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第4話 仙道至りて心眼を開ける件

 仙術とは人が神になるための修行法である。もちろん秘術であり、まともに世間に伝えられることはない。

 セイナッドの里に伝わる仙術が正しい本道であるかどうかは当人たちにもわからない。


 彼らは自分たちの仙術しか知らない。


 セイナッドの仙術は体と精神を鍛える道であった。その根本は呼吸法と瞑想にある。


 深く長い腹式呼吸、それを続け酸欠になる限界まで息を吐く。脳に酸欠状態を作り出すことによって神がかりとなり、意識の制約から無意識を解き放つ。


 瞑想では精神の活性化を目指す。鎮静状態から激しく脳細胞を働かせる賦活化を一気に行い、その刺激により眠っている脳の領域を解放するのだ。


 そもそもセイナッドの仙術は空気の薄い深山にて行う。峰から峰へと駆けまわり、疲労と酸欠状態を故意に作り出した上で、さらに呼吸法で脳を追い込む。本当に死の一歩手前まで己を追い込む荒行であった。


 サイゾウは、この荒行に一切のためらいを見せなかった。


「こいつ、死ぬ気か?」


 仙術の指導役は荒行を見慣れていたが、サイゾウの捨て身には恐怖を覚えた。低酸素症と呼吸法による追い込みでは飽き足らず、サイゾウは帯で自ら首を絞めて脳への血流を妨げた。


 何度も倒れ、嘔吐しながら、それを止めなかった。


「術が身につかぬなら、そのまま死ぬ」


 その一言を漏らしたなり、サイゾウは無言の行を貫いた。


 彼女こそ十年前、ヨウキとドンの主従が旅の帰路に拾った行倒れの赤子であった。不思議なことにセイナッドの里に縁者が見つからず、奇跡的に命を取り留めた赤子はロクロウの親に預けられ、乳離れするまで兄妹として一緒に育てられた。

 それより後は領主館の預かりとなり、女中衆が交替で世話をした。預かり親にはヨウキがなったので、粗略に扱う者はいなかった。


 教育係はドンが務めた。


 生後間もない時期の臨死体験が害をなしたものか、サイゾウは女子でありながら頭髪が一切生えなかった。このままでは虐められる将来しか見えぬと考えたドンは、ヨウキの許しを得てサイゾウという男の名を赤子につけた。


 それ以来サイゾウは男として育てられたのだ。


 髪のない女では嫁の貰い手がいない。生涯飼い殺しとなるか、尼寺に入る道しかない。どちらの道を選ぶかは七歳になった日に本人に決めさせることにしていた。


 サイゾウの選んだ道は、「そのまま男としてヨウキ様の小者になること」であった。


 自分が今生きているのはヨウキに拾われたためである。そのことは物心つく頃から繰り返しドンに教えられた。


「お前の命はお前のものではない。ヨウキ・セイナッド様の持ち物だ。粗末にしてはならぬ。死ぬときはヨウキ様のために死ね」


 サイゾウはドンの言葉に疑いや反感を持たなかった。当たり前のことだと思った。

 若様のために生き、若様のために死ぬ。それが自分の宿命であると喜んで受け入れていた。


 ◆◆◆


 一を聞いて十を知る。天才を指してそう呼ぶことがある。

 ドンに言わせれば、「それがどうした?」となる。うちの「若」と比べてくれるなと言う。


 一を聞いて十を行う(・・)。それができてこそ天才の名にふさわしかろう。


 ヨウキの指導に当たった学問の師ハクーンは、「万冊の書も我が非才を隠せず」と己を恥じて、ヨウキに師の礼を取らせなかったと言う。どれだけの知識を集めても、自分は才においてヨウキの足元にも及ばないと跪いたのだ。

 

 ヨウキたちがサイゾウを拾ったのは、ハクーン師の下での勉学を終え、セイナッド城に戻る帰路のことであった。


涸泉(こせん)の水、如何(いか)万勺(ばんしゃく)の器を満たさん」


 ハクーン師はその言葉をヨウキに贈った。自分にはヨウキに教える物が最早何もないと、そう言ったのである。


 ハクーン師の下でヨウキは異国の学問を身につけた。その中に「陰陽五行(いんようごぎょう)の理」を説くものがあった。世界の仕組み、摂理を「(いん)(よう)」の二要素で説明する陰陽(いんよう)説。そして、万物の性質を五要素に分類した「五行説」を一つに合わせたものである。


 陰陽五行説は実践において「陰陽(おんみょう)道」と「隠形(おんぎょう)五遁の法」を派生させた。


 陰陽道は占術の性格を色濃く有していたが、隠形五遁の法は敵から身を隠し逃れるための実践的手段として伝わっていた。

 ヨウキは五遁の術に強い興味を持ち、これを学ぼうと決意した。


 しかし、書物には欠落があり、意味が掴み取れぬ箇所も多かった。ヨウキは一つ一つの術を掘り起こし、思索を通じて術の理解に努めた。

 2年の勉学期間が終わる頃、ヨウキは五遁の術を自分なりに再現していた。


 ヨウキの独創は「太極(たいきょく)」の再現にあった。


 太極とは「太陽」と「太陰」の双極である。天にあっては「日」と「月」がこれを象徴する。


「太極とは宇宙が生まれる元となった、万物の根源である」


 ハクーン師は古書をそう解釈した。だが、ヨウキは納得しなかった。


「宇宙を生んだ後、太極はどこに去ったのでしょう。根源の理であるならば、今も存在して我らを縛っているはずではありませんか?」


 そう言って、太極を求め続けた。やがて身体中の陽気を操る技である仙術に出会い、陽気と陰気を練り合わせることにより「太極玉(たいきょくぎょく)」を作り出す瞑想法を独自に考案した。


 そしてついに、太極玉を頭頂に頂くことによって「第三の目」を開いた。森羅万象に宿る「心気」を感得するに至ったのである。


 第三の目を開くにあたり、ヨウキは三日三晩深山に籠って飲食を断ち、瞑想三昧にふけった。死の寸前まで己の存在を薄くし、意識を失う瞬間に光を得た。


 迎えに訪れたドンが倒れたヨウキを助け起こした時、ヨウキは心眼を得る代わりに猿のごとき面貌になり果てていた。

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