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第18話 猿とハンゾウ、闇の支配をかけて牙を磨きたる件

 自分なら迷わずそうする。ヨウキと同じく遁法を極めた身として、寄せ手を叩くならば補給を受ける前の今しかないと、ハンゾウは確信していた。


「よかろう。ならば今宵『猿』を討ち取り、その首を城門に(さら)してくれよう!」


 サイバッタは侍大将カイドリーを呼び、ヨウキを陥れるための罠を準備するよう下知した。

 カイドリーの命令一下、数十名の足軽たちが鋸や斧、鍬を引っさげて設営に取り掛かった。


「だらだらするな! 夜までに仕上げよ! 戦の勝敗がこの工事にかかっていると肝に銘じて、取り組め!」


 ぶっ倒れるまで足軽たちを働かせた結果、日没までにすべての罠が完成した。


「これで良い。闇に紛れようとも、逃げ場はなくした。闇はお前の味方ではないぞ、セイナッドの猿!」


 工事完成を見届け、ハンゾウは吠えた。


 自らサイバッタの側近くに詰め、ヨウキが攻め込んで来ればこれを討ち果たす覚悟であった。


 ◆◆◆


「1人で闇討ちをかけるなど、死にに行くようなものです!」


 頭領であるマシュー・セイナッドの前、ヨウキの意図を聞いたドンはすぐさま反対の声を上げた。


「ヨーダ勢は待ち構えているに違いありません。いかに若が隠形に優れていようと、生きて帰れるとは思えませんぞ」

「ドンが申す通り、敵は夜襲を待ち受けていよう。それを1人でどう打ち破るつもりだ?」


 誰から見ても単独行は危険と思えた。それでも冷静さを保ちながら、マシューはヨウキに真意を聞いた。


「1人だからこそ敵陣深く入り込めるのです。人数を増やせば、悟られます」

「番衆には隠形(おんぎょう)があるではないか?」


 これまでヨウキは番衆を率いて夜襲を成功させてきた。優れた隠形術で気配を消し、巧みに敵の目を欺いてきたのだ。

「普通の敵であれば夜襲隊を使えるでしょう。今回の敵は手ごわい」

「ヨーダ勢とは過去も戦ったことがある」

「今回は、敵の中に五遁の法に明るい忍びがおります」


 敵にも隠形術を操る者がいる。ハンゾウはセイナッド勢が使う隠形を見破る可能性が高かった。


「それ程の手練れか?」

「油断なりません」


 マシューの問いにヨウキは真剣な声音で答えた。


「一対一であれば、後れを取るとは思いませぬ。しかし、敵は忍びを陣地に伏せ、こちらの侵入を見張らせております」

「見つかれば、囲まれて袋のネズミとなるか」

「見つからずに済ませることは、難しいかと」


 サイバッタのいる場所は決まっている。そこで待ち伏せされる以上、いかに気配を消しても攻撃の瞬間発見されることは避けられない。


「どうせ見つかってしまうなら、手勢を連れて仕掛けた方がよいのでは?」


 横からドンが意見を述べた。


「人数が増えれば隠すべき気配が増える。隠形の術の練度が俺と同じでなければ、サイバッタの寝所にたどりつく前に発見されてしまうだろう」


 それはヨウキの自惚れではない。彼と他の番衆との間には、厳然たる実力の差が存在した。それは、番衆を束ねるドンであっても例外ではない。


「わたくしのお供もなりませんか?」

「お前は城の守りに必要だ。父上のおそばに控えおれ」


 ヨウキは静かに言い渡した。マシューを守るドンが城に控えていると思えばこそ、後顧の憂いなくヨウキが出陣できる。その気持ちを眼差しに籠めた。


「せめて……せめて若の手足となる者を1人なりとお連れください。遁術に優れた者……おお、サイゾウはいかがでしょう?」

「サイゾウなら……。いや、死地に連れて行くには若すぎるか」

「若」


 ドンは態度を改めた。


「非常の時でございます。城を落とされれば、いずれ討ち死にを免れません。ならば城に残しても同じこと」


 背を伸ばして、からりと笑った。


「……そうだったな。よかろう。サイゾウと2人で夜襲をかける。あいつならば俺の足に遅れることもないだろう」

「ヨウキ、無理をさせる。生きて戻れよ」


 最後にマシューは、胸に迫るものをすべて押し伏せて、ヨウキに声をかけた。城主として自分が不甲斐ないために、実の息子を死地に追いやるとは。


「かしこまりました。我に隠形五遁の法あり。夜が『猿』のものであること、ヨーダの軍勢に教えてくれましょう」


 ヨウキも晴れ晴れとした笑顔を浮かべ、マシュー、ドンと顔を見合わせた。


 ◆◆◆


「切り倒した木は崖から落とせ! 草もだ。下ばえも残さず刈り取り、枯葉と共に捨てるのだ!」


「枯れ枝は別に集めよ。束ねて周囲に配置せよ!」


 ハンゾウは手下に細かく指示を飛ばした。


 今度こそは、ヨウキとの術比べに勝って見せる。準備さえ万全であれば、自分の遁術は「セイナッドの猿」をも封じて見せると意気込んでいた。


(戦乱の世はやがて終わる。ヨーダ様が王となって国を統一すれば、逆らえる者はいなくなるのだ。それまでに俺は天下随一の忍びとして成り上がってやる)


 ヨウキ・セイナッドではなく、自分こそが天下第一の忍者になるのだと、ハンゾウは野望を(たくま)しくしていた。


(そのためには、目に見える功績が必要だ。「セイナッドの猿」という偶像を打ち倒して見せる!)


 なるほど、1対1の戦いであればヨウキに分があるかもしれない。しかし、ハンゾウには鍛え抜いた忍びの部隊があった。


(田舎者の寄せ集めとは違う! 俺が自ら集め、鍛え、規律を叩き込んだ精鋭だ。忍び組同士の戦いならばセイナッドには負けぬ!)


 ハンゾウがまとう陰気が、ぶわりと揺れて膨れ上がった。

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