第26話 ロクロウの杖、法具となりたる件
ロクロウは兵糧蔵に直接近づくことは控えて、隣の建物の陰に降り立った。
(さて、曲者はどこだ?)
目をつぶれば第三の眼に周囲の事物が心気の輝きとして映る。
(これなら……若の真似ができそうだ)
ロクロウは心気を練り、小さな波紋として自分を中心に送り出した。広がる波は物に当たると跳ね返り、第三の眼には金粉を散らしたような輝きとして見えた。
波紋は広がり、視線の通らぬ場所であっても反射して存在を伝えて来る。
(そこにいたか)
見張りとは異なる存在が、兵糧蔵の外壁に貼りつくように潜んでいた。ロクロウとの間には兵糧蔵と隣の建物が挟まっている。
(のんびりもしていられない。一気に倒す!)
兵舎の騒ぎはここまでどよめきとして聞こえてくる。こちらの曲者も呼応して動き出しているはずだ。
兵糧を焼かせるわけにはいかない。
ロクロウは覚悟を決め、心気を研ぎ澄まして乾坤一擲の大飛躍に身を躍らせた。
(土遁、天狗高跳びの術!)
ロクロウの体は重さを失くしたように軽々と空に飛び出した。
(軽い! 羽毛になったようだ)
鳥になったように滞空時間が伸びていた。上空から地表を見回し、狙いを定める余裕すらあった。
(ふむ。杖は要らないか? ならば、あいつにくれてやる。土生金! 金遁、雷撃杖!)
得意とする土遁から派生する金遁は、ロクロウがどうにか使える遁術であった。その威力は精々牽制か目くらまし程度でしかない。これまでであれば。
「むっ?」
バチバチと火花を散らしながら飛来するロクロウの杖。風を切るその気配を察知した眼下の敵が、ふと顔を上に向けた。
見定める時間も与えず、その顔に稲妻が走った。
バリっ!
「ぎゃあっ!」
殴られたような衝撃と炎のような熱。敵兵は立ったまま悶絶した。
そこへ流星のような勢いでロクロウの杖が突き刺さる。
ドスッ!
槍ではないただの杖が男の顔面を突き抜けて、大地に突き刺さった。
(これは……。これが俺の術か? 今までとは威力が違う)
杖の後を追うように、ロクロウは一本足で上空からふわりと着地した。体重を打ち消したまま、とぉんとぉんと片足で移動し、地面に縫い留められた男の顔面から杖を抜き取る。
「そうか。おれは左足を失う代わりに仙道を得た。陰陽五行を我が物としたのだ」
これで若様やサイゾウと肩を並べて戦える。ロクロウの体は希望に震えた。
傷ついた左足から血を失い、ロクロウは貧血に陥っていた。脳への酸素供給が滞り、脳の活動が困難になったのだ。
その状態で心気を練り、ロクロウは一気に脳の活性化を図った。脳に送り込んだ高密度の太極玉は、まだ通常の脳細胞が不活性な状態において、仙道に必要な脳中枢を集中的に刺激した。
既にある程度活性化されていたロクロウのチャクラは一気に活性化し、覚醒に至ったのだ。
敵を仕留めた雷撃杖は、杖を加速させた土遁の部分が威力の大半だった。これまでなら金遁による雷撃はせいぜい相手を痺れさせる程度の効果しかなかった。
しかし、ついさっき杖に籠めた雷気は宙を走り、敵を気絶させその顔面を焼いた。
土行以外の気も、同レベルで操れるようになっている。ロクロウはその手応えを今の一撃で確信した。
(よし! 次だ! 兵舎を焼き討ちした敵はどこに行った? 次に狙うのは……)
ロクロウは再び心気の波紋を広げた。
(むっ? 心気が一つかなりの速度で……。向かう先は――武器庫か!)
兵糧蔵から直ちに向かえば、敵の進路を妨害できる。そう判断したロクロウは、急ぎ駆けつけることにした。
(おれにできるか? 土生金! 金遁、飯綱走り!)
軽身の術をかけながら、地面との間に電磁気を発生させ、わずかに浮上しつつ加速する。
ロクロウは飛鳥の速さで道を進んだ。
(できた! おれにもできた!)
曲がる時には杖を地面に突き立てて、体を傾ける。
(杖はおれの武器になる。錫杖を手に入れよう。そうすればもっと金遁が使いやすくなるだろう)
ロクロウは瞬く間に敵の進路をふさぐ位置にたどりついた。
(敵は心気をまとっているものの、密度が薄い。隠形を使っているのか?)
第3の眼が敵の情報を感知するが、ロクロウにはまだ経験が足りない。完治した情報を的確に分析することができずにいた。
(真っ直ぐ向かって来る。こちらに気づいていない? 夜目が利かないのか? ならば、やはり遁術には長けていないことになる)
心気を凝らしたロクロウの眼にはぼんやりと敵の姿が見えている。
(仕掛けて見ればわかるか。今のおれならやれるはず)
ロクロウは道にひざまずき、杖を肩に当てて水平に構えた。
(土生金! 雷気遠当ての術!)
雷気を籠めた空気を心気で閉じ込め、土行の気で圧縮する。鉄の密度となった雷気弾を、横たえた杖に沿って電磁力で加速し、敵に向かって撃ち出した。
どぉん!
火薬など用いていないにもかかわらず、雷気弾は音速の壁を破り、辺りに衝撃波を走らせた。
ばちぃっ!
雷撃が敵の胸を打つと同時に、圧縮空気弾が敵を撃ち抜いた。爆発するように肉と骨が背中に開いた拳大の穴から飛び散る。
敵は走る勢いを打ち消され、背中から後ろに吹き飛んだ。
確かめるまでもなく、今度も即死であった。




