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第33話 血の呪縛、サイゾウを捕えし件

 闇を潜ってサイゾウが近づいてくる。ハンゾウはその気配を捉えていた。

 しかし、進む方向はハンゾウが潜む(くさむら)からわずかに外れている。


(こちらの気配は掴まれていない。……やるか!)


 ハンゾウは懐から静かに苦無(くない)を取り出した。左の手のひらを薄く切る。

 血がにじみ出て来たところで、手ごろな石に血を滴らせた。


 ハンゾウやヨウキほどの使い手となれば、命なき物体に己の心気をまとわせることができる。それにより術を付与し、発動の起点とするのだ。


 しかし、本来物体の気と人の気は馴染みにくい。したがって、宿らせる術式は単純なものとなり、効果も短い。複雑な術式を長くとどめるためには、熟練と根気を要するのだ。


 それを解決するのが術者の血だ。


 血液に限らず、体液や髪の毛など肉体の一部であれば良い。それを物体に馴染ませることにより、術者の気を載せることが容易になる。


 ハンゾウは素早く傷口に手拭いを巻きつけると、血に塗れた小石に心気をまとわせ、術式を籠めた。

 それをサイゾウが向かう進路に投げつける。


 カン!


 乾いた音にサイゾウが意識を集中すると、音がした方向でハンゾウの気配が膨れ上がった。闇に姿が浮かび上がるほどに濃密な気配。


(出たな! 逃がさん!)


 サイゾウは火球を放ちながら、一気に跳び込んだ。


(手応えがない。かわされたか?)


 火球は何物にもぶつからず、ハンゾウの気配をすり抜けた。

 サイゾウはそれに構わず、短刀を抜いて黒い影を斬りつける。


 めしっ!


 サイゾウの体を目に見えぬ力が上から押しつぶして来た。


(ぬっ? 土行の術か? 奴はどこだ?)


 切ったはずの影に実体はなかった。虚しい手応えを覚えながら、サイゾウは土行の術を打ち消しにかかった。


(軽身の術!)


 襲ってきた引力を相殺し、サイゾウはその場を脱出しようとする。

 そこへ火球が飛んで来た。


(何のっ!)


 サイゾウは心気の盾を作り出し、火球を受け止めた。


(糞! 居場所を知られた。罠だったか)


 唇をかみつつ、改めて離脱を図るサイゾウ。両足をたわめて力をためた瞬間、サイゾウの腹を何かが撃ち抜いた。


「がはっ!」


 たまらず、サイゾウは腹を抑えてうずくまった。


土生金(どしょうこん)、飯綱走り――)


 ハンゾウは苦無に雷気を籠め、引力を相殺しながら高速で打ち出したのだった。苦無はプラズマを発し、高熱化しながらサイゾウの腹から背中に抜けた。

 傷口の肉が焼け、炭になりかけていた。


「ぐわぁっ! うぅぅぅ……」


 口から血を吐きながら、サイゾウは必死にその場を離れようとあがいた。しかし、手足に力が入らない。


「やはり猿ではなかったな。まあ良い。猿を釣る餌になってもらおう」


 サイゾウの背中を膝で抑えつけながら、ハンゾウが耳元でささやいた。懐から苦無を取り出し、左手の血を塗りつける。


「これが猿への置き土産だ!」


 そう言って、ハンゾウは背中からサイゾウの肺を貫いた。


「がっ、ごはっ……!」


 ごぼごぼと血を吐き、サイゾウは窒息の苦しみにのたうった。


「暴れると血が流れて、早く死ぬぞ?」


 ぐいと苦無を更に押し込み、ハンゾウはサイゾウの体を地面に縫いつけた。


「ぐ、ががが……」


 急激な出血にサイゾウは意識を失う寸前であった。

 すっと背中が軽くなり、ハンゾウが去ったことを知る。


 しかし、体が動かない。指先さえも動かすことができなかった。


(若――)


 サイゾウの目から血の涙が流れた。


 自分はここで死ぬ。サイゾウの心はその結末を淡々と受け入れていた。

 ヨウキのために生き、ヨウキのために死ぬ。そう思い決めてこれまで生きてきた。ここで死ぬことに悔いはない。


 だが、ハンゾウは自分に止めを刺して行かなかった。


(なぜだ?)


 サイゾウの耳に、ハンゾウの言葉がよみがえる。


(「これが猿への置き土産だ」とハンゾウは言った。自分のことか? それとも背中に刺さった苦無のことか?)


 自分の死体など土産にならない。そもそもハンゾウともあろうものが止めを刺さなかったのはなぜだ?


(ならば、やはり苦無が置き土産か。苦無を残す意図とは――)


「かっ!」


 大量の血を吐き出しながら、サイゾウは両眼を見開いた。


(術か? 苦無に術を仕掛けていったのだな? 苦無に触れれば、若が死ぬ!)


 死体に刺さったものであれば、うかつに触りはしない。敵の気を探ってから引き抜くだろう。

 しかし、瀕死のサイゾウを助けるためならどうだ。


 十分に調べず、急いで引き抜くかもしれない。


(罠をかけるために、生かされたか。いかん。若、来ないでください!)


 唇をかみしめても、サイゾウには声を出す力がない。肺から脳に酸素が送られていなかった。

 酸素欠乏のため真っ白になった顔は、能面のように表情をなくし、弛緩していた。


(何とかしなければ。体が動かぬなら心気を練る。最後の術を――)


 サイゾウは遠のく意識の中、全身の心気を集め頭頂部、額の中央へと送った。


(オム、マニ、ペメ、フム――。心眼開放)


 血圧と体温が下がり、活動を低下させた脳組織の中で、第3の目だけが燃えるように活性化した。百の目が開いたように、自分の体全体の状態がはっきりと知覚の対象になった。


(腹の傷、肺に開いた穴……。わかるぞ。見える! これが刺さった苦無だな。むっ!)


 異物として知覚した敵の苦無。そこにまとわりつく怨念のごとき黒い影を、サイゾウの心眼が透視した。

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