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第31話 偶然の重なり、ハンゾウを追いつめし件

 ハンゾウがその方向を選んだのは、偶然であった。理由をつけるなら「()」と言うしかなかった。

 セイナッド城から遠ざかる道であれば、どこでも良かった。


 サイゾウが彼に追いすがることができたのも、単なる偶然だった。足跡も、物音も、匂いさえ残ってはいない。ただ、諦めることができずに足の向いた方向にハンゾウを探し求めただけだ。


 2つの偶然が重なった。あるいは、2人の「勘」が同じ答えを示したものか。

 サイゾウは確実にハンゾウの背中に近づいていた。


 追いつくためには「無理」が必要だった。より速く動こうとして、抑えきれない気配がサイゾウの体から漏れていた。

 ハンゾウがその気配に気づいた時には、サイゾウは背後近くに迫っていた。


(しまった! 最早何をしても気づかれる。こうなっては……)

 

 瞬時に意識を切り替えたハンゾウは、素早くサイゾウを倒す決断をした。ヨウキに追いつかれる前に目の前の追手を倒し、一気に離脱するつもりだった。


 音も光もない陰気がサイゾウを襲った。サイゾウはそれが目の前に迫るまで気づけなかった。受け流す余裕はない。

 両腕を交差させるようにして、陰気の塊を受けた。


 腕に心気の鎧をまとわせたが、咄嗟のことで受けきれぬ陰気が大波のようにサイゾウの上半身を揺さぶった。


 みぞおちに蹴りを受けたような重い衝撃が体に染み通る。体に満たした心気を根こそぎ吹きとばされる感覚であった。


(ぐふぅっ!)


 陰気当ては物理的な衝撃ではないが、体は壁に打ち当たったように反応した。肺の空気が強い力で絞り出される。


 声を漏らさぬことにサイゾウは神経を集中して、衝撃に耐えた。


(あっちか?)


 陰気が飛んできたおよその方角。サイゾウがそちらに意識と防御を備えた時、斜め左から何か飛んで来た。

 風を切る音と迫る気配。


 素早く心気で盾を作り、飛んで来る何かを受け止める。


 ガツッ!


 音を立てて心気の盾にぶつかり、地面に落ちたのはサイバッタの小刀であった。ハンゾウが逃げながら持ち去り、(つぶて)代わりに投げつけたものだ。


(むっ?)


 足元に落ちた小刀から、ぼうっと炎が燃え上がった。


(くつ、狐火か!)


 すぐに水気を浴びせて狐火を消しつつ、サイゾウは右に跳んだ。

 音と光で己の居場所を正確に知られた。次の攻撃が来る。


 草むらに身を投げて、サイゾウは気配を消した。


 すべての神経を来るべき攻撃に向けて備える。


 しかし、数呼吸闇を睨んでいても、攻撃は襲ってこなかった。


(どうした? こちらの居場所を見失ったか?)


 サイゾウが疑念を覚えた瞬間、10メートル先で気配が膨れた。


(来る!)


 サイゾウは急いで立ち上がり、練り上げていた心気を遠当てにして飛ばした。敵が飛び込んで来る出鼻をくじくつもりだ。

 心気がぶつかり合い、音を立てて大気をかき乱した。


(効いたか? 畳みかけるぞ!)


 気配を発することにも構わず、サイゾウは突進した。


(接近戦で勝負をつける!)


 サイゾウは小刀を抜き放ち、風が吹き乱れる窪地に跳び込んだ。認めるのは悔しかったが、遁術の腕では敵にかなわない。10年後はわからないが、今現在の自分では経験が足りないと感じていた。


(だが、純粋な体力、体術勝負となれば話は別だ!)


 速さで圧倒し、駆け引きを封じる。サイゾウは若さを生かして、この難敵を撃ち滅ぼそうとしていた。


 夜目を強化し、闇を透かし見ながら着地したが、そこにハンゾウはいなかった。


(何っ? 罠か!)


 まんまとおびき寄せられた状況に、サイゾウは舌打ちする思いでその場を離脱しようとした。

 そのままでは、どこかに潜むハンゾウから狙い撃ちされる。


(霧隠れ!)


 咄嗟の場面で、サイゾウはもっとも得意な霧隠れの術を逃走手段に選んだ。それは無意識のものであった。

 立ち込める霧の中で、サイゾウは跳躍のためにしゃがみ込んだ。


 その時、周囲の霧が凍りついた。


水生木(すいしょうもく)! 木遁、雪嵐(ゆきあらし)!)


 水行の気が集まるのを察知して、ハンゾウは木行の気を操り、凍てつく嵐を出現させた。渦巻く冷気がサイゾウを襲う。冷気は気に満ちた水気をたちまち凍らせ、サイゾウを氷で覆いつくしていく。


(糞っ! 敵に術を利用されるとは……。木生火(もくしょうか)! 火嵐(ひあらし)!)


 サイゾウは水気から燃気と清気を作り出し、火炎で氷を溶かそうとした。しかし、ハンゾウにより空気中の水分は氷にされていた。氷を溶かさなければ、炎の元となる燃気(水素)清気(酸素)を作り出すことができない。


 ところどころでチラチラと火花のような炎が起きるだけで、サイゾウの術は空気をかき乱す効果しかなかった。


(だめだ。まず木遁で氷を防がなくては! 風陣!)


 サイゾウは自分の周りに竜巻を起こし、吹き寄せて来る氷交じりの吹雪をはねのけた。風陣なら手裏剣、弓矢程度の攻撃なら体からそらすことができる。

 これがヨウキなら、土行の術を重ね掛けし、「土龍昇天(どりゅうしょうてん)の術」で竜巻の内部を上昇したであろう。気圧を下げ、引力を相殺した状態で、ロケットのように一気に上空に脱出できる。


 だが、サイゾウにはそこまでの規模で術を複合することができない。身の回りに竜巻をまとい、じりじりと進みながら雪嵐が静まるのを待つしかなかった。


 空中の水気には限りがある。雪嵐も長くは続かないはずであった。


 ハンゾウは迷っていた。本来の目的は「逃げること」だ。サイゾウに構わず、ひたすら逃げるべきだと考えていた。


 しかし、偶然とはいえサイゾウに発見されてしまった。今更逃げ出しても、サイゾウが追いすがって来るだろう。それを振り切るのは困難であり、ヨウキに追いつかれる心配もある。


(いっそのこと、ここで一気に殺すか?)


 ハンゾウの中で殺意が膨れ上がった。

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