであった。

 混乱の中で攻城陣地を預かる将は討ち死にした。


 サイバッタは主を失って仕官先を探す身の上になった。


「本陣を焼き尽くす炎の中、この目で奴を見ました。十人の兵を跳び越え、蹴倒し、刀も振るわずに人をなぎ倒しておりました。炎を飛ばし、風をまとう。悪鬼のごとき恐るべき術者です」

「そ、そのようなこと! どうせ目くらましの類に違いない。どのような術者であろうと、多勢で押し込めば討てぬはずなどない!」


 ニオブは合理主義者であった。怪談、迷信の類を嫌い、意味のない風習を否定してきた。


 最新技術である火薬、鉄砲を買い入れ、いち早く戦法に取り込んでもいた。


「槍じゃ。槍を押し立てればひとたまりもあるまい」


 ニオブは目をぎらつかせた。


「見えぬ影に槍が効きましょうか?」

「何だと?」


 サイバッタの静かな口調に、ニオブはむしろたじろいだ。


「猿は闇の中、気配もなく忍んでまいります」

「火を! かがり火を焚いておれば良かろう」


 なぜか気圧されたニオブは唾を飛ばして言い返した。


「殿。このサイバッタ、この目で猿を見申した。いえ、見えたのは縦横無尽に跳び回る、その影でした。今から語る出来事は嘘偽りなき真実でございます……」


 サイバッタは二年前の敗戦について語り始めた。


 ◆◆◆


 わしは侍大将として本陣に詰めておりました。夜の当番を外れ休んでいる時のこと。

 夜半に目覚めたわしは、得体のしれぬ胸騒ぎを覚えました。


 いえ、敵を察知したわけではございません。味方の様子がおかしいのです。山犬の群れに囲まれた家畜のように、わけもなくピリピリと気を立てておりました。


 今にして思えば、うっすらと敵の気配を感じておったのでしょう。敵は猿以外にもおります。そ奴らの気配がじわりじわりと伝わっていたのかもしれません。


 目が冴えてしまったわしはそのまま起きていることにしました。備えがあるとはいえ万一夜襲を受けた際に、素早く立ち回れるようにとの思いもありました。


 ふと気づくと、灯りが暗くなっております。いえ、かがり火に変わりはありません。闇の中から霧が迫っておりました。

 霧に包まれて火が隠され、辺りを照らす光が弱まって行くのです。


 もちろん当番隊は警戒を強くいたしました。霧に乗じて敵が押し寄せても跳ね返すべく、矢来を組み、槍備えを整えておりました。


「うん? 手元が良く見えんぞ」


 知らぬうちに灯りがさらに弱くなっておりました。霧を通して薄っすらとその在り処が知れる程度に、火が小さくなっております。


「おい! かがり火が消えかかっているぞ! 薪をくべろ」


 わしは当番隊に声をかけました。


 その時――すうっとかがり火が消え、辺りは闇に包まれました。

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