第17話 ヨウキ、サイバッタに夜襲をかけんとする件
「糞っ! 水気が薄い」
押し寄せる火炎流が消えないと知り、ハンゾウは素早く身をかわした。しかし、後ろに続く部下は逃げ遅れて炎に巻き込まれた。
「うわ! ぐわぁあああ!」
炎はたちまち衣服に燃え移り、全身に広がる。
「たわけ! 水遁で炎を消せ!」
ハンゾウは言い捨てて、自らは部下を助けようとせず、ヨウキを追った。捨てられた部下は焼かれながら必死に水を呼んだが、大気中の水はまだ十分に戻っていない。たまらず、地面を転がりのたうち回った。
(悔しいが機を失った。今は一旦逃れよう)
ヨウキはハンゾウ隊の囲みを破りながら、頭を切り替えた。サイバッタの首にこだわれば、ハンゾウに囲まれて殺される。
神出鬼没こそが遁術の要諦であった。
ヨーダ軍はそこかしこに散らばっていたが、指揮系統は乱れていた。時たまの遭遇を除けばヨウキの進む道を遮る者はいない。
ついにヨウキはサイゾウと再会した。
「若様! 御無事で?」
「サイゾウか。大事ない。かすり傷だ」
走り、跳び、戦って囲みを抜けて来た。さすがのヨウキも無傷というわけにはいかない。しかし、深手はなく、出血も既に止まっていた。
「城からは大殿率いる本隊が既に出撃しております。敵の騎馬隊、鉄砲隊、弓兵は共に壊滅。寄せ手は総崩れとなっております」
「そうか。敵将サイバッタを討ち漏らした。遁術使いの囲みを切り破って来たが、今日はここまでと見た。一旦退くぞ」
その日の会戦はセイナッド側の大勝となった。しかし、ヨーダ軍が壊滅したわけではない。
騎馬隊を失ったことは城攻めには影響しない。鉄砲隊と弓兵の壊滅は痛手であるが、武器の補給さえ受ければ攻撃は再開できる。
何しろ、寄せ手にはまだまだセイナッド勢に倍する勢力が存在するのだ。しかも、寄せ手側はいくらでも補充を受けられる。対する城方に補給はない。
対峙が長引けば孤立した城側に勝ち目はないのだ。
だが、城を目指して走るヨウキの顔に焦りはない。孤立無援の戦いなど、これまで幾度も潜り抜けて来た。
その度に、敵を追い返して来たのだ。
「やがて夜が来る。援軍が来る前に、敵将サイバッタの首を取るぞ!」
「はっ!」
夜陰はセイナッドの味方であった。小勢を以て多勢に勝つ。夜こそゲリラ戦の格好の舞台だ。
マシュー・セイナッドの本体と合流した2人は、追い落とした敵を深追いすることなく、軍勢と共にを城に帰還した。
◆◆◆
「猿は……猿はどうした? 討ち取ったのか?」
サイバッタは血走った目で叫んだ。その前には泥にまみれたハンゾウが跪いている。
「残念ながら取り逃がしました」
「何だと? 馬鹿者! たった1人を相手に何をしている!」
切り札として伏せて置いたハンゾウの忍者組であった。完璧なタイミングで投入したにもかかわらず、ヨウキを取り逃がしたのはあからさまな失態であった。
「申し訳ございません。わたくしの失態でございました」
術比べでヨウキに敗れたとは思わない。ハンゾウが後れを取ったのは野戦経験の差であった。
地の利、時の利を瞬時に生かす術の組み立てにおいて、ヨウキが勝ったのだ。
そうであるならば、戦いの土俵を変えれば良い。
状況を限定してしまえば、ヨウキであっても臨機応変の対応は取れない。応じる動きは限られてしまうはずだった。
「鉄砲隊と弓兵を潰された以上、こちらは城を囲む長期戦を構えざるを得ません。となれば、セイナッドが打つ次なる一手は、間違いなく夜襲」
過去に何度も繰り返されて来た戦術である。闇に紛れて敵将を討つ。少数精鋭のゲリラ戦術。
こればかりはサイバッタも否定しようがない。狙われるのは自分の首である。
「それと知った上で、どう受ける?」
サイバッタはハンゾウに思案を問うた。己が狙われることは大前提としている。最初からその覚悟でここまで来ているのだ。
戦国の武将として、戦場に屍を晒す覚悟などとうにできていた。
「殿に囮となってもらいましょう」
ハンゾウは土の上に正座すると、胸を張ってそう言った。
「ここに猿を引き込むというのだな?」
驚きもせず、サイバッタはハンゾウを見下ろして言った。
「左様です。どうせ狙われるのなら、こちらの都合で近寄らせるべし。そうすれば『追いつめた』のと同じこと」
「簡単に言うことよ。して、どう守る? いや、どう攻める?」
顔を歪めて問うサイバッタに、ハンゾウは臆さず顔を向けた。
「まずは周囲の立ち木を切り倒します。殿の寝所を中心に半径30メートル。隠れ場所をなくします」
「うむ。それで?」
「穴を掘らせます」
「穴だと?」
外側にはヨウキを嵌めるための落とし穴。内側には守備隊を伏せ置くための蛸壺を。
前者は20個、後者は10個掘らせるつもりであった。
10名の伏兵には弓と矢を持たせ、ヨウキが落とし穴に嵌るか、それを回避しようとしたら矢を射かけさせる。
落とし穴の底には撒き菱を撒いて、ヨウキの機動力を削る仕掛けとした。
陣屋の周りに会えて灯りは置かず、月明かりを頼りに応戦することにした。伏兵は忍びである。
彼らは暗視に長けており、灯りがなくても十分に戦うことができた。
なまじ灯りに頼れば、灯りを消された時に対応ができなくなる。
「『猿』は閃光を使うかもしれません」
かつてサイバッタが主を討たれた戦で、ヨウキは炎隠れの術を用いて、こちらの眼を焼いた。
伏兵役の忍びたちはスリットの入った遮光器で目を覆い、守りにつくことにした。
「それだけ備えても奴が今夜攻めてくるとは限るまい?」
「いいえ、必ず来ます。時間がたてばたつほど、籠城側には不利となる。明朝までが勝負と考えます」
ハンゾウは迷いなくサイバッタに告げた。




