第23話 ハンゾウの策略、セイナッド城に火の手を上げる件
ヨウキとサイゾウがサイバッタを追いつめていた頃、人知れずセイナッド城に忍び入る影があった。
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「城に籠る猿どもは、夜陰に乗じて当方に襲い来るでしょう」
「それを返り討ちにするのだな?」
昼の間、ハンゾウは主サイバッタに今後の戦いについて予測を述べていた。
「左様です。しかし、それだけでは足りません」
「その先の手があると言うか?」
「攻める者は鋭く、守る者は鈍し。自分が攻めていると信じている時、守りに関する意識が最も弱まるものです」
サイバッタに夜襲をかけるセイナッド勢は、「自分たちが攻めている」と考えることであろう。
「その考えを逆手に取ります」
「守りの隙を突くと言うか?」
攻めているつもりのセイナッド勢を逆に攻め返す。そこに勝機があるとハンゾウは言う。
「面白い。どうするつもりだ?」
「精鋭を四名。二手から城に忍び込ませます」
「狙うはマシューの首か……」
「御意。一組は陽動。要所要所に火をかけ、焼き討ちを行いつつ、城門を攻めさせます」
ゲリラ戦法としては王道であった。武器庫、食糧庫、井戸、兵士詰め所などを焼き、使えなくする。
そして、王手門を破壊すれば、攻城側のやりたい放題となる。
軍勢を場内に引き入れれば、人数の多いヨーダ勢の勝ちが決まるのだ。
当然セイナッド勢は防御に必死となり、陽動組相手に総がかりとなる。
「混乱に乗じ、残る一組は敵将マシュー・セイナッドの首を狙います」
「猿の戦法をそのままやり返すのか」
「まさかと思う、敵の油断を突きます」
総勢四名による突入は決死隊であった。人数が少なすぎるように思えるが、これ以上ではすぐに気づかれる。
陽動組は常に移動を続け、一箇所にとどまらないようにする。
暗殺組は、ひたすら身を潜めて移動し、マシューの首一つに命をかける。
陰陽表裏一体の作戦であった。たとえマシューを撃ち漏らしたとしても、破壊工作の効果は十分に見込める。
敵の備蓄を削ることができれば、それだけ攻城戦が攻め手の有利に傾くのだ。
「よかろう。人選一切、お前に任せる。マシュー・セイナッドのそっ首、落として見せよ!」
「はっ! かしこまりました」
主の前から引き下がると、ハンゾウは潜入工作に特に優れた四名を選抜し、潜入隊として送り出した。この場合、五遁の術よりも経験と判断力が物を言う。
四人の忍びは二組に分かれ、城兵の多くが寝静まった夜半過ぎに城の石垣に取りついた。
◆◆◆
小屋の陰に入り、地面に伏せた二人の前をガチャガチャと鎧の音を立てて見張り役が巡回していく。兵糧蔵を焼かれれば早晩城は落ちる。どんな城でも破壊工作に対する備えは欠かせなかった。
それ程破壊工作が心配であるなら、進入路である塀に隙間なく見張りを立てれば良さそうなものだ。だがそんな余裕はない。見張りを大勢立てるのも、大量の篝火を燃やすのも、限りある資源の消耗を早めるだけである。
やむを得ず、見張りは最低限の規模とし、当番兵に城内を巡回させることで妥協することになる。
見張りをやり過ごせば、他に侵入者を邪魔する者はいない。
陽動を受け持ったサンジとニキは目配せし合って立ち上がった。音を立てずに建物から建物へと身を移していく。
狙いとする武器庫や兵糧蔵にはさすがに護衛がいるはずだ。しかし、万一の見落としがないように、一つひとつ建物の中身を確認しながら進むため、時間がかかる。
ようやく標的を探し当てた時には潜入開始から一時間がたっていた。
頃合いはよし。マシュー襲撃組のタヘイとキョージも寝所に突入する体制を整えているはずだ。
サンジはニキに頷き、行動を開始した。
サンジが兵舎を焼く間に、ニキは兵糧蔵と武器庫を焼く。最優先は兵糧蔵であった。サンジは陽動作戦中における更なる陽動として兵舎を燃やす。兵舎には敵兵が腐るほどいるので、見つかる前にできるだけ多く火の手を上げなければならなかった。
ハンゾウ配下としてサンジも五遁の術を使える。しかし、才能に恵まれず、攻撃力には至らなかった。せいぜい火種を起こすくらいの能力である。
だが、破壊工作にはそれで十分だった。
(見張りが邪魔だ)
ハンゾウは見張りの死角から背後に回り込み、吹き筒を口に当てた。鋭く息を吹き込むと、一尺ほどの吹き筒から矢が勢いよく飛び、見張りの首筋に刺さった。
チクリとした痛みに一瞬顔をしかめた見張りは、虫にでも刺されたかと首筋をさすった。
何かが指先に当たり、ぽとりと地面に落ちる。
(やはり虫か? 鬱陶しい)
踏みつけてやろうと足元を見回すと、くらりと立ちくらみを覚えた。
(う、何だ……?)
視界が暗くなることに驚き、見張りは壁に手をついて体を支えようとした。その手の感覚がなくなり、体が斜めに傾いていく。
(おっと! 静かに寝てくれ)
サンジは見張りが倒れる寸前に、その体を抱きとめて地面に下ろした。兵舎の壁を背にして座らせる。
こうすれば、遠目には居眠りをしているように見えるだろう。
吹き矢に塗った麻痺毒は効き目が早いが、冷めるのも早い。ここからは一気呵成に事を進める。
懐から油を入れた徳利を取り出し、種火の術で徳利の口に突っ込んである布切れに点火する。火起こしが要らぬ五遁の術は、火付け仕事には持ってこいだった。
しっかりと炎が燃え上がったところで、手近な窓から兵舎の内側へ思い切り徳利を投げ込む。
がしゃりと徳利が割れる音がして、兵舎の内が明るくなった。
「あん? 何だ? ああ、火だ! 燃えているぞ!」
「どうした? か、か、火事だっ! 火を消せ!」
「水を持ってこい!」
途端に屋内が騒がしくなる。
サンジは両手を口に当てて大声を上げた。
「火事だ! 火事だぞう―!」
そうしておいて、思い切り駆け出し、その場を離れて闇に身を隠した。
時を置かず、騒ぎを聞きつけて他の持ち場から見張りが駆けつけてくる。
「どうしたー? おおっ、火事だと? みんな起きろ!」
駆けつけた男は手近な入口から兵舎に走り込むと、寝込んでいる兵を叩き起こして回った。
(よしっ!)
サンジは暗がりを走り、兵舎の裏側に向かった。
見張りたちは火事の現場に集まり消火の指図に忙しく、持ち場を離れていた。
無人になった裏口からするりと兵舎に入り込むと、サンジは油入りの徳利に点火し、ふすまや布団などの燃えやすいものがある場所へと、次々に投げつけた。
たちまちに天井まで炎が上がり、屋内の様子を明るく照らし出した。
「ああっ、あっちにも火が!」
「何だ、あいつは?」
「火だ! 火を消せ!」
最初の火が消えかかったと思ったら、裏手に複数の火が上がった。寝込みを襲われた兵たちは、大混乱を起こしていた。




