第28話 ハンゾウ、空飛ぶ猿を追いつめし件
陣幕を越えたところで、ハンゾウは地上に降り立った。
(金遁、飯綱走り!)
主を背負っていても、土遁の効果で重さは障害にならない。ハンゾウは風のように道を滑走した。
(猿の視力が戻る前に、距離を取る!)
主の安全を考えれば、この格好で敵と戦うことはできない。今は逃れることに集中しようと、ハンゾウは考えていた。
下りの斜面を滑り降り、障害があれば跳び越える。目立つことを恐れ、倒木や巨岩をかすめるように乗り越えていた。
置き去りにしたヨウキとの間に、できる限り距離を稼ぐ。ハンゾウはそのことだけを考えていた。
(糞! 脱出を優先しすぎたか? 手下がついて来ておらん!)
馬さえ手に入れれば危険地帯を離れられると考えていた。まさか、猿に待ち伏せされるとは……。
(待て? 待ち伏せだと? いくら殿を連れていたとはいえ、相手はこちらの行先を知らぬはず。先回りして待ち伏せするなど不可能ではないか?)
あれは本当に猿だったのか? ハンゾウは確かに赤い顔を見た。猿が戦場で顔を赤く染めているのはいつものことだ。
だが、猿でなくとも顔を赤く塗ることはできる。
(あれが猿でなかったとしたら。炎隠れは猿に効かなかった?)
ハンゾウのうなじの毛がちりちりと立ちあがった。
「いかん! 殿、ご無礼!」
言うや否や、ハンゾウは背中の主を右手に投げ飛ばし、自身は左手に跳び転がった。
ダーン!
地を揺るがして雷が落ちた。一瞬前までハンゾウが走っていた場所である。
(上かっ! 火遁、群燕!)
ヨウキの居場所はわからない。だが上空から雷を落としたならば、真上の方向から大きく外れてはいないはず。
ハンゾウは勘に従って、真上に向けて火球の群れを撃ち上げた。
群れ飛ぶ火球が放つ光に、上空が明るく照らし出される。
「そこかっ! 木剋土! 木遁、昇龍撃!」
ヨウキはハンゾウたちの上空をムササビのように滑空していた。それを落とそうと、ハンゾウは風を集めて竜巻を撃ち上げた。
ヨウキは身にまとう陰気を放射し、襲い来る木遁の術を打ち消した。しかし、陰気が届かぬ距離での大気の乱れまでは鎮まらない。
乱気流に巻き込まれ、ガクンと失速したヨウキは急角度に落下し始めた。
土遁で軽身の術を自身にかけていても、風を失えば真下に落ちる。引力を打ち消しているために、ゆらゆらと枯葉のように揺れながらヨウキは落ちていた。
(良い的だ。くらえっ!)
無言の気合とともに、ハンゾウは落ちて来るヨウキ目掛けて遠当てを発した。ヨウキはこれを土遁猿飛で急降下してかわす。
(その動きは見切ったわっ! 遠当て「下弦の月」!)
ハンゾウは純粋な心気ではなく、土遁で固めた大気に引力の因果を籠めて上空に撃ち出した。半ば自然現象と化した空気弾が放物線を描いてヨウキを襲う。
(竜巻で横への動きは封じた。落下を早めても、今度は上から術が迫る。逃れる場所はないぞ、猿!)
空気弾は既に自然の一部となっている。ヨウキが陰気を飛ばしたところで、消し去ることはできない。
上空から迫る土行の気を察知して、ヨウキは木行の気を飛ばした。
(木剋土! 木遁、風の盾!)
ヨウキの放った風の盾は落ちてくる空気弾を受け止めた。土行の引力と木行の風力がせめぎ合う。
力のぶつかり合いが空気弾の限界を超え、張り詰めていた空気が爆発した。
オレンジ色の炎が火の玉となって膨れ上がる。
「わははは。かかったな、猿! それはただの空気ではない。たっぷりと燃気を練り込んでやったぞ!」
爆風を浴びてヨウキは石のように落下した。
「木遁、ムササビの術!」
ヨウキを叩いた爆風は、周囲の乱気流をも飲み込み、吹き飛ばした。強い下降気流の中ではあったが、今度は何とか滑空することができる。
「ぬるいわ!」
かさにかかったハンゾウは、更に燃気入りの空気弾を次々に飛ばした。
ヨウキは風の盾を使わず、陰気の鎧を分厚くして身を守りながら、滑空で直撃を避けようと身をひるがえした。
肉眼に映らぬ空気弾の存在を、心眼を研ぎ澄まして見極めながら、ヨウキは被弾の回避に努めた。かわし切れない軌道のものには、こちらからも空気弾を飛ばして誘爆させる。下降気流にもまれながらヨウキは必死の降下を続けた。
「くっ。しぶとい!」
ハンゾウは遠当てに混ぜて、木遁による風の刃を飛ばした。滑空するヨウキは、気の色を読み取って陰気をぶつけ、これを消し去った。
同じく不可視の攻撃といっても、第三の眼を持つヨウキは誤魔化せなかった。
(火遁、炎隠れ!)
一瞬の隙を突き、ヨウキは炎に身を隠した。強烈な閃光がハンゾウの目を襲う。
わずかな時間とはいえ、閃光を直視してしまったハンゾウの目の前が赤く染まった。
(うぬっ! 心眼開放!)
心の波立ちを抑えて心気を研ぎ澄ませば、ハンゾウの第三の眼がヨウキの気を捉える。
(今度は逃さぬ。遠当ての術!)
狙いを定めた燃気弾は邪魔されることなくヨウキの本体を捉えた。燃え上がる炎が心気の鎧を穿ち、削る。
(ぬ? 弱ったか。勝機!)
かさにかかったハンゾウは、燃気弾と風刃を取り交ぜて上空に放った。ヨウキが受け間違えてダメージを負うことを狙ったのだ。
肉眼には映らないが、ハンゾウの攻撃は下降してくるヨウキの気配を確かにとらえ、次々と着弾した。




