第22話 天空の猿、火雷を自在に操りたる件
「猿だ。猿を殺せ! 手下などに気を取られるなぁーー!」
その時、火炎竜巻の頂点よりも更に高く、雲の中からヨウキの声が轟いた。
「跳べ、サイゾウ!」
ヨウキは竜巻内部で金遁飯綱走りの術を使い、竜巻を筒に見立てて自らの体を天空高く撃ち出したのだ。
「この声は? どこから聞こえる?」
火炎流の術に集中していた忍びたちは、目に前の竜巻に全神経を集中していた。はるか上空の雲など視界にすら入っていない。真っ黒な夜空から降って来る言葉の意味をすぐには理解することができなかった。
「いかん! 猿が……」
さすがにハンゾウはヨウキの声を即座に聞き分け、上空から攻撃が来ると悟った。部下に警告する余裕すらなく、四つ這いになって土遁の術を使った。
「くっ! 土遁、高跳びの術!」
必死にもがく蟇蛙のように、無様な格好で宙に飛び出し、火炎竜巻から遠ざかる。
「お、お頭?」
やっと異変に気づいたハンゾウの部下が顔を持ち上げて空中のハンゾウを目で追い掛けた。
その時、身を凍らせる冷気が地表を覆った。
「金生水! 金遁、雷瀑布の術!」
ぼとぼとと、音を立てて大粒の雨が上空から降り出した。あっという間もなく、雨は滝のような豪雨となって火炎を飲み込み、辺り中を水浸しにした。
「ごはっ! 何だ、この水遁の規模は?」
雲の中なら、水遁に使える水気など無尽蔵に浮かんでいた。
溺れそうになった忍びたちは、苦無を手にしたままずぶ濡れの体で立ち上がった。その時、目もくらむ閃光と共に雲の中から稲妻が大地に走った。
だーん!
それは「音」というよりも、振動として伝わった。むしろ、全身を打つ衝撃そのものであった。
地表近くで枝分かれした稲妻は、忍びたちが持つ苦無に引かれて彼らの全身を貫いた。
一瞬で体を焼かれた忍びたちは、焼けた杭のようになって地面に倒れた。雷撃を受けた瞬間に意識を失っていたのは幸せなことであったかもしれない。皮膚は火傷を通り越して真っ黒な炭になっていた。
ヨウキがそこまで計画したわけではない。たまたまサイゾウが水遁の術を使っていたところへ「雷瀑布の術」を落とした形になった。ずぶぬれになった忍びたちは、雷気の良い餌食であった。
(サイゾウは無事に効力圏から逃れたようだ)
もともと内陣の外縁にいたサイゾウは、余裕を持って雷瀑布を避けることができた。
(サイバッタとハンゾウはどこへ行った?)
上空からムササビの術で降下しながら、ヨウキは地表に意識を集中した。
火炎竜巻は既に消え去り、地上は闇に包まれている。肉眼では定かに様子が見えなかった。
(オム・マニ・ペメ・フム――。五行総生、ヒカリゴケ!)
ヨウキは効果の途中、空から五行すべての属性を乗せた心気を薄く地表に放った。蜘蛛の糸のように薄く、玄妙な波となった心気は、地表に存在する物体に当たって反射する。
(心眼開放! オン――)
額の中央に心気を集中し、ヨウキは地上から跳ね返った心気の波を受け止めた。
ポツ。
うっすらと光を帯びる地表のあれこれ。その中にポツンと光る点がある。
(あれはサイゾウだな。他に心気が濃いのは――あれか)
一つだけ離れて光輝くのは見慣れたサイゾウの心気に違いない。心気が三つ固まった集団、中でひときわ強い輝きを放っているのが――。
(見つけたぞ、ハンゾウ! 火遁、釣瓶火!)
旋回を止めて、ハンゾウと思われる心気の元に真っ直ぐ向かいながら、ヨウキは上空から火炎を飛ばした。
火炎はびょうと尾を引きながら、一直線に地表に向かって走る。
(むっ! 火遁、群燕!)
向かって来る火炎を見上げ、その出元へとハンゾウは火球の群れを撃ち返した。
「オレに火遁は効かん! 水剋火! 水遁、氷壁!」
サイゾウとヨウキの術の余波により、周囲は水気に満ちている。ハンゾウの術は一瞬で氷の盾を作り出し、ヨウキの火遁を受け止めた。
ほぼ同時に、ハンゾウが放った火球群がヨウキに襲い掛かる。
(避けたところを撃ち抜いてやるぞ!)
ハンゾウは既に心気を練り、ヨウキが動くのを待ち構えていた。
すると、ハンゾウの火球群が体を撃つ寸前に、ヨウキは地面に向かって急下降した。
(今だ! 遠当ての術!)
ハンゾウが繰り出す掌底から目に見えぬ心気がヨウキに向かって撃ち出された。目立つ火遁よりも、目に見えぬ心気を飛ばした方が夜の戦いに適していることは、ヨウキの戦法を見れば明らかである。
ヨウキの動きを読んで遠当てを放ったハンゾウであったが、ヨウキの動きは予想を上回った。
(土遁、猿飛!)
自分の体を大きな引力で引っ張り、地面に向けて猛スピードで落下していった。
ハンゾウの眼には一瞬でヨウキが消えたように見えた。
ヨウキのように心気の波を飛ばせば、目に見えぬ対象であっても居場所を探ることはできる。しかし、咄嗟に動いているものを相手にできることではなかった。そもそも、目で見ている映像に意識が引っ張られる。
「消えた!」
ハンゾウもサイバッタも、ヨウキの姿が消えたと意識してしまった。「意識」が「消えた」と認識してしまえば、無意識の自我も「消えた」ものと受け入れてしまう。
自分が持つ認識が、自分にとっての「世界」を定義する。
ヨウキの隠形五遁とは、世界の法則を通じて「識」(認識上の世界)を支配するものであった。




