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第21話 2人の忍び、五遁の法を競いたる件

 ヨウキが踏み込んだ陣屋の最深部では、護衛の陣容が外縁部と明らかに違っていた。

 全員がハンゾウ率いる忍びの集団であった。


 その中でも五行すべての属性を操る熟練の術師が集められていた。


(くっ! 火遁も利きにくい。燃気(水素)を十分に得られぬか?)


 外陣で大規模な火炎が燃え上がっている。陣屋一帯の湿度が、局所的に異常なほど下がっていた。

 水分がなければ、水遁はもとより、水分解により得られる燃気も使えない。


(オム・マニ・ペメ・フム――。気中に水気なくば、土中に求めん。水遁、鉄砲水!)


 ヨウキの足元から水が噴き出し、3本の氷の槍となって前方に飛んだ。前方からヨウキに飛び掛かろうとしていた3人の敵が体を刺し貫かれて、バタバタと倒れる。ヨウキが右手を振ると、氷の槍は溶けて水となり、さらに霧となって周囲に広がった。

 うつ伏せに倒れた体の下から、水たまりのように血が広がる。


 その血からもヨウキは水分を抽出し、霧として空気中に放出した。


(宇宙は五行に満ち、変転している。宇宙の法を知る時、五遁の術に極まりなし)


 内陣の混乱に乗じ、ついにヨウキはサイバッタが寝所としている場所にまで進出した。ぽっかりと開けたスペースに、薄布を四方に垂らした寝床が設えてある。

 サイバッタは休んでおらず、寝床から離れて立っていた。


 無論、サイバッタの前後は護衛が守っている。前に5名、後ろに5名。それぞれが槍を構えていた。


「わしに遁術は利かんぞ、猿!」


 横合いから現れてヨウキの進路を遮ったのは、ハンゾウであった。その手には小刀が抜き放たれていた。


(ぬ? 火行も水行も、気が薄い)


 サイゾウの部下たちが総がかりで地表近くの水気を集めて、火遁の術を使いつくしてあった。地面から下の水分まで抜き出す徹底ぶりだ。


「ここではしばらく火遁も、水遁も使えぬ!」


 ヨウキ最大の武器である霧隠れや炎隠れが使えない。多勢に無勢の不利を逆転するための手段が封じられていた。


(何の! 遠当て!)


 ヨウキは予備動作なしに、心気の塊をハンゾウに飛ばした。しかし、ハンゾウは余裕を持って心気の盾を使い、飛んで来る心気をはじき返した。


「利かぬわ!」


 ハンゾウも敵の心気を読み取ることができた。ヨウキの攻撃は発する前に悟られている。来るとわかる気の塊を避けるのは造作もなかった。

 その間にもヨウキの体にはいくつもの手裏剣が投げつけられ、走り寄る忍びから槍が突きかけられる。


 それらの攻撃を、ヨウキは心気の盾でことごとくそらしていたが、矢継ぎ早の攻撃を受けて押され気味であった。


(くっ! これではサイバッタに近づけぬ! 動かねば……)


 内陣にはいくつもの篝火がたかれており、煌々(こうこう)と明るい。ただ動いただけでは、ハンゾウ組の攻撃をそらすことは難しいと思われた。


 だが、水遁も火遁も「水気」を封じられて役に立たない。


(ならば! 木剋土(もくこくど)! 木遁、土龍昇天!)


 土行と木行の気がヨウキの周りでうねり、あふれた。


「むっ! 術に備えよ! 猿が動く!」


 土遁によって引力から解放され、木遁で振動による熱を与えられた大気が、急激に膨張しながら上空目掛けて上昇を始めた。


 それはあたかもヨウキを中心に急激に低気圧が発生したかの如くであった。周りの空気を渦として巻きこみながら、上空目掛けて見えない龍が立ち昇って行く。


「おおっ! 猿がっ!」


 竜巻の中心に立ち、ヨウキがゆっくりと上昇し始めた。


「撃てっ! 奴を逃すな!」


 呆然と宙に浮くヨウキを見ていた忍びたちは、ハンゾウの叱咤(しった)を受けて手裏剣や礫をヨウキに集中させた。

 しかし、ヨウキの周りに渦巻く気流に巻き込まれ、飛び道具は狙いをそらされ、弾き飛ばされた。


「糞っ! 手裏剣が利かぬ。む? 空気が流れ、水気が戻った……。ならば、火遁だ! 火を放て! 猿を焼き殺せ!」


 流入する新鮮な空気は通常の湿度を復活させた。ここで火遁の術を放てば、竜巻が炎を巻き込みヨウキを蒸し焼きにするはずであった。


木生火(もくしょうか)! 食らえ、火炎流!」


 10人近くの忍びが一斉に火炎流の術を放った。狙いの精度など関係なく、竜巻が炎を引きつけ、巻き込んで上空へと恐ろしい勢いで吹き上げた。


「わはは。馬鹿め! 猿め、自ら炎を呼び込んでおるわ! 骨まで燃えよ!」


 ハンゾウは更に心気を凝らし、火遁に力を加えた。炎の竜巻は上空高く燃え上がり、ヨウキの姿をすっぽりと覆い隠した。


(ハンゾウ、悪手だ。我に五行の(ことわり)あり。火行極まれば土行を生む。火生土(かしょうど)、火龍昇天! 土生金、飯綱飛び!)


 ヨウキの術により、火炎竜巻はますます勢いづき、烈風となって天に伸びた。地表では竜巻に巻き込まれる風で、忍びたちの体が引き寄せられるほどであった。


「飛ばされるな! 猿め、我らを炎に引き込み道連れにする気だぞ!」


 ハンゾウは地面に苦無(くない)を突き立て、しがみつきながら体を地に伏せた。部下の忍びたちもこれを真似る。


「水遁、水龍の陣!」


 その時、内陣に忍び寄っていたサイゾウの声が四方に響き渡った。


 声と同時に空気中に水滴が生じ、見る見るうちに膨れ上がっていくつもの玉になった。水玉はつながって流れとなり、地表を流れる渦となって火炎竜巻に流れ込んで行く。


「猿の手下か? 馬鹿め、その程度の水で10人がかりの火炎が消せるものか! 火を絶やすな! 心気を凝らせ!」


 水流に巻き込まれてもハンゾウは苦無から手を離さず、更に火遁の術に心気を注いだ。

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