表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界忍風伝 セイナッドの猿  作者: 藍染 迅


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/38

第19話 二匹の猿、夜陰に乗じる件

 深夜、ヨウキはサイゾウを従えて城を忍び出た。闇はヨウキの世界である。

 サイゾウと二人であれば、霧を呼ぶまでもない。


陽炎(かげろう)の術」で2人を隠す空気の盾を作り出せば、夜の闇に溶け込むことは容易であった。

 身にまとう陰気が気配を消してくれる。


 抑えようのないわずかな足音、衣擦れの音は、風を起こすことで伝わりにくくしていた。

 ヨウキはヨーダ兵の間を、何事もないように歩んで行った。


 ついに――。


 2人はぽっかりと開けた空間に出た。

 山腹の平らに開けた場所であったが、不自然に樹木が伐採されている。

 下ばえさえも刈り払われており、青臭い匂いが辺りに漂っていた。


 広々とした野原の中心に陣幕に囲われた一角がある。敵将サイバッタの寝所に違いなかった。

 ヨウキは手ぶりでサイゾウに足を止めるよう合図した。その場でサイゾウの耳に口を寄せる。


「伏兵がある。広場に出ればこちらの居場所に気づかれるだろう」

「わたしが(おとり)になります」


 サイゾウが暴れまわれば確かに敵を引きつけることになるだろう。だが、いつまで続けられるか?


「長くは持たぬ。それに、こちらが1人だとは思ってくれんだろう」


 予備の兵を残されれば、結局ヨウキも攻撃を受ける。多勢に無勢は避けられないのだ。


「二手に分かれて同時に攻め込む。互いがもう1人の陽動となるのだ」


 どちらも陽動であり、同時に主攻であった。


総攻撃(・・・)ということですね」


 死を覚悟しながら、サイゾウにはくすりと笑う余裕があった。

 いざとなればヨウキの盾となって身を捧げる。その決意は昨日今日固めたものではない。既にサイゾウの生きざまとなっていた。


「セイナッドの遁法を思う存分見せてやれ。一旦別れる。俺の動きに合わせて斬り込め」

「はい」


 その言葉を最後に、ヨウキはサイゾウの目からも姿を消した。木立の中に気配が消える。


 木々を縫って広場の反対側に回り込むのであろう。サイゾウは目をつぶって心気を練った。


(風……)


 真っ赤に塗られたサイゾウの頬を、風が撫でた。


(若は空から)


 目を開けずとも、サイゾウにはわかる。夜空に風が吹いていることを。

 風に乗り、影が広場を横切る。夜空に溶け込んだ影は、目を凝らさなくては見つかるまい。


 星が一瞬影に隠され、また現れては、瞬く。


木剋土(もくこくど)、ムササビの術……)


 サイゾウは目を開き、ゆっくり立ち上がった。


(わたしは地を走ろう)


 気合も入れず、サイゾウは地を蹴った。


(土生金、飯綱(いづな)走りの術!)


 我が身を軽くした上、雷気の道を音もなく滑る。足の裏は地面からわずかに浮いていた。

 広場に出て10歩分ほど進んだ時、足元にぽっかり穴が開いた。


(落とし穴か!)


 軽身の術がかかったサイゾウの体は、現れた穴に落ち込むことなく、その上を滑って渡り切った。

 穴の底には即効毒を縫った撒きびしが敷き詰められている。


(ふん。姑息な仕掛けを! この際だ、派手にやるか?)


 土遁と金遁を重ね掛けしているサイゾウである。さらに土遁を前方一面に施した。


(土遁、山おろし!)


 地表を覆う大気に土遁の術をかけた。重みを数倍に増した空気が、雪崩を打つように地面を圧する。

 めりめりと音を発して、あちこちで地面に穴が開いた。


 隠されていた落とし穴の「蓋」が落ちたのだ。


 すると、いくつかの穴から黒い人影が続けざまに飛び出した。


(む! 何だ?)


 サイゾウは動きを止めて、地面に身を伏せる。


「火遁、狐火!」


 人影たちは火遁の術を用い、穴の中に火を放った。たちまちあたりが明るく浮かび上がる。

 穴の中にはたっぷりと油を吸わせた枯れ枝が積まれていた。


(糞っ、闇を払うつもりか? ならば……木生火! 火遁、炎隠れ!)


 サイゾウは空気中の水分を分解し、燃気(・・)清気(・・)を作り出して、これを燃やした。

酸素(清気)の供給を受けて、水素(燃気)が爆発的に燃え上がる。


「出たぞっ! 猿だ!」

「逃すな! 燃やせっ!」


 敵は炎にひるまなかった。その両眼には遮光器をかけて、閃光から目を守っていたのだ。サイゾウの進路に立ちふさがる者たちは、火球を放ってサイゾウを燃やそうとした。


(ふ。簡単には通してくれないか)


 だが、それがどうした。

 初めから自分は陽動だ。サイゾウは自らを「囮」と考えていた。


 だからこそ、地上を進んだのだ。

 

(はっ! 遠当ての術!)


 サイゾウは掌底を突き出す要領で、敵に向かって()を飛ばした。心気を練る必要はない。

 既に心気はあふれるようにそこにあった。


 サイゾウが打ち出す心気の塊は、敵が放った火球を吹き飛ばしながら相手に迫った。

 心気の進路に火球があったことは、相手にとって幸いだった。


 かき消される火球の様子を見て、「何かが飛んで来る」と感じた敵は、咄嗟に地面に身を伏せた。すんでのところでかわした心気が、頭上で(ごう)と音を立てて空気を震わせた。


 サイゾウは止まらず、二の手、三の手の心気を飛ばしていた。


 初手の敵程の幸運に恵まれず、左右の敵は遠当てを食らって吹き飛んだ。


(こ奴ら、気の動きが読めんのか)


 かわす気配すらなく遠当てに倒された敵を見て、サイゾウは火遁や水遁よりも、目に見えぬ心気や土遁を攻撃に使うべきだと判断した。


(こちらは陽動だ。賑やかに踊ろうじゃないか)


 ヨウキは両主攻、すなわち2正面作戦だと言ったが、サイゾウには別の心づもりがある。

 ヨウキが内陣を突き、自分は外陣を攻める。そうすれば敵の兵力は分散するはずだ。


(わたしが敵を引きつけるほど、若の仕事がしやすくなる)


 サイゾウはにんまりと笑みを浮かべた。


「ならば、派手に行こう。隠形だけが五遁に非ず。火生土(かしょうど)! 鳳仙花(ほうせんか)の術!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ