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第32話 セイナッドの猿、人道を説ける件

「あれは里の子ではない」

「生き倒れの母親は何者じゃ?」

「他国から送り込まれた乱破ではないか?」

「いずれ怪しき血筋の赤子。生かしておけばやがてセイナッドに害をなす」


 ヨウキとドンが連れ帰った赤子は、簡単に受け入れられたわけではなかった。里の誰ともつながりがないと判明した母親は、里の様子を探りに来た間諜ではないかと疑われたのだ。

 実際にそうだったのかもしれない。子連れであることを隠れ蓑にしていた可能性があった。


 セイナッドの城内では赤子を打ち捨てるべきだという意見が多かった。


「――いつからだ?」


 広間に集まった家臣たちを見渡して、ヨウキが突然声を発した。一座の者が「何のことか」という目でヨウキを見る。これから始まることを予見して身を引き締めたのは、ヨウキの背後に控えたドンただ一人だった。


「いつからセイナッドは馬鹿と臆病者の集まりに変わった?」


 十歳の少年はどうやってか、平坦な言葉に強烈な軽蔑の色を加えて一座を睥睨した。まだ声変わり前の澄んだ声には全員が年上である一族郎党を前にして、震えも昂ぶりもなかった。


「何を言う!」


 ヨウキの言葉がようやくしみ込んだ一族の一人が、気色ばんで怒鳴った。


「ヘイジ叔父、馬鹿と呼ばれて不服ですか? まさかに臆病者ではありますまい」

「黙れ、ヨウキ! 貴様、許さんぞ!」

「ふむ。言葉が足りなかったようです。なぜ馬鹿と呼んだのか説明しますので、それを聞いて尚不服であれば煮るなと焼くなと好きにしていただきましょう」

「ぬう、そこまで言うなら言うてみよ!」


 ヘイジと呼ばれた中年男は一座の注目の中、立てかけた膝を渋々下ろした。


「お許しかたじけなし。さて、親の罪を子に問うは正しきや否や? ――いかが? 正しと思う方は、遠慮はいらぬ。赤子に問うてご覧あれ」

「馬鹿なことを。首もようようにすわらぬ赤子に問答などと」


 ヨウキの芝居かかった物言いに、ヘイジが吐き捨てるように答えた。


「おっしゃる通り。未だ人にもなっていない赤子に罪を問うなど愚かの極み。そこに異論はありますまい」

「むっ。くぅ、つ、罪がなくとも怪しき血筋は争えん!」


 疑う通り母親が乱破だとしても、乳飲み子に罪はない。さすがにヘイジもそれは認めざるを得なかった。しかし、乱破の血を引くこどもを里には入れられないと顔を真っ赤にして訴えた。


「人は血のみにて生きるにあらず。それでは畜生と変わりますまい。いいえ、たとえ獣でも目の開かぬうち親から離し、懐に入れて育てれば飼い主に牙を立てることはない」


 ヨウキは居住まいを正し、胸を張り顔を上向けた。


「人、道を以てこれを導けば、道を尊ぶ人となる! セイナッドに人道はありや!」


 みなしごがこの先里に害をなすとしたら、それはセイナッドに人を導く道がないということに他ならない。

 腹の底から気合を込めて、十歳のヨウキが並みいる大人たちに切りつけるように言い放った。


 これだけ言って異論が出るようならば、赤子を連れて里を捨てる覚悟をヨウキは固めていた。

 人道のない里を愛し続けることなどできない。


 ヨウキの気迫に一座は打たれ、ぐっと息を飲んだ。


「――その辺にしておけ」


 静かに言葉を挟んだのはセイナッド城主マシューだった。


「父上」

此度(こたび)の事、赤子はヨウキの預かりとする」

「頭領!」

「異論は認めぬ。以降赤子は里の子じゃ。マシューの名を以て言い渡したぞ。さて、ヨウキ――」


 議論を見届けていたマシューは赤子を里に受け入れる断を下した。里人である以上、何人もこれに異を唱えることはできない。

 その上で、マシューはヨウキに条件をつけた。


「赤子はお前の預かりだ。その意味、わかるな?」

「はい。万一あの子が罪を犯すことあらば、その罪は俺のものです」

「うむ。セイナッドの猿よ、人道を以て彼の子を導いて見せよ」

「謹んで」


 ヨウキは深々と頭を下げた。その背後ではこれに合わせてドンが平伏していた。


 ◆◆◆


「よいか? お前の命を救うために、ヨウキ様はご自分の命を差し出したのだ。お前が道を踏み外せば、ヨウキ様がその罰を受けることになる」


 サイゾウという名をもらった少女の教育係となったドンは、機会あるたびにそう話し聞かせた。


 恩を着せるためではない。サイゾウに人の道を教えるためであった。道とは己の命を懸けて守り、貫くべきものであると。


 ヨウキ自身はそのことについて語ったことがない。自分につくして生きろと命じるつもりもなかった。

 サイゾウの人生はサイゾウのものだ。好きに生きれば良いと思っていた。


 人並みに生きるのも悪くないと思っていたが、無毛のサイゾウが普通に婚姻するのは難しかった。

 番衆の見習いとして修行させるのは心苦しかったが、他にこれと言って進む道もない。サイゾウ本人が望んでいる以上、無理に止めることもできなかった。


 何よりもサイゾウには才能があった。


 ヨウキが磨き上げた隠形五遁の法を最もよく受け継いでいたのは、他でもないサイゾウだった。そうとなれば、どこまで伸びるか挑戦させてやりたくなる。


 サイゾウという才能を得て、隠形五遁の法はどんな変化を遂げるか。術とは使い手を得ることによって進化し、発展していくものだ。


 ヨウキはサイゾウの中に、五遁の法の未来を見ていた。

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