第14話 セイナッド、総がかりにてヨーダ軍を攻める件
「よし! 今だ! 押し出すぞ!」
打ち上げられた真っ赤な火球を見て、マシュー・セイナッドは決断した。全軍を城門前に集め、攻撃を命ずる。
「敵は崩れた。腰の抜けた年寄りと同じだ! 打ち当たり、打ち砕け! 総がかりじゃ、行くぞ!」
マシューは騎乗し、先頭に立って城門へと駆ける。
勢いを止めぬよう、急いで城門が開けられた。
「うおおおおおお……!」
雪崩打つとはこのことであろう。マシューに従う騎馬集団が、勢いをそのままに敵の軍勢に飛び込んでゆく。
既に鉄砲隊は総崩れ、弓兵も散り散りになっている。敵の騎兵は番衆が蹴散らしてある。
セイナッドの騎馬隊を止める者は何もない。
敵中深く進み敵影が濃くなってくると、騎馬隊は右に転進して敵の前衛を舐めるように削って行く。
右端に達すれば折り返して左へと走る。
敵の四、五人に一人は弾き飛ばされ、槍に刺されて負傷する。全軍を退けるような戦果ではないが、それで良い。人が倒れれば助け起こす人間が現れる。
一人を倒せば二人を戦力外にすることができるのだ。更に、その二人は人の動きを邪魔するだろう。その一角に弱点ができる。
敵勢の前面を弱体化したところで、歩兵が追いついて来る。
マシューは騎馬隊を三騎ごとの小隊に分散し、それぞれに歩兵を率いさせた。騎兵が敵を崩し、歩兵が馬を守る。
戦車が先導する歩兵隊のように、セイナッド軍は敵を押し倒して前へ進んだ。
数はヨーダ勢の優勢が続いていたが、戦況は既にセイナッド軍による掃討戦に変わっていた。
「サイゾウ、こっちだ!」
「ぬ? ロクロウ、何か見つけたか?」
敵が消えた陣跡に矢来が残されており、その中に手足を縛られた里人たちがとらわれていた。
「おのれ、ヨーダ軍め! 矢来を破る。土遁、岩戸返し!」
サイゾウは矢来に両手を突き出し、心気を集めた。矢来は重さを五分の一に減じた。
蕗の葉でも引き抜くように、サイゾウは矢来を地面から抜き上げて肩越しに放り捨てた。
「縄を解くぞ。良いか! 固まらずに城門まで走れ。わき目を振るな。何があっても止まるな! わかったら行け!」
尻をはたくように、サイゾウたちは里人を城へと送り出した。自分たちができることはここまでだ。
里人を守りながら戦うことはできない。一緒に城まで走ることもできない。
後は運を天に任せる。
「よし。とにかくヨーダ勢を追い払うぞ! 本陣を目指そう!」
本陣には先行したヨウキが向かっているはずであった。いかに恐るべき術を操るといってもヨウキは一人である。疲れていつ倒れるかもわからない。
「良いか、跳ぶぞ? 高跳びでついて来い!」
「猿」たちは口々に吠えた。
「ほおう。ほう、ほう! ほ、ほおおおう!」
一拍置いて、丘の向こうから雄叫びが返って来る。
「ほほ、ほおおおおう!」
場所を知らせるヨウキの声であった。
「ほおおおう!」
叫びながら、サイゾウが地を蹴った。
「土遁、高跳び!」
体重を五分の一に減じて、五メートルの高さまで跳び上がる。バッタのようなその姿はヨーダ軍に晒されている。
だが、構わない。むしろ見せつけるために、天高く跳ぶ。
「ほほ、ほおおおう!」
ロクロウがサイゾウをさらに上回る7メートルの高さにまで跳び出していた。土遁しか使えぬロクロウであったが、高跳びの術ではヨウキにさえ迫る。
「跳び過ぎだ! 馬鹿め!」
顔をしかめながらも、サイゾウは高みから丘の向こうを見渡し、ヨウキの姿を見つけた。戦場で赤い顔はよく目立つ。
「ほおおう!」
「ほ、ほおおおう!」
呼応しながら番衆はヨウキの元に跳んで行った。
◆◆◆
「セイナッドに手を出すなと言ったはずだ」
サイバッタがいる本陣に足を踏み入れながら、ヨウキは語りかけた。
「猿の祟り、見下したか?」
「おのれ、化け物!」
近侍の兵が斬りかかるが、「猿」はぼやけて揺れるだけで、刀は空しく通り抜けた。
「水剋火、陽炎の術。ふははは。無駄無駄」
「馬鹿な! いない!」
「うぬ! 幻を見せられているのだ! 槍を並べよ!」
槍を引っさげた侍がぞろぞろと動き出した。
「黙って見ていると思うか? 火生土、鬼火の術!」
ヨウキは懐から一掴みの鉄丸を掴みだし、土遁で加速して打ち出しながら、青い炎をまとわせた。
「ぐわっ!」
「ぎゃあ!」
「熱いっ!」
鉄丸が急所に当たった兵は一撃で倒れ、手足に当たった者はたちまち炎に全身を包まれた。転げまわるので消火もできず、しがみ付かれた兵に火が燃え移ってしまう。
「うわあっ! 火がっ!」
「ふふふ。鉄をも燃やす地獄の業火だ。骨まで灰になれ!」
ヨウキの声は風に乗って響き、右に左に揺れ動いてどこで発せられたものか掴めない。
「おのれ、猿め! 五行の法は己だけのものではないわ! ハンゾウ、押し返せ!」
「水剋火、鉄砲水!」
突如現れた灰色装束の男が、一筋の水を高速で撃ち出し、ヨウキが放った鉄火丸を空中で撃ち落とした。
水流はその勢いのままに、ヨウキを襲う。
「む。土剋水、泥田抜き!」
真っ直ぐ押し出されてきた水が急激に弧を描いて大地に落ちた。地面をえぐりながら泥水となって飛び散る。
「敵に術者あり! 散れ!」
鉄火丸を撃ち落とした術はかなりの手練であった。敵が複数いて身を隠しているとしたら、身を晒した番衆は体の良い的になる。
(霧隠れの術!)
ヨウキは周りに霧を起こし、味方全体を覆い隠した。不意の逆襲を受け、咄嗟の対応で最も得意とする霧隠れを選んだのは自然な反応であった。
ヨウキ自身は自分の気配を期しながら、霧の中で周りの気配を察知して動くことができる。
陽気陰気の制御を自分のものとしていれば、目を塞がれても迷うことはない。しかし、番衆の中にも気の扱いが不得手な者がいた。
ロクロウである。
霧の中では周りが見えず、気配を消すことにも長けていなかった。
ロクロウは自分が特異な術に活路を求めた。すなわち「高跳びの術」である。
霧の上まで跳び上がれば周囲の様子を見渡せる。そう思って跳んだ。
「出たぞ! 上だ!」
サイバッタの大声が響き、三丁の鉄砲が火を噴いた。瞬間的な発砲であったため、二丁の狙いはそれた。
三丁めの銃弾はロクロウの太ももを引き裂いた。




